第13話 誰でもいいから買ってくれませんか?

 発売から一週間、五十冊入荷した写真集は発売当日三冊売れた。すべて島尾が買った。以降まったく動きがない。入荷数が多いので、男性向け雑誌コーナーに平積みされているが、しばらくしたら朝番たちが、邪魔だと数を減らし、下のストッカーに押しこまれてしまい、一冊棚差しとなるだろう。

 本屋はシビアだ。スペースの分しか置けない。新刊がでたら、追いやられてしまう。

 そうなったら店にやってきたお客の目にとまることはない。まもなくランキングがでるだろう。十位以内に入るかどうか。ネットの掲示板では『大爆死決定』なんて書きこまれていた。きっとアヤも見ているだろう。よその書店に偵察にいってみたり、ネット通販のランキングを暇になると確認しているが、動きは鈍そうだった。

 島尾はため息をついた。

「なに、島尾くん暗いじゃん」

 吉行がプラモを組み立てながらいった。最近はガンプラ作りにハマっているらしい。家でやってると邪魔が入る、といってわざわざ店までやってきて作っている。

 横にいる小島はというと、カレー味のカップラーメンを食べている。事務所に匂いが充満していた。ただでさえ換気の悪い狭い事務所でにおいのきついものを食うか? そういう配慮の足りなさが、こいつらのいけないところだ。

「アヤの写真集なんだけど」

「買わんよ」

 吉行がプラモ作りの手を休めず、即答した。

「僕も買いません」

 小島がいった。自分に振られる前に牽制したらしい。

「めちゃかわいいじゃないですか、眺めているだけで満たされた気持ちになるじゃないですか」

 島尾はへりくだった。もうこうなったら、こいつらの無駄金を引きだしてでも売らなくてはならない。

「あんまタイプじゃない」

 吉行が答える。

「現実の女の子。興味ないんで」

 小島が返答しづらいことをのたまった。

「小島くんはあれだもんな、百合が好きだもんなあ」

「男って汚いじゃないですか。いいですよ、百合、尊いし。百合の漫画にでてくる壁になって、ずっと綺麗なものを見ていたいです」

「自分が存在しなくていい、と」

「そうですね。僕、汚いんで」

 そういって、大きな音を立てて麺をすすった。たしかに意地汚い。

「俺はやだな〜」

 くだらないことを二人はいい合っていた。

「わかりました……。こうなったら……、涙をのんで許します。水着も見せパンもありますから、写真集、いろいろ使ってくれてもいいです!」

 屈辱である。

「なんじゃそら」

 吉行がやっとプラモから目を離した。

「島尾くんは、あのアイドルのいったいなんだ。親か」

「親がわざわざ娘をオカズにしてもいいといわないだろ。僕は……」

 言葉が詰まった。

 結局、自分はいったいアヤのなんなんだろう。

 確かに、自分のことを蔑ろにして、アヤのために行動している。しかし彼女に認知されているのか、怪しい。

 遠藤が事務所に入ってきた。なにやら本を抱えている。

「なにやってんすか。事務所の外まで声聞こえてますよ」

「いつものことなんで」

 吉行がいった。平気の平左、らしい。

「まあいいんすけど」

 遠藤が椅子に座り、持っていた本を開いた。

「なに読んでんの」

 吉行が覗きこむ。

「活字の本なんて珍しいじゃん」

「いや、地元で絶対読んだほうがいいって勧められたんで」

 そういって表紙を見ると、うちの店でも平積みになっている自己啓発本だった。

「意識高いやつが読む本に見せかけて、なんかめちゃくちゃオカルトくさいんですよ」

 意識低い系大学生の代表格である遠藤がいった。

「あれだろ、引き寄せるのがどうとか、思考は現実化するとかそういう系だろ」

 吉行が知りもしないのに知ったかぶった。

「なんかこいつ、死後の世界を見たんですって」

 そういってカバーの折り返しにある写真を遠藤が見せた。

 なんだかちゃらちゃらしているな、というのは第一印象だった。髪を後ろで結んでサムライヘアにしている。キメ顔も鼻につく。正直こういうタイプを島尾は気に入らない。

「へーっ」

 この場にいる一同は全く興味を持つことができず、適当な相槌を打った。

遠藤はオカルトだの陰謀論だのが大好きなのだ。


『わたしは自殺を考えた時があります。人生とは? 世界とは? ……いったいなんなのか? 四六時中考え続け、出た答えは、人生とは無意味だ、ということでした。そんなことはない、必ずや意味はあるはずだ。不安に絡め取られぬよう、首を振りながら考え続けたものの、やはりない、としか思えなかったのです。わたしは死を決意しました。』


 島尾は冒頭の文章をざっと読み、すぐに興味を失った。わざわざいわなくてもいいことを書いているようにしか感じられなかった。

「なんかだっせえな」

吉行がいった。吉行の口癖だった。

「ださい」の一言でなんだってすます。

 語彙力が足りないくせして、上から目線だ。だが、今回ばかりは島尾も同意した。

「まあまあ、ここからが面白んですって」

 遠藤はどうやらハマってしまっているらしい。単純なやつ、と島尾は呆れた。そんなことよりもアヤの写真集をどう売るかが、いま問題ではないか。

 死後の世界なんて、死んでから確認すればいいことだろう。いま重要なのは、同じ地球上に存在している、アヤを喜ばせることじゃないのか。

 ここの連中はすぐに話題をコロコロ変える。一つのことに集中することができない。

「どうすりゃ写真集売れるんでしょうかねえ」

 どうせ大した案もでないとわかっていたが、島尾は訊ねた。

「脱いでたら買うかもね」

「あー。島尾さんがゴリ押ししたやつっすか」

 遠藤がいった。

「そう」

「写真集なんてファンしか買わんでしょ。そもそもファンが少なかったということでわ!」

 遠藤の言葉に、ぷっ、と小島が吹いた。

「訊いて損した」

 そういって島尾は事務所を後にした。

一階のレジで庄野がいつもの面構えで突っ立っていた。立ち読み客ばかりで、誰も本を買おうとしないらしい。

「遅かったね」

 そういって庄野は肩を回した。カウンターには図書カードをすぐ包めるようにと折られた包装紙が大量に出来上がっていた。暇すぎたらしい。

「すいません」

 自分の言葉に覇気がないことに、島尾は気づき、慌てた。

「めちゃいいと思うんだけどなあ」

レジから男性誌のコーナーを見つめ、島尾はひとりごちた。

そのときだ。

女子高生がアヤの写真集を手にした。よく店で見かける女の子だった。この子、女ヲタだったのか? 島尾は女の子を凝視した。買ってくれ、買ってくれ。彼女は写真集を手にして、レジのほうに向かってきた。

やった!

だが島尾が思わず「どうぞ」といおうとすると、女の子は立ち止まり、くるりと背を向け写真集をもとの場所に置いた。

島尾は悟った。

レジに庄野がいるのだ。だから彼女は買うのをやめてしまったのだ。庄野さん、なんてことをしてくれるんだ。島尾は恨みがましい目を隣に向けた。

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