10話:テロリストの怨恨・始動編(1/3)
レタは朝のたびに周囲を窺う習慣がある。特にホテルでは扉の外での待ち伏せが多い。扉の向こうの呼吸の音を探しり、窓の近くで物音を探したり、外に見える景色から変化点を探している。
今日は警戒を強めた。ホテルの外で道路を挟んだ向かい側に昨日はなかったダンボール箱が積まれている。隠れるに都合がいい場所で、違和感なく溶け込んでいる。本物であっても利用される場合が大いにある。狭い一本道の半ばではの視界を一瞬でも塞がれれば、背後を取られてしまう。
そんな状況でも用事は待ってくれない。運び手を求める声が大勢待っている。リストには昨夜からひとつも減っていないあたり、今はレタ以外に運び屋ギルドが誰も来ていないようだ。
この状況は大きなチャンスだ。人がいない故の上乗せを期待できる。請けて回れば報酬は多額になり、目標金額を一気に得られるのだ。ケイジを届けたところで達成するつもりだった計画を早められる。一日だけではあるものの、その価値は高い。
万が一に備える必要を感じて、目的についてもスマホに書いていった。これまで誰にも明かしていない。
昼すぎまでは配達仕事をしていた。ケイジとスクシの手伝いもあり、普段より多くをまとめて請けられる。その甲斐あり出発を午後の前半にできた。最後の一件を終えて、スマホで必要な操作をする。レタの目的は達成された。後は生き残るだけだ。
ホテルが見えたところで、レタの耳と鼻が異常を察知した。鞄ごと荷物すべてをその場に置く。まだ身につけているのは防寒具の他はドッグタグと銃だけだ。
「ケジ、戻れ、ホテルに」
短く言い残し、ダンボール箱による物陰を注視しながら駆け抜けた。そこには一人の、薄汚れた男がいた。
周囲は誰も異変に気づいていない。精々が臭い輩が来た程度で、そういう者はいくらでもいる。一口に臭いと言っても、細分化すると詳しい原因が割り出せる。レタには経験がある。
土の臭い。ゲリラがカモフラージュで纏うあの臭いだ。この場は都市部なので逆に目立っているが、都会人を遠ざける効果はある。なおかつ、普段は都市でない場所を拠点にしている。
睨み合いになった一瞬、正面以外への注意が薄くなった。レタは背後から別の男に組みつかれた。ただの通行人風でありながら、目の前の臭い男と連携する。潜伏工作員だ。
右手が腰に届けば銃を抜ける。背後からの組みつきに対処するための銃が腰に用意されている。銃声が背後の男の沈黙を伝える。それでも解放されるまでの時間は稼がれた。臭い男が距離を詰めるのは二発目よりも早い。
レタの右腕を掴み、捻る。肩の関節がおかしな方向へ曲げられ、苦痛に顔を歪める。臭い男は走りかかった車にレタを押し込めた。両腕を後ろから上に持ち上げられては満足に抵抗もできず、口にはハンカチで包んだ石を押し込められ、目と口をダクトテープで塞がれた。
車はどこかへ走り去る。ケイジとスクシは遠くから眺めるしかできなかった。不幸中の幸いは、集団がそれだけで撤収したことだ。その音はレタにも聞こえた。狙いがレタだけとわかればまだやりようはある。
ホテルの一室で、ケイジとスクシは作戦を立てる。まずはフロントに行き、ことの次第を説明した。宿泊に関する料金はすでに払われていて、厚意により追加で一晩を泊めてくれた。
ケイジの落ち込み顔を見て、スクシが気づいた話をする。
「とりあえず、殺されてはいないと思うぞ。奴らはレタの目と口を塞いでた。つまり、しばらくは生かす必要がある。殺すつもりなら口だけでいい」
話に納得し、ケイジは少し落ち着いた。対してスクシは逆に、問題点に気づいた。
「とはいえ、追う方法がないことにはな。どうする?」
ケイジは黙って、手元を見た。なけなしの荷物の他は、レタから預かった鞄だけがある。長らく使ってきたくたびれかたをしていて、レタの匂いが染み付いている。この場にはないもうひとつの手を思い出した。
「ササキだ。匂いで追ってくれるかも」
二人はササキを隠した森林へ向かい、目印の筒を引き抜いた。匂いの変化を察知して草葉をかき分ける音が駆け寄ってくる。ケイジは筒を開け、中の餌を与える。レタの見様見真似で背中を撫でた。
一方その頃、レタはどこかの小屋に入れられていた。隙間風が多く、ほとんど雨を防ぐだけの雑な建て付けをしている。窓がない部屋の中央の椅子では、密かな連絡は不可能だ。
持っていた銃は隅の机に二丁ならべて置かれている。その近くには、布で守られた大型の武器も置かれている。
レタの手脚はそれぞれ、椅子の脚と肘掛けにベルトで繋ぎ止められた。膝の上に水入りのバケツが置かれて、不用意に暴れればずぶ濡れになってしまう。そうなれば防寒具が役目を果たさなくなり、体温を奪われ、ごく短時間で死に至る。
テロリストの一人がマスクもせずに部屋に入ってきた。背が低い男で、コートの膨らみはほとんどが筋肉とわかる。顎髭を長く蓄えて、対照的に頭髪は薄い。
「よう、姉ちゃん」
手をレタの頬から首へと差し込んで、長い髪を服の下から引き出し、背中側に流した。
「ボスと話さえできれば、他は好きにしていい許可を取ってる。楽しませてもらうぜ」
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