8話:車

 レタの計画通り、到着は夜になった。増えた荷物は重くて大きい。普段通りの速さで歩くなど不可能だ。


 境を越えて街に入り、同時に日が沈んだのと同時になった。道を把握するには間引かれた街灯の頼りない光か、窓が大きくて光を出す店の前を渡り歩く。


 目的の建物の目印として伝えられた、二階の高さで揺れるランタンを目印に進んだ。遠くないと情報を聞いても、暗い道は怖い。ケイジもスクシも日没後の行動はまだまだ不慣れで、実際の距離以上に遠く感じている。レタの顔色は状況を把握する役には立たない。


 ようやく着いた扉を叩き、頼みの品を引き渡した。荷物は腰ほどの高さで、印象の通り中身は重く、しかも重心が偏っている。なおかつダンボール箱を結ぶ細いテープを掴むので、全ての重さが狭い範囲に集中する。


「思ったより早かったね。お疲れさん」

「どういたしまして」


 レタのスマホを読み込む様子を見ながら、スクシとケイジ互いの両手を労った。厚い手袋の下にも跡がしっかりついている。


「またすぐに歩くよ。ホテルは少し戻った所」

「さすが姐御、場所も計算づくですね」

「おべっかはやめて。せめて着いてからね」


 スクシはレタとの距離感を計る途中だ。全員が理解しているので話題にならないまま、道中でのレタが視線をケイジの背後への警戒に徹している。


 幸いにも何事もなくホテルに着いた。予約のおかげで手続きもなく部屋に通される。言われた通り、スクシがおべっかを使おうとする。それより先にレタが明日の計画を話した。


「明日は三件あるよ。この近くから二件と、それを運んだあとでもう一件」


 これにはスクシもおべっかどころではなくなった。「確かに手伝うとは言ったが」と人使いへの文句を出す。スクシの食事と寝床をレタに握られている。しかし、今ならレタが銃を抜く前に拳が届く。交渉をするには十分だ。


 ひと通りの意見を聞き、レタは落ち着いたままで答える。スクシの威勢は、レタが「どことどことどこに銃を持っているか」と想像させて落ち着かせた。見せた銃は一丁だけだが、他がない根拠はない。ハッタリでなく実際に、早撃ち用の銃と非常用の銃も持っている。


「もちろん手伝いをやめてもいいよ。一人でもできるから」

「こう言い出すことも見越してたのかい」

「少しはね。いつ投げ出してもいい。それが備えってものよ」


 スクシはつい昨日の、レタからの信用についての疑念もぶつけた。


「ケイジくんと二人で留守番したから、信用されてると思っていたんだが」

「私はいま、君の生活を握っている。そんな状況で自分から捨てられようなんて、まさかしないでしょう。だから目を離しても平気。対して運び仕事は、意思とは関係なく、体力の問題や事故のリスクがある。だから投げ出しても構わないの」


 言葉のひとつひとつは冷淡だが、広く見ると優しさからの筋が通っているように思えた。もしくは、そう思わせる細工をしている。


 レタは上機嫌の匂いを出している。主目的は動物の警戒心を解いて居所の探りあいで味方につけることだが、副産物として、人間との交渉を円滑にする作用もある。


 話に関してケイジは蚊帳の外だが、おかげで内容の咀嚼に集中できた。レタは口数が少ないので、レタの言葉を聴く機会だ。行動から読み取るだけでは思い至らない内容も語っている。


「今までもそんな感じでやってきた、か」

「そうね」


 話を切り上げて、朝に備えて眠った。応酬していた言葉は喧嘩にも見えたが、終わってみれば両者ともに穏やかな顔をしている。ケイジはどこかの言葉を聞き逃したとも思ったが、今更になって確認はできない。疲れもあり、すぐに寝ついてしまった。


 翌朝、予定通りに出発した。今回の荷物は小さく、重さも昨日に比べればずっと軽い。昨日の道を逆に進むので道の見覚えもある。それでも壊れやすいと書かれた荷物だ。扱いは昨日以上に丁寧になった。


「待った、いいものを見つけたぞ」


 道の途中でスクシが声を上げた。岩場に車が乱雑に投棄されている。どの車も汚れや歪みが激しいが、いくつかは使えそうなものもある。


 スクシは車を修理できる。駆け寄っていくつかを眺め、工具や資財もすぐに用意できると主張した。


「一番ましなこいつなら、タイヤをちょっと直したらきっとまた動く。ドアも怪しいが隣から持ってこられる。色はバラバラになるが、どうだい、頼ってみないか」

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