12話:テロリストの怨恨・終結編(3/3)

 ケイジとスクシは早朝に動く。夜の動物たちから朝の動物たちに交代していく。ケイジの接近を察知してさらに警戒の音に切り替わる。目的の小屋とその周囲がはっきり見える。


 他の小屋やテントはなく、山道の高低差を背にしてぽつんと置かれている。小ささから中で待機できる人間は三人程度と予想している。近くに車の二台ほどの空間があり、近づくと深い轍が見えた。重い荷物を運ぶ拠点にも見える。


 スクシは車で乗りつけるため、ひと足先に山道を降りた。二十五分で降りて、五分でここまで走らせる。この三〇分程度でケイジが役目を果たす。荷物はレタのスマホと指示された道具を残して、スクシが持っていった。これで後戻りはできない。


 ケイジはメモにある通りに、レタの道具を組み合わせる。タオルの両端にマイクロコードを結びつけて、片方の端を親指で持ち、もう片方の端は中指と薬指に巻き付けて保持する。簡易的な投石器だ。振り回して勢いをつけたら、親指を離して放つ。周囲にも転がっている石ころは大きさに対して重い。


 時計は十五分の経過を教える。丸っこい石ころをポケットに入れて、動くルートのイメトレをする。メモに従って、三分で一気に動く。


 時間だ。ケイジは近づきながら、投石器を回して、石を放った。狙いは小屋の扉だ。第一投は薄い壁に穴を開けた。中から飛び出す人影はない。二個目、三個目と投げつける。扉が奥側に倒れる。想定したメモには窓や扉を狙えと書かれているが、小屋はレタの想定よりも脆い。


 パニックの様子で一人が飛び出した。小柄で貧相な男はヘルメットと、石が飛んできた方向に小さな椅子を構えている。この様子では下っ端で、司令官が不在だ。


 メモにはレタの経験が詰まっている。誰であろうと決して容赦をしてはいけない。殺すつもりでも簡単には殺せない。殺せないなら殺される。


 ケイジは石を投げた。飛び出した男の目の前で土を抉る。男は驚き顔を向ける。右手で腰の銃を探すが、持ち合わせが無いと気づくと、やぶれかぶれでケイジに突進する。投石が膝に命中し、男はその場に倒れた。


 ケイジが小屋に着いた。同時に、スクシの車が到着した。拍子抜けしながら扉の先へ踏み込んだ。


 時は戻って三分前、小屋の中では。


 レタは部屋の奥で椅子に座らされたまま、クックは部屋の入り口近くの寝台で大いびきをかいている。部下の男が机に缶詰を並べたり、タブレットで連絡を確認する。


 レタの目と口は相変わらずダクトテープで塞がれているし、手足はベルトで椅子に繋がれている。外見では起きているのか寝ているのか判断できない。


 外からの音が変化した。タブレットの入力音は一定のリズムを維持する。心理状態は匂いに出るが、警戒の匂いがない。全てを隠し通す手練か、何も気づかない新兵か。結果はすぐにわかる。レタは引き続き、音に集中する。


 大きな音が飛び込んできた。空気の流れが変わる。入り口側に穴が空いた。部下が慌てた声をあげて、対照的にクックはいびきが止む。タブレットに短い単語を入力する音のあと、食事用の椅子に駆け寄る音が聞こえた。


 次の石が扉を叩いた。部下の髪と襟が擦れる音を立てる。何かを探す音だ。部屋の奥へ踏み出しかけて、止めて戻る。それ以上の足音はない。足音の方向に気にかける価値がありながら今は使えない何かがある。


 レタは十分な情報を得た。あとは流れに身を任せる。投石の音が続く。部下の男はやけっぱちの声をあげて、椅子と机をぶつけて、遠くへ向かって駆け出していった。足音で向かうべき方向もわかった。


 ケイジが部屋に駆け込む。椅子に座った人物が何者か、もちろんすぐにわかった。


「レタ、来たよ」


 レタは頷く。


 バケツを下ろす。右手のベルトを外す。ケイジが左手に向かうと同時に、レタの右手が口のテープを剥がした。粘着力が強く、皮膚の一部ごと剥がれる。


「大急ぎで離れるよ。援軍が来る」

「車にスクシがいる。真っ直ぐ外」


 ケイジが左脚を、レタが自分で手探りで右脚のベルトを外した。


「ケジ、私の銃は見える?」

「ない。いや、あった。机の下」


 その言葉を聞いてレタは、右目の下側からテープを少しずつ剥がす。まつげのいくつかが抜けながら、どうにか視界を確保した。


 ケイジから銃を受け取り、部屋の隅で布をかけられたものに向けて、弾丸を撃ち込んだ。三発目で上部が崩れ落ちる。中身は大型の、今では滅多に手に入らない銃器だった。


 すぐに車へ駆け込む。冷たい空気がマントの中へ流れ込む。ケイジは助手席に、レタは後部座席の荷物の隣に乗り込む。扉を閉める時間も惜しい。座席に尻をつけた時点でスクシはアクセルを踏んだ。


 走りながら目のダクトテープを最後まで剥がした。続いて防寒着を整えて、荷物を元通りにマントの下に持ったら、すっかり元通りだ。


「レタ、もう大丈夫?」

「おかげで。ありがとうね」


 荷物から何を使ったか報告する。最中にも目線は周囲の警戒に使う。鉢合わせのリスクを減らす荒れ道なので、段差を乗り越えるたびに聞き逃しの確認をする。


 レタは銃を確認する。残り一発から、以前に拾った弾を装填して三発にする。ドラムの位置を一度だけ空砲になるよう整えて、空薬莢はくず鉄屋で小銭になると期待してまとめる。


「レタ、三発も使って破壊したあれは何?」

「大型の銃。計画の途中で切札を失えば当分は私なんてどうでもよくなる」

「その後は? もっと大きな恨みを買いそうだけど」

「最悪でも稼いだ時間で手を売つ。安心して」


 ひと安心できるまで離れてようやく、三人は安堵の会話を始める。張り詰めた筋肉をほぐしながら、互いが別れた後の話を共有した。

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