衣・食・銃 全16話+おまけ

7話：3人いれば

　よく寝た、と思ったのは久しぶりだ。美味しい食事、柔らかい寝台、友好的な男女。スクシはどれも忘れかけていた。

　加えてスクシは、ホテルが初めてだ。壁紙の模様は緑色だが虫とも植物とも違い、朝日は厚いカーテンによって手で防げる程度まで間引かれている。かつて成功していた頃はオフィスか自宅を使っていたし、陥れられたあとは路上などの物陰を使っていた。

　スクシをこの場に引き上げた二人はすでに寝室から出ている。扉の先にある部屋から小さな音が聞こえた。寝台の柔らかな感触を惜しみながら立ち上がって、扉の先へ向かった。

「おはようスクシ。レタは買い物に出てる」

　ケイジはすぐに顔を向けて挨拶した。四人用テーブルの入り口側の席で、スマホで何か操作をしている。その手前に食卓カバーがひとつだけ役目を果たしている。

　スクシが座る席をか迷った一瞬が伝わり、ケイジは「ルームサービスの朝食が来てるよ」と促した。

　ケイジが食べた分は、入り口の近くに配膳台があり、その中段に食べ終えた状態で置かれていた。スクシは今日も、目頭が熱くなった。

「ありがとうな」「どういたしまして」

　金属製の食卓カバーを開けた。

　パンの切れ込みに肉や野菜を挟んだ軽食、サンドウィッチだ。触れるとまだ温かい。掴んで口まで運び、歯を突き刺す。ほどよい硬さのパンに特有の、小気味のいい音が聞こえる。その奥で待つ肉と野菜は一転して柔らかく、すぐに手元から口の中へ移動した。

　多数の味が噛むほどに混ざる。舌との位置関係が目まぐるしく変化し、その度に味のパワーバランスが入れ替わる。あるときはパンの味が支配し、あるときは肉の味が天下を取る。見た目の印象をさらに塗り替える、食の楽しみがここにあった。

　スクシは食べながらつい気になった。確かに自身とケイジは趣味が近く、話は多いに盛り上がった。初対面から打ち解けるまでの時間は誰が見ても早かった。とはいえ、それだけで本当に信用されたとは思い難い。

　出会ってからこれまで、ケイジとばかり話をしていた。お互い深くは知らないのに、自らの信用に足る理由をわからずにいるのだ。

　レタの用心深さを思うと、いきなり監視もなく放置するならば、相応の備えがある。スクシはそう直感した。

「レタとの関係について聞きたい」

　スクシは短い疑問を口にした後、すぐに次のサンドウィッチを口に含んだ。

「関係は、僕がバスに乗り遅れたから、家までの道を運んでもらう。それだけです。少なくとも、今は」

　ケイジはその続きに、これまでの出来事を語った。チンピラの待ち伏せを看破したこと。テロリストの襲撃を察知してギリギリで逃れたこと。記録用らしきドローンに察知されたかもしれないこと。その後、警戒して人里の遠くで野宿をする所でスクシと出会ったこと。

「すごいんだな。映画みたいだ」

「でしょ。僕もそう思って――いや」

　ケイジは悪いことを言った顔をしている。

「気にするなよ。そりゃ、古い映画の黒人はよく死ぬが、今はそんな時代じゃない。そもそもが俺たちは映画の登場人物でもない」

「そうか。そうだよね。生きていてよ」

「もちろん。また五年は生きてやるさ」

　食べ終えたら映画好きコンビの本領発揮だ。

　これまで見たジャンルや印象深いシーンの話で、生い立ちとの関連が話題に出て、思い出話も始まった。憧れた登場人物の真似をした話になり、登場した言葉から次の話題が芽吹く。

　ちょうど一区切りついたところで、鍵を回す音と、扉が開く音が聞こえた。

「戻ったよ。二人ともいるね」

　レタはテーブルに荷物を並べた。

「リュックと、水と、食料。それから最低限の道具セット。二人とも自分用に持って」

　ケイジに用意したのは、元から持っていたメッセンジャーバッグに入る程度の、小型で軽量な道具だ。封をを開けて出てきた折り畳み式のナイフと、包囲磁石だ。

　スクシに用意したのは、まず剥き出しのリュックだ。ウェストベルトがあって肩への負担が小さく、長時間の歩行にも対応できる。その中にはすでに、水のボトルやペグが入っていた。

　どれもレタがすでに用意していて、スペアとして二人にも持たせる程度になっている。まだまだ入れられる余裕があり、特にリュックは内容に対して大きすぎる。

「もらっていいんですか」

「もちろん。これから手伝わせるから、このぐらい持っておいて。万が一のときの予備が多いけど、きっと役に立つよ」

　スクシは疑問をまずは思うだけに留めて、手元の道具を眺めながら、使い方を想像した。すぐに出発するぞと告げられる。

　レタの指示の通り、まずは近くの家具工房へ向かい、スクシに大荷物を持たせて、隣街まで運ぶ。

　普段通りの速さで歩けば、夕方には着くだろう。