甘さの精算 8669字

9話:兆候

 車で動くのは久しぶりだ。四方の壁が薄っぺらなワゴンで隙間風も入る頼りない車体でも素手での略奪を防ぐには十分な性能がある。元より犬を乗せる手前、窓は開けている。


 運転をスクシに任せて、レタは助手席でスマホを操作する。目の小休止を兼ねて周囲を警戒し、思考をまとめたら入力に戻る。小刻みに切り替えて文章を準備していく。


「レタ。屋根が見えた」


 地平線の先から徐々に飛び出す屋根を観察する。塀が不要ながら規模は大きめの街だ。地平線まではるか遠くに見えても、徒歩でも一時間程度で到着する。車ならばもっと早い。一面の荒野かの先に木々も見えた。


「この先、右側の森林地帯に寄って。そこでササキを待たせる」

「あの規模なら、ホテルも犬ぐらい同伴できそうだけど」

「別の問題があるの。話すと長いから後でね」

「わかったよ。通り過ぎる前でよかった」


 レタは森林の、人が踏み込んだ形跡がない場所に入り込んだ。目印にできる木を探し、近くの茂みに手のひら大の筒を差し込む。半分ほどが土の上に出て、ここに取手があると知ってさえいれば引き抜ける。


「引き抜いたらササキがここに来る。出発するなら中身を食べさせて」


 レタは二人に短く説明すると、ササキの首周りを撫でた。長く多く撫でた。ササキが覚えている意味は「翌日にはまだ戻らない」だ。


 三人は車に戻り、間近の街に向かった。ホテルの予約をしてあるが、チェックインには少しだけ早い。先に夕食へ向かった。


 入店したら運び屋ギルドの紋章を見せて、登録番号で本人確認をする。読み取って確認が済んだら、三人を席に通された。


 レタは周囲で囁かれる内容から違和感を察知した。近日のきな臭い動向について言葉を交わしている。よそから来た顔が増えて、その同時期から流通は正常でありながら飲食物の売り切れが目立つようになった。しかし、バスの乗車率は上がっていない。


 これらの話から思い当たることがあった。


 話を聞く限り、レタがテロ活動に巻き込まれかけたのと同時期だ。あの勢力は街を少し離れた場所を拠点にしていた。確認こそしていないが、おおかたテントか何かで、すぐに移動できる簡易型だ。


 そんな手合いならば、広い地域での計画が多いにある。大規模な街は食糧の余剰が多く、拠点として都合がいい。何にしても今回も普段と同じく、すぐに退避できる備えが必要だ。


 注文した料理が運ばれる。レタはスマホをポケットではなく荷物に入れた。

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