15話:おみやげ

 治安のよい地域で眠れるのは、レタには久しぶりのことだ。どれだけ堅牢そうなホテルでもこそ泥は珍しくない。出発の瞬間を待たれもした。野宿は壁もないが、人が少ない分だけ楽な側だ。数少ない近づいた者を見つけられればよい。いずれにしても、失敗すれば文句をもう言えない。


 ケイジの家は、街に入るだけでも信用が必要なおかげで治安が安定している。もし鍵をかけ忘れてもリスクが小さく、路上に潜むものもいない。


 出発した頃のケイジの顔にも合点がいく。緊張感など、ここでは持ちようがない。レタは長らく忘れていた。家を構えた集落には相応の役割がある。初期投資と維持費が用意できる限りこれほど心強いものはない。


 浴室も用意されていた。ひとつの浴室でありながら、まるで人数分あるように整う。有能なハウスキーパーを雇っている様子だ。


 先にケイジが浴室を使う。レタはやることがある。配送完了を伝える手続きと、その後は道中でのケイジに関する話だ。ケイジの母が予想するよりも実際のケイジは有能だった。飲み込みは早く、向上心がある。事実をそのままに伝えた。おべっかでないと示すためのネガティブな情報は、初日の話に偏った。


 初めは体力に難があったが、追いつくまでは早かった。面構えや心持ちの惰弱さは、すでに様変わりしている。


 ケイジの母はすでに気付いていた。決して気のせいではない。レタの言葉で確信させた。


 浴室にレタが呼ばれた。これまでは部位ごとに少しずつ洗っていた。顔だけの日、右脚だけの日などを順に、ごく短い時間で済ませる。誰がどこから来ても対処するためであり、急な出発をしても体温を維持するためだ。


 一度に体の隅々まで入念に洗える日がまた来るとは思っていなかった。全身の土埃や老廃物を取り除き、湯上がりにはバスローブを着られる。その間にマントを含む服の洗浄も提供された。裏を感じる、優雅なひとときになる。


 食事も用意される。明確に格上の料理が食卓に順に運ばれる。ケイジが戻る日とわかって力を入れたのか、普段からこうなのかは、知らないままにした。シチューは液体をかけ離れて形を持ち、肉はナイフを受け入れる。


 日の最後を締め括る、寝室もやはり上等だった。柔らかな寝台が体重を分散して優しく受け止める。立った姿勢と寝た姿勢を比較して、背骨の曲がり方が同じになる。腰の下に隙間を作らない。よい寝具の条件だ。


 そんな部屋でも、念のため罠を仕掛けてから眠った。窓や扉を開けたら音で教えて、作動したら痕跡を残す。元通りにするには、初めの状態を知っておくか、分の悪い賭けに成功するしかない。


 至れり尽くせりの今こそ警戒を続けなければならない。


 レタは寝るまで、周囲の音を探り続ける。思考はすぐに疲労を受け止める寝具によって霧散した。酩酊に似て音がわからなくなる。瞼の裏に風景が浮かび、適した声が聴こえる。意識を手放す。


 眠りが深まった頃に扉が開いた。


 罠が音を鳴らすがレタの眠りは深い。音は来客を驚かせるのみで、肝心のレタは眠ったままだ。罠が役割を果たさない。気づかれても構わない相手を退かせる機能はない。


 来客は枕元に手紙を置いた。

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