41. 少女は約束する


 白いオーラを纏う。

 ナイフを両手に持ち、右足だけ一歩下がり、半身になって構えた。


「んんー! んんんんっ!」


 殺気を直に受けたゴンドルは恐怖に目を見開き、挙句には涙を流して拒絶を示す。


「いくよぉ♪」


 私は初動から音速を超える。

 そして──


「へっ──アアアアアアアッ!?」


 ボキッという音が連続で鳴り響き、ゴンドルは体の異変に気づいて声を荒らげる。

 私がやったのは、ナイフの刃がついていない部分で丁寧に殴り、一瞬でゴンドルの手、腕、足の関節部分、全てを折っただけだ。


「ふぅ……ふぅ、くっそ……! まだわらしはしぬわけには……!」


「無駄だって。何度も言うけど、お前は私の手によって死ぬ運命なんだよ。……まあ、ここまで頑張ったご褒美だ。私はもう何もしない」


「ほんと、か……?」


「うん。……私ね、嘘はつかないんだ。もう私は何もしないよ。二度とお前に触れない。絶対にお前を傷つけないと約束してあげる」



 ゴンドルは希望を見出したように顔を明るくさせ、すぐさま何かに気づいたようにその顔を豹変させる。

 その変化が面白くて、無様で──私はカラカラと喉を鳴らして笑った。



「気づくのが遅いよ。……そう、お前にかかっている全身麻酔の効果が無くなった時、出血多量に激しい痒み、全身の骨を折られた激痛。それが一気にお前に襲いかかる。そして、それは同時にお前の最後になるんだよ。お前の死は確定しているんだから、私がこれ以上手を出す必要は無いでしょう?」


 死の予言。

 絶対不可避の運命。


「あぁああっ、だましたな! ぎざま! このわたしをだましたなァ!」


「いやいや、騙してなんかいないよ。約束通り私はもうお前に何もしない。お前が勝手に死ぬだけだから、私はなぁんにも悪くない。ねぇ、今どんな気持ち? 小娘程度に全てを奪われて、無様に殺されるって、どんな気持ちなの? ねぇ!?」




 ──ポキッ。

 そんな音が聞こえた気がした。



 ああ、良い音だなぁ?

 くふふ、あはっ……あははははははははははッ!!!!



「…………う……ぅああああぁ! ああっ! いやだ! まだしにたくないんだ! いやだァあァアあっ!」



 ゴンドルは今、文字通り『壊れた』。

 大粒の涙を流し、口内のつばが飛ぶことをお構いなく喚き、信じたくないと頭を激しく横に振る。


「──あぐっ!」


 糸の拘束を解くと、ゴンドルは受け身も取れずに地面に落下する。

 必死に体を揺さぶって逃れようとするけど、全く進んでいない。


 私はそれを満面の笑みで見つめていた。約束通り私は奴に触れることすらできない。


 だからこうして最後の時が来るのを、今か今かと待ち焦がれる。




 そして、それは唐突に訪れる。




「ァ──ァあぁアァああああっ!?」


 徐々に痺れが治り、痛みがじんわりとゴンドルの体を支配する。

 それはやがて完全な痛みとなって、死の奔流が奴を襲った。


「ぎっ、がっ、あがっ! うぁ……がぁあぁあああ!」


 体を激しく痙攣させ、地面を釣り上げられた魚のように跳ねる。

 いつの間にか奴の周りは血溜まりが出来上がり、跳ねた衝撃でそれが飛び散る。

 赤色の絨毯が敷いてあった廊下は、不気味な真紅の色に染まり、辺りに鉄臭い臭いが充満し始めた。ゴンドルは今も、血溜まりの中で喚いていた。


「アハハハハハッ! そう、それだよ! それだよゴンドル! もっと泣け! もっと喚け! もっと叫べ!」


 最高だ。最高だ最高だ最高だ最高だっ!


 これを見るために私はここに居る!

 二度目の人生、復讐劇の舞台で私は踊れる!




「いやだぁああああ、ァ…………────────」




 限界が訪れて、糸が切れたように、ゴンドルは動きを止めた。


「あはぁ……最後は、呆気なく死んだね」


 私は奴の亡骸の元まで歩き、拍手をする。


「いい復讐劇だった。最高に輝いていたよ、ゴンドルぅ? ……安心しなよ、お前の最後の顔は一生忘れないから」


 私は足を天高く上げ、



「──さようなら」


 ゴンドルの頭を力いっぱいに踏み潰した。


 グシャッと形あったものは肉片になり、頭蓋骨は粉々に砕け散った。

 眼球はプチッと可愛らしい音を立てて潰れ、返り血が戦闘服に飛び散る。


「あはは、あははっ、あはははははっ!」


 私の笑い声と肉の潰れる音が重なって、一つの旋律を作り出す。

 何度も、何度も何度も何度も、それは連続して鳴り響いた。


「…………ふぅ……」


 ようやく落ち着いて下を見ると、そこは人の形をしたものは何もなかった。

 その代わり、元が何だったのかわからないほど、ぐちゃぐちゃになった肉片が大量に転がっていた。……誰も、これがゴンドルの成れの果てだとは予想しないだろう。


 私の戦闘服はゴンドルの血と肉で汚れきっていた。


 鉄臭い臭いと、肉と脂肪の独特な臭いが混じり、洗濯してもそれが取れるかわからないほど、悪臭は服にこびりついていた。


 それでも心は、今までにないくらい安らかだった。

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