6.少女はお話する


 検問は特に何事もなく終わった。

 門兵に「後ろで騒ぎがあったようだが、何か知らないか?」と言われたけれど、事情聴取で捕まるのが面倒だから知らないふりをしておいた。


 こうして私達は『鉄鉱都市ハダッド』に足を踏み入れることになったんだけど────


 カーンッ! カーン、ガンッ!

 ガガガッ────ドゥルルルルルルルルル!!!


「相変わらず、うるさいなぁ」


 街のそこら中からハンマーで鉄を叩く音やドリルが何かを抉る音が、絶え間なく聞こえてくる。遠くでは爆発音と誰かの悲鳴も聞こえてきた。

 このようにハダッドの中心部──鍛冶屋などの店が最も並んでいるところは、朝昼晩と時間帯関係なく常に騒音が鳴り響いている。


「これはなんとも……凄いですね」


 これにはプリシラも渋面を隠せていなかった。

 私はもう過去で嫌というほど聞いてきたから慣れたものだけど、初めてこの街を訪れた人はみんな彼女と同じような反応をする。しばらくは満足して気を落ち着かせることはできないだろうね。


「我慢できなくなったらすぐに言ってね。すぐに耳栓を買ってあげるから」

「ええ、ありがとうございます。……あの、早速それを購入しても」

「でも、何日も耳栓を入れておくのも不便だし、買うよりも早いところ慣れたほうがいいよ」

「…………はい、そうします」


 ちなみに私は、鼓膜が破れるのは嫌だから弱めに耳を塞いでいた。

 別にビビってないし。破れちゃったら大変だから未然に防いでいるだけだし。どうせすぐに慣れるし。


「さて、と……冒険者ギルドは…………ああ、思い出した。ほらプリシラ、行くよ」

「あ、はいっ!」


 耳がおかしくなる前に、プリシラの手を取ってその場から離れる。


 冒険者ギルドはここよりも静かな場所にある。

 というより、ハダッドでうるさいのは中心部だけだ。そうでなければここに訪れた冒険者達が夜に眠れなくて、苦情が殺到するだろう。


 そこら辺をしっかりと考えられるなら、音を軽減する結界とか張ってくれればいいのに……とか思うのが普通なんだけど、それをしないのにはちゃんとした理由がある。


 ──ドワーフは魔法に疎い。


 とても簡単な理由でしょう?

 種族全体が鍛冶馬鹿って訳じゃないけど、みんな武器はハンマーとかの重い武器ばかりを振るう脳筋で、魔法の技術は全くと言っていいほど皆無だ。

 それなのに誰よりも立派な『魔法具』を作れることは、世界七不思議の一つだと言われていたりする。




「あ、ご主人様。看板が見えてきました」


 プリシラが遠くを指差す先へ視線を送れば、冒険者ギルドを示す看板がぶら下がっていた。

 迷子にならないためなのか、ご丁寧に矢印まで書いてある。その案内のとおりに進んで行くと、一際大きな建物が現れた。


「相変わらず立派な建物だね」

「アーガレス王国のものよりも豪華な造りですね」

「そりゃあ創作に関しては世界一のドワーフが居るんだもん。ここの造りがよくなるのは当然のことだよ」


 国よりも街の方が建物の造りがいいというのは……どうなのかと思う。

 でも、これが一流と超一流の違いなのだろう。


 プリシラの手を引き、扉を開けて中に入る。

 さすがは冒険者が集う街なだけあって、多くの人で混雑していた。

 ギルド内には酒場が併設されていて、そこで酒を飲んだり、仲間と会話したりと様々だ。


 その人達の中には、新顔である私達を値踏みするように見てくるのもいた。それを気にしていたらキリがないので、さっさと受付に向かう。


 受付嬢は獣人だった。

 もふもふの耳と尻尾が可愛らしくて、見ているだけで癒される。

 その子は歩いてくる私達を見て、パァッと元気な笑顔を向けてきた。


「ようこそいらっしゃいませ。ご用件は?」

「ここの迷宮に入る許可証をもらいに来たんだけど」


 途端に、元気満タンだった受付嬢の表情が訝しげに歪む。


「……あの、お二人だけですか?」

「そうだよ?」

「女の子と、後ろの方は保護し──コホン、失礼しました。奴隷の方ですか?」


 おい、今なんて言いかけた?


「奴隷は入ったらいけないとか言わないよね?」

「い、いえ! そんなことありませんよ。とてもお綺麗な方だなぁ、と思っただけで……」

「そんな、綺麗などと──」

「おお! お姉さんわかってるね。そうだよ。うちの仲間は誰よりも美人なんだ。お姉さんとは仲良くできそうだね」

「ご主人様!?」


 裏切られた時のような顔をされた。ごめん。だってプリシラが褒められるのが嬉しくて、つい。

 受付嬢はそんな私達を微笑ましそうに見つめて、でもさっきの会話を思い出したのか、再び真剣な顔つきになった。


「ハダッドの迷宮はとても危険です」

「知ってるよ」

「強力な魔物が生息しているだけではなく、環境も最悪で」

「うん、それも知ってる」

「……決して、お二人だけで攻略できるような難易度では」

「たしかに最初は難しいと思うけれど、環境に慣れたらすぐに攻略できる難易度だよ。そう確信してる」

「…………考え直したりは?」

「私達だけで十分攻略できる。考え直す必要ある?」


 顰めっ面をされた。これでもかってくらいの顰めっ面だ。

 ああ、この感じ……話が通じないとか、また自分の力を過信しすぎた奴が来たとか思われているんだろうなぁ。


「別にお姉さんを困らせたいって訳じゃないんだ。でも、私達はどうしても、ここの迷宮を攻略しなきゃいけない。……どうしたら許可が下りるかな?」

「……実力が十分だと証明できれば、可能です」

「ん、わかった。まずは色々なクエストを達成して実力を証明するよ。それでいい?」

「…………はい。ひとまずは、それで……」


 言質は取った。

 元よりすぐには許可が下りないことはわかっていたから、こうして言質を取れただけで十分だ。

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