2. 火の女王
目を覚ます。
自分の体をペタペタと触り、同時に混乱した。
「あれ……俺、は……」
俺は死んだはずだ。
突如現れた灰人に全身を焼かれたはずだ。
「希望も願望も奇跡も救済も、何もかもが叶わず、最後に頼った肉親にまで裏切られ、ただの駒とされる。なんとも哀れよなぁ?」
どこからともなく響いた女性の声。
広い空間の中で横たわっているとようやく気づき、声の正体を探そうと首を回す。
横たわっている場所に敷かれる鮮やかな紅の絨毯。停止したかのように錯覚する白一色に染められた建物の壁。その先には数十の階段があり、頂点には一つの玉座があった。
「ようこそ私の城へ。
歓迎するぞ。我が忠実な下僕たる灰よ」
その人は恐ろしいほどに白かった。
髪もまつ毛も肌もドレスも、まるで灰を被ったようだが──ただ一つ、彼女の瞳だけが燃え盛る火のように赤く染まっている。
ツンと吊り上がった目尻は見るものを畏怖させ、堂々とした様子で玉座に腰掛ける彼女の態度は、背景と伴って幻想的にさえ見える。
ここはどこだ。どうして自分は生きている。あんたは誰だ。どうして自分のことを知っている。城ってなんだ。下僕とか灰とか意味がわからない。
幾つもの疑問が思い浮かんだが、それを口にすることは叶わない。
何かを言おうと口を開けば、金縛りにあったように上手く体を動かせなくなり、それでも抵抗しようとすれば頭に激痛が走る。
「…………ふむ、どうやら混乱しているようだ。自分は死んだと思っていたのに、こうして生きていることが信じられない。そう言いたげな顔をしているなぁ?」
全てを見通すかのように目を細くさせ、こちらを嘲笑うように口元を歪に歪ませる女性。
まるでこちらの反応を見て楽しんでいるようにも感じられ、生唾をゴクリと飲み込んだ。
「まぁそんな緊張するではない。私は味方であり、貴様のご主人様でもある」
「〜〜〜〜っ! っ! ……!?」
意味がわからないと叫ぼうとした。
だが、やはり思うように声を出すことは叶わなかった。
「……ああ、そうか。まだ蘇ったばかりで全ての機能を許可していなかったな。すまんすまん。いつもの流れでやるところだった。良い、私が命じる──【自由にしろ】」
「っ! ……はぁっ、はぁっ……! あんたは一体、何者だ」
急に体が軽くなり、何度も呼吸をした後……俺は言葉を発した。
「ほう、まずはその質問が来るのか……いや、そうだな。ここまでの存在感を放っていれば、私が何者か気にならないはずがない。とても人間らしい思考能力だと言えよう」
何から何まで仰々しく、美しい。
そんな奇怪な雰囲気を醸し出している彼女は胸に手を当て、高らかに名乗る。
「私はイルシェーラ・レ・フレイム。
今は深遠に封印されし都『イルフレイム』の女王である!」
『王都イルフレイムの滅亡』
昔、母が何度も昔話で聞かせてくれた物語。
かつて火を中心に繁栄を築き上げた王都は、火の時代と呼ばれていた。
だが、唐突にそれは終わりを遂げる。
──女王の裏切り。
最も火に近い存在だった彼女は、火に魅入られた。
全ての火を根本から奪い去り、力を暴走させた女王は一瞬にして都を灰燼へと変えた。
生き残った人々は残り火を掻き集め、いくつかに分けて管理した。
そして全てが灰と化した王の都を深淵の底に封印し、人々は滅亡を免れた…………と、有名な話だ。
これは作り話でも何でもなく現実にあった過去の話で、人々は二度とこのような罪を侵さぬよう、いつの時代もこれを語り継ぐようにしている、らしい。
「何だ。私の言っていることが信じられぬと言いたげだな? ……だが、貴様が二本の足で立っているのは紛れもないイルフレイムだ。現実逃避はお勧めしないぞ?」
「っ、も、もしあんたの言葉が本当だったとしたら、どうしてこの国は存在している! 封印されたってのは嘘だったのか!?」
この話は世界中に広まっている。
人が犯した最大の禁忌で、過ちを繰り返さぬようにと伝えられているはずだ。
「どちらが本当でどちらが嘘か……そのことに悩むのは勝手にすればいいが、貴様の質問に対しての返答を言うのであれば、それは真実だぞ」
「…………は? それは、どういう……?」
「ここまで言っても理解しないか。……ふむふむ、魂の質だけで選んでしまったが、やはり教育がされていない駒では些か説明が面倒だな。貴様、ちょっとは勉強しておけ。馬鹿はモテないぞ?」
「余計なお世話だ!」
何を言っても適当にはぐらかされる。ここまで会話が成り立たない相手は、初めてだ。
……そもそも人と話したことすら最近では皆無だったのだが、この先の将来を見越してでも、最大級にやりづらい女性だと言っても過言ではないだろう。
「まぁ良い。無駄な会話を繰り返しても意味は無い。馬鹿な貴様に免じて、私自ら話を戻してやろう」
──いちいちムカつく女だ。
内心そう思いながら、俺は黙った。
「古い時代、このイルフレイムは滅びた。女王が暴走したことにより、全ては灰に散ったのだ。そこで人間は灰の中で燻っていた残り滓を集め、この都を捨てた。それだけではなく、女王が外に出ることを危惧して封印した…………というのが有名な話だな。その話通り、今この都は誰の手にも届かない深淵のそこで封印され、眠っている状態である」
「深淵で眠っているって……」
天井を見上げる。
そこに貼られているガラス窓からは、今も眩しい光が注がれていた。
とても深淵という暗い場所に封印されているとは思えない明るい場所だ。
「光があるのが不思議か? 簡単なことよ。私は火の女王。擬似的な太陽を作る程度、造作もない。流石に暗いと私も何も見えなくてな、ちょっと私生活に困ってしまったので、暇だしやってみようかと思ったら何と、普通に出来てしまったのだ。流石は女王であろう? ……ふふんっ、褒めたって何も出ないぞ」
「太陽って……それじゃあ、本当にここは、あのイルフレイムなのか?」
「……女王である部分は一切無視か──チッ、つまらん男よ。だが、それもまた面白い……ふむ? これでは矛盾しているな?」
「話を逸らさないでくれ。それで、どうなんだ?」
「『あのイルフレイム』が『どのイルフレイム』を指している言葉なのかはわからぬが……かつて最初の火を囲い、繁栄を築き上げ、最後は深淵に封印された『イルフレイム』ならば、ここだ」
──そして私が女王である!
ドヤ顔の彼女に、俺は無視を貫き通すことを決めた。
「……君の言っていることは理解した。ここがイルフレイムだってことも」
「おおっ、ようやく理解したか。……ったく、最近の子供は教育がなっていない。昔はちょっと説明しただけで私に跪き、頭を垂れたものよ」
やれやれと呆れたように溜め息を吐き出すイルシェーラ。
その様子にカチンと来たが、彼女のノリに乗ってはダメだと気持ちを強く保つ。
「なら、俺をここから出してくれ。元いた場所に戻りたいんだ」
「──それは出来ぬ」
「…………は?」
「それは出来ないと、そう言ったのだ。貴様は戻れない。普通の人間として生きることも、あの地に戻ることも、貴様はその全てを失ったのだ」
──死んだのだから当然だろう?
イルシェーラは笑う。
それは女王に相応しい、冷酷な微笑だった。
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