ケイジには新鮮 7640字
5話:生きる糧
テロの騒ぎから離れる方法として、集落から遠い道を選んだ。音が聞こえたら動物か人間の行動であり、少し進んでは休憩も兼ねて双眼鏡と耳で周囲を探る。
天気予報の通り、晴天が続く。太陽の位置と葉の茂りかたで方角を確認できる。
ケイジも野宿の経験が蓄えられた。木と木の間にロープを張り、マントを解いて印の場所で吊るし、生地の余る部分を筒状の風除けにしていく。レタと揃いの着るハンモックだ。
手つきはまだ慣れないが、隣でレタの手本を見ては手を動かす。数を重ねるほど確実に手際がよくなっていく。
ササキにも犬用サイズの、同等の装備を持たせてある。
「ケジ、今日はここにする」
「もう?」
日の出と共に起きて、ずっと歩いたので疲れはある。しかし前日は夕方まで同じように歩いたのに対し、今日はまだ正午すぎだ。小休止ではなく休むには早く感じた。
街道からさらに離れて林の奥深くで入り込んでいく。街道で木の葉を踏む音が聞こえる程度には近く、視界を遮る程度には深い。
「明日の朝、ここから出発すると、夕方ごろにホテルに着く」
「おお、あったかくて柔らかいベッドは久しぶりだあ」
「その後もホテルで合計三泊、野宿は今日が最後になる。よくここまで来たね」
ケイジの顔が明るくなった。
「予定よりだいぶ早いね」
「トラブルがなかったからね。見積もりには対処を想定して日数を答えるの」
「ふーん」
ケイジはちょうどいい木を探す。目利きを磨きたいと言って、レタに黙っておくよう頼んである。レタも同意して、当たり外れのある場所を優先して陣取る。迫る危険を知らせられるようにだけだ
「わ!」
いきなり声をあげて、ケイジが慌てた顔で駆け戻ってきた。
「深呼吸なさい。落ち着いて」
言われた通りに、深く吸って、ゆっくりと吐く。二度三度と繰り返し、ケイジは呼吸を整えてから見たものを話しはじめた。
「人の死体があった」
レタも顔色を変える。死体があったとは、言い換えるなら死体だとわかる状態だ。死因や位置関係によっては場所を改める。
「見る。案内して」
ハンモックをマントとして巻き直し、ケイジが示す先に向かった。
答えはすぐに出た。死体の頭上にロープが伸び、足が地面から離れている。服を見ると、衛生的とはかけ離れているものの、形は最低限に整っている。足元に財布がある。二つ折りの財布で、中には紙幣が見える。
レタはこの死体を自殺と断定した。生きている人間は関わらない。リスクは感染症や虫だけで済む。場所をもう少し離すだけにした。
「ササキも来てる。ここにしましょう」
「本当に、大丈夫なの」
「どこでも大差ないよ。虫や菌の餌以外はね」
その時、ササキが警戒の目線で構えた。誰かが近づいてくる。
レタは耳を澄ませる。虫や鳥が鳴く音が変わる。誰かが近づく気配だ。落ち葉を踏む音。隠す様子がなく、人数は一人だ。何度か不規則に止まるので、何かを探しているか、疲れているか。
音は近づいてくる。偶然か意図的か、ふらふらと左右に動く。想定を偶然側に強める。葉で隠れた先に下半身が見えた。ハンドバッグを右手で持っている。
レタは銃を構えて、木の枝を投げる。お互いに認知した。
「うわ」
痩せこけた男が声をあげた。防寒具以外の持ち物はハンドバッグひとつだけで、外見から推測する年齢は、レタもケイジもネグロイドに詳しくないが、少なくとも若い側に見えた。
「ええと、お二人もこのあたりにご用事で?」
話しかけてきたので敵対の意思はないものと判断し、レタが返事をした。
「そう。野宿をする。あなたは?」
「運び屋ギルドの紋章ですよね。ここが自殺の名所って知ってると思うのですが、本当にこんな所で?」
「まず質問に答えて」
相手にばかり話をさせて、自分の情報は秘匿する。レタはその手を何度も見てきた。目の前の人物がどう話を進めるか、確認しながら会話を続ける。
「その、僕も自殺のつもりでしたが、なんだか言うのは野暮な感じです」
「いいでしょう。敵対の意思はなし、と」
レタが警戒を緩めたところで、次はケイジが口を開いた。
「そのコート、『ダイ・オア・ネバー』の作中モデルでしょう。かっこいいなあ!」
短い言葉ながら、好意と熱心さによる非言語コミュニケーションがレタにも伝わった。男の表情が目に見えて変わる。
「君も『ダイ・オア・ネバー』は好きか」
「もちろん! 部隊の全員が揃って初めて命令に背くシーンは最高でした」
映画好きの男二人が盛り上がる兆候を見つけて、レタは一言を送った。
「食事の準備をするから、話をしてなさい。ただし、目が届く範囲で」
その言葉を受けて、改めて自己紹介をした。
彼の名前はスクシ・ケディス。幼馴染と共にそこそこの成功を収めていたが、失態の原因すべてを押しつけられ、無一文となった。それでも細々と日銭を稼ぎ、映画館のサービスデイを毎週の楽しみにして生きていた。その映画館が取り壊されてしまい、半年の間に少ない友人が次々に野盗の餌食となった。そして今日、ついに決心をつけたのだ。
幸運にも出会ったケイジと趣味が合ったおかげで、久しぶりに楽しい日になった。
二者の盛り上がりを横目に、レタはスマホで情報を集める。今朝の時点では無意味だった情報がそのまま残っている。レタ側の状況が変わり、一転して都合のよい情報になった。
通る道を変える。日数は元の計画と同じだ。
日が傾いてきた。手持ちのロープを使って、ハンモックをどうにか三人分にした。その間もずっと喋りっぱなしの映画好きコンビの様子を見て、区切りの良さそうなところで口を挟む。
「夕食だよ。食べたらさっさと寝る。明日は早いよ」
並べたのは密封袋の非常食だ。色と形だけならハンバーガーに似ていて、ペーストとクッキーを合わせて固めたものだ。栄養価に優れている。これはケイジも初めて見た。
スクシの飲み物は、タンクの水を空き容器に注いだ。
「僕も貰っていいのですか」
遠慮がちなスクシに対し、レタは静かに答える。
「いいよ。それより、しばらく同行してくれないかしら。待遇は三食とベッドつきで、条件は荷物持ちのいくつかを手伝ってもらう」
食事はすなわち生き死にに直結する。ここ最近は満たせなかった欲求を満たせる機会を提示され、スクシは泣きそうな顔と大袈裟な動きで謝意を伝える。
「なんたる僥倖。活力に加えて助け舟まで。手伝えるのなら、ついていきます」
「ありがとう。よろしくね。あと、明日の昼までは食事が冷たいけど、許してね」
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