3. 拒絶
「貴様は死んだ。我が灰の使徒によって骨すら残らず灰となった」
突きつけられた現実に俺は言葉を詰まらせ、たじろいだ。
「何だ。あの時の光景が夢だと思っていたか? 残念だったな。全てが事実。全ての事象が現実だ。貴様は死に、父親に見捨てられた。地上では、貴様は死んだことになっている」
──理解したか?
未だに理解が追いつかない俺に、イルシェーラは問う。
「そんなの、すぐに理解できるわけがないだろう……!」
「と、私に言われてもな。事実だとしか言いようがない。貴様は一度、死を受け入れたであろう? 今更やっぱり死んでいましたと言われても、大して変わらないだろう」
一度死ぬことを受け入れたのだから、生きていなくても問題ない。
無茶苦茶な理論だ。
自分はこうして今も生きているのに、本当は死んでいる。
そんなこと言われても信じられるわけがない。
……だがこれは抗いようのない真実なのだと、イルシェーラは言う。
「先程、貴様をあの地に戻すことは出来ないと言ったが、ただ一つだけ方法がある」
途方に暮れていた俺に、救いの言葉がかかる。
「簡単なことだ。貴様が私の手足となり、私のためだけに働くだけのことよ」
「……、…………何を、すればいい」
「ほう? 二つ返事で頷くことはしないか。ただの馬鹿ではないと知れて安心したぞ。そのまま頷いていれば、なんてつまらぬ愚物なのかとその場で切り捨てていたところだ」
面白いものを見ているように目を細めるイルシェーラ。
その言葉が冗談でも嘘でもないと気付き、言い知れぬ恐怖を感じた。
「貴様の役目は、私の代わりに各地に散らばった火を集めることだ」
「散らばった火を? それって……」
「うむ。遥か昔、この国より持ち去られた火だ。各都市で崇められているだろう? それを回収しろ。我が使徒として、な」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 意味がわからない。火を集めろ? 君の使徒? 何を言っているんだ! そもそも使徒って何なんだ!?」
「貴様も見ただろう。……確か、人間は使徒のことを『灰人』と呼んでいたか?」
「っ!」
一瞬、耳を疑った。
イルシェーラの使徒は人々にとっての絶対悪──灰人。
その言葉が本当ならば、俺は彼女に殺されたとも言える。
「私が貴様を殺したことが気に食わないか? だが、私に文句を言われても困るというものだ。奴らは本能のままに火を求め、徘徊しているだけにすぎない。人間がそれを邪魔するのだから、やり返すのは当然のことだろう?」
堂々と「自分は悪くない」と言い張るイルシェーラは、彼女に仕える使徒が誰かを殺したことに対して、何とも思っていないようだった。
人を殺してまで成し遂げたい願いなんて、ロクなものでは無い。
平気で人を殺す奴の言うことなんか聞きたくないし、従いたくもない。
──答えはすぐに決まった。
「ことわ」
「──ちなみに」
全てを言い切るより早く、言葉を遮られる。
「もし断れば貴様の機能を全て封じ、亡者の如く火を求め、彷徨い続けるだけの傀儡にするが…………それでも構わないと言うのであればどうぞご自由に?」
「……っ、ぐぅ……!」
元から全て決まっていた。
こうして蘇った時から、運命は強制的に決められていたのだ。
さてどうする? と、イルシェーラの目が語っていた。
逃げ場を無くし、ギリッと奥歯を噛み締める。
「…………火を奪われた人は、どうなる」
「うん?」
「火は人にとって必要なものだ。あれがなければ都市は滅びて、人は生活出来ない」
人々にとって『火』というものは、それだけ大切なものだ。
平和に暮らすための生命線と言っても過言では無く、都市にある火が失われることになれば、自然は朽ち果て、大地は枯れる。空気も淀み、そこは言葉通りの死地となる。
……彼女は、そうなることを理解して言っているのか。
強く睨みつけるが、彼女は依然として飄々とした態度を崩さない。
「その程度のことは知っている。火とはそれほどまでに貴いものであると、女王である私が一番よく知っている。……なにせ、一番近くで見ていたからな」
「っ、人が死ぬんだぞ! 火を奪うってことは、大量の人が死ぬってことだ!」
──人が死ぬ。
一人や二人ではない。何万、何十万もの人が死ぬ。
火が失われるだけで、都市が滅びるだけで、それだけの人が死ぬ。
「私は人間を殺してきた。今更増えようと、罪の重さは変わらぬであろう?」
「だからって殺すのか! 人を! お前だけの願いのために!」
「そうだと言っている」
それに、とイルシェーラは事も無げに考えを口にする。
「あれは私のものだ。この国のものだ──元あった場所に戻して何が悪い?」
それは単純な理由だった。
だからこそ、その考えが恐ろしくてたまらない。
「その目、まさか怒っているのか? 人間どもの犠牲を考えず、ただ一つの野望のために全てを滅ぼそうとしている私を。…………だが、その感情はむしろ逆だ。あいつらが火を奪ったのだ。挙句に我が王都を奈落に陥とし、永遠の常闇に封印した。それを成した人間どもは今も呑気に平和を築いている。──ふざけるな!」
荒々しく肘置きが叩かれ、その拍子にパラパラと天井から塵が降る。
「己可愛さに王都を捨てた盗人風情が!
過去と真実を捻じ曲げ、あくまでも自分達が被害者であるとほざく為政者どもが!」
口早に紡がれる激情に圧倒される。
それほどまでに、彼女は別人のように見えた。
「絶対に許しはしない。これは代償だ。これは報いだ。
……私達は奴らに苦しめられた、大切なものを、失った」
有無を言わせない憎悪の言葉。
俺は、彼女に恐れを抱いていた。
「だからって殺すのか!?」
「ああ、そうだ。人間どもは数百、数千と偽りの平和を生きてきた。今までの代償だと思えば、安いものであろう?」
……肯定は、出来なかった。
出来るわけがない。
「…………断る」
「なんだと? 今、なんて言った?」
「断ると言ったんだ。俺はお前には従わない! お前の下には付かない!」
覚悟を持って言い切った。
当然、イルシェーラは面白くなさそうな顔をする。
「断ることの意味をわかっているのか? それとも、この短時間で言葉を理解しない愚物に成り下がったか?」
「どちらでもない。でも、俺は絶対にお前の言いなりにはなりたくない!
──俺を殺せ! 一度は死んでいるんだ。もう一度死ぬくらい、構わない!」
イルシェーラの命令に従って人を殺す。
全ての自由を奪われて言いなりになる。
どちらも嫌だ。
だから自分は死ぬ。
今更、死への恐怖なんて残っていない。
「不可能だ」
しかし、イルシェーラはそれを良しとしなかった。
返ってきたのは困惑でも激情でもなく、不可能という一つの単語。
「残念だが、お前は私の使徒となったことで二度と死ねない体となった」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
二度と死ねない体になったと言われても信じられないが、その驚きは凄まじい。
「灰は永久に朽ちぬ。だからこそ我が灰の使徒は『不死』なのだ」
「そんな、ことって……」
「理解したか? 貴様は私に目を付けられた時、死ぬか生きるかではなく──従うか奴隷に成り果てるかの二択しか残されていなかったのだ」
膝から崩れ落ちる。
僅かな希望が、見事に握り潰された。
「もう一度、問う」
気が付けば、イルシェーラは間近まで迫っていた。
接近に気が付けなかった。まるで彼女は、亡霊のようにそこに立っている。
「私に従え。手足となり、私のために動け。
今は封印されし灰都を蘇らせ、再び火の時代を築くための礎となるのだ」
彼女は優雅に膝を折り、目線を合わせて手を差し伸べる。
俺は────
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