4. 生死を賭ける遊び


「────断る」


 イルシェーラの微笑みに亀裂が入る。


「貴様、傀儡を望むのか」


「俺はお前みたいな奴の言い成りになんてならない。絶対に抵抗してみせる」


「……ほう? 私の命令に逆らい、自由を選択すると?」


「ああ、そうだ」


「…………そう、か……私の言葉を二回も拒絶しただけではなく、あまつさえ自由を望むか。ふっ、ふふ、ふはははっ……」


 俯き、肩を震わせる。

 それを中心にして渦を巻く可視化された彼女のオーラは、息も許されないほどの圧力となって俺を蝕んだ。


 これがイルシェーラの気分を損ねる選択だったとしても、意思を持ちながら誰かのために人を殺すなんて出来ない。だから俺は、イルシェーラを否定する。


「私の思い通りにならない駒は記憶と思考を封印し、灰の使徒として命令するまでのこと……だが、貴様はそれすらも否定するというのだな?」


「俺は、人殺しの手伝いをしない」


「くくっ。ここまでの馬鹿は初めて見た──だが、これもまた一興か」



 イルシェーラは立ち上がり、俺の頭に手をかざす。



「貴様の覚悟とその心意気に免じて、暇潰しに勝負をしてやろうではないか」


「勝負、だと……?」


「ああ。私の封印に抗えば貴様の勝ち。出来なければ貴様の負けだ。簡単だろう?」


「勝てば、俺を見逃してくれるのか?」


「そうだな。貴様の体を地上へ戻した後、自由を約束してやろう。……だが、出来なければその瞬間に自我を失い、今の地上で彷徨っている使徒どもと同じになる」


 彼女が提示したのは、とても簡単なゲームだ。


 勝てば自由が、負ければ永遠の束縛が決定される。

 ある意味、俺の生死を賭ける戦い……。


「心配するな。私は約束を守る女だ。見事に私の封印を解いた暁には、私の方から一切の手出しをしないと誓おう」


「その言葉……本当なんだな?」


「むぅ……そこまで疑われると、流石の私も悲しいぞ」


 大昔から今まで沢山の人を苦しめ続けている灰人を作り出し、挙句には全ての都市にある火を奪い尽くさんとしている者の言葉だ。そう簡単に「はいそうですか」と信じられるわけがない。


「……まぁ、信じるも信じないも勝手だ。お前が私に抵抗しうる意思があるのであれば、それはもう私の手に負えない。再び封印しようとしてもまた弾かれるであろうよ」


 イルシェーラの言っていることは、間違いではない。

 だが、そう思っていても『何か裏があるんじゃないか?』と疑ってしまう。


「……で? 貴様はどうするのだ?」


「やるさ。やるに決まっている」


「くくっ、次は即答か……誠、面白い男よなぁ」


 イルシェーラは愉快そうに笑う。



「その内に憎悪を燻らせて尚、無関係の者に優しさを抱く。人間の考えはよくわからん。

 何故、貴様はそれほどまでに人間でいようとする? 貴様はもう人間の体ではない。自由になってとしても、もう二度と普通の人間として生きていけないのだぞ?」



「……別に、俺は人として正しいことをしているだけだ」


 俺は誰からも愛されず、最後は父親に利用されて死んだ。


 自分を置いて逃げた母親。

 そのことで暴力を振るうようになった父親。


 唯一の肉親である彼らを憎む気持ちはある。

 殺してやりたいとは思わないが、もう二度とその顔を見たくないとは思っている。


 ──でも、人を憎んでいるわけではない。


 悪いのは両親であって、人間ではないのだ。


 だから俺は、無関係の人達を殺したいとは思わない。

 もしイルシェーラの封印に抗えなかったら、自分は自我を失った状態で沢山の人を殺すことになるのだろう。


 正直、怖いという気持ちはある。

 それでも、このまま一生彼女の奴隷として生き続けることだけは嫌だ。



「人としてなぁ……」


 イルシェーラは納得がいかないと言いたげな表情を浮かべる。


「正しいことをするのが人として正しいことなのであれば、果たして貴様らの祖先は人間であったのか?」


「…………どういうことだ」


「いや、ただの独り言だ。気にするな」




 ──ルールの再確認をしよう。




「お前が私の封印に抗い、見事に自我を取り戻したのであれば、私はお前の自由を許す。もし出来なかったならば、お前はそのまま一生、我が傀儡としてその身滅びるまで使命を果たすことになる。……異論は無いか?」


 彼女の問いに、頷く。


「では、勝負だ」


 イルシェーラは聞き慣れない言葉を紡ぎ、その手に赤い霧を纏わり付かせた。


「貴様の覚悟が真か偽りか……精々、私を楽しませてみろ」


 その言葉を最後に、意識は深い暗闇に落ちていった。

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