45. 襲撃者は最後の抵抗を試みる
それに含まれている感情は、呆れだった。
『お前らだよ。お前たち王族や貴族のクソ共は、自分さえ裕福に暮らせていれば、それで良いと思っている。平民はただの道具であり、税金を作り出す財布だ。死ぬまで使い回されて、いらなくなったら用済みで消される。そんな価値の無い人間だ』
「そんなことは……っ!」
『そんなことない? じゃあ、私達は何なんだろうね。貴族に良いように利用され、命がけで戦って……その苦労を知らずに笑って暮らしているのは、他でもないお前らだ』
「まさか……君はシャドウ、なのか?」
『──あはっ♪ 残念ながら、今はもうシャドウじゃない。ああ、ゴンドルが死んだからって意味じゃないよ。私はこの世界で、シャドウにはなれない』
「どういうことだ!」
敵の言いたいことがわからない。そのため強い口調になってしまったが、駒は気にした様子もなく、ただただ私を一点に見つめる。
『私は──亡霊。お前らに利用されて、挙句には邪魔だからと裏切られ、全てを奪われた上に死んだ──遠い未来の亡霊だよ』
「何を、言っている……」
『無理に理解しようとしなくて結構。私はお前らを殺したい。……っと、他のシャドウは関係ないから、処罰とかはしないでね。これは私だけの──え、ちょ、痛っ!? いひゃい、いひゃいですごめん! ごめんって!』
突然、苦しみだした敵の声に、側に控えていた騎士だけではなく、私までもが何事かと注意深く見つめる。
『ねぇ、お願い。今すごく良いところだからおとなしく……って、え? 独り占めは許さない? あ、そうですか──ごめんなさい。その拳を降ろしていただけると嬉しいですほんとごめんなさい』
声だけでなく、操られている駒までもが、何かに抵抗するような挙動をし始める。
「お、おい……」
『ほら、不思議に思われ……わかった。わかったからつねるの止めて?
──コホンッ、とにかくこれは私と、私の共犯者だけの私怨だから。わかった?』
「……………………それを信じろと?」
『信じるも信じないも勝手だよ。それとも、シャドウを盾にして私を脅す? 私は使えない味方はいらないし、お前達にシャドウの皆を捕まえられる力があるの?』
「それは……」
それは──できない。
『シャドウ』に頼り切っていたアーガレス王国は、彼らを超える戦力を持ち合わせていなかった。
たとえ他国から『勇者』や『英雄』の力を借りたとしても、彼らが本気で身を隠そうとしたら、見つけ出すことは不可能に近いだろう。
『これで要件は終わり。私は帰らせてもらうよ……っと、これはどういうことかな?』
身を翻そうとしたところで、敵の近くで警戒していた騎士団長が駒を地面に組み伏せ、他の騎士達が一斉に剣を突きつける。
『あれれ? 王の身を案じるんじゃないの?』
「ああ、最初はそうしようと思っていた……が、ここまで馬鹿正直に宣戦布告をされて、はいそうですかとおとなしく帰すと思うか?」
『……そうだね。私が団長さんだったら、絶対に生かして帰さないね』
「そういうことだ。ここで貴様の戦力を削いでおけば、こちらとしても有利なのでな。……国を相手にここまでやれたことは評価に値するが、見込みが甘かったな」
『──くふっ』
微かな笑い声が、それから漏れ出た。
「何がおかしい」
『ふふっ……いやぁ、私もナメられたものだなぁって思ってね。まあ、ここで仕掛ける団長さんの勇気に免じて、良いことを教えてあげよう』
組み伏せられ、剣を向けられる。
誰が見ても絶望的な状況なのに、その声はどこまでも明るく楽しそうだった。
『お前たち騎士みたいに事が起きてから対処するのとは違って、私たちみたいな暗殺者ってのは、常に最悪の未来を予想して動くものなんだよ』
「ふんっ、これすらも予想していたと言うことか?」
『そうだよ。まずは、まんまと引っかかってくれて──ありがとう』
駒の体が激しく歪み始め、膨張する。
「ッ! 逃げろ!」
騎士団長が危険を察して叫ぶが──遅い。
座には何百という騎士が集結しており、それらが絶対に敵を逃さないと固まっている。
外側にいる騎士は、内側で何が起こっているのかすら、理解していない。そのため内側の騎士が逃げようとしても、仲間の肉壁によってそれを妨害される。
「──くそ、がぁあああああ!」
『あはははっ! アーッハハハ!』
騎士団長は呻き声を上げ、少女の高笑いが座に響き渡る。
アーガレス王国の中心にそびえ立つ王城。
その一角が、激しい爆発音と共に崩れ去った。
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