39. 少女は誓いを楽しむ


「最初は〜なぁにからやっろうっかなぁ♪」


 私は『収納魔法』の中から、ゴンドルを苦しめるための道具を選別していた。

 色々と準備してきたから、どれからやろうかとても迷う。けれど、雑貨屋で色々な商品を見ている時のように、私は明るい声で即興の歌を歌う。


「……うん、まずはこれかなっ」


 取り出したのは一本の針。

 それをゴンドルの首筋にプスッと刺した。


「っ、何を……ぁ、あえ……ああぁ…………」


「ふふっ、もう効いてきた?」


 スラム街にある雑貨屋の店主から、色々と注文した薬の一つ。それを事前に針に塗っていた。命の危険はない。手足が痺れて動かなくなるだけの、即効性がある毒薬だ。


「これで逃げられないねぇ? ほらほらっ、早く動かないと死んじゃうよ?」


 私はあえてゆっくりと、恐怖心を煽るように歩み寄る。


「くりゅな……くる、なぁああ……!」


 手足が痺れて動かせないゴンドルは、私がそんな反応すらも楽しんでいると知らずに、呂律の回らない舌で必死に拒絶の言葉を口に出す。


「来るなと言われたら、行ってしまいたくなるのが世の常ってものだよ」




「…………とんでもねえ暴論言い始めたぞ、こいつ」

 後ろからバッカスのツッコミが飛んできた。




「さてさて、まずは一本。いってみようか♪」


 ゴンドルの汗ばんだ手を掴み、小指を本来曲げられない方向に、強引に曲げた。

 ポキッという気持ちの良い音がした。これは癖になりそうだ。


「──ァあぁああああっ!?」


「うるさいなぁ、指を一本折っただけでしょう?」


 痺れのおかげで痛みは感じないはずだ。叫んだのは、ただの恐れからだろう。

 ……まあ、自分の指を折られているのに、それが他人事に見えてしまうのは、経験した方からすると、とてつもない恐怖なんだろうけど、私にはその反応がご褒美だから、もっと怯えて叫んで絶望してほしいと思ってしまう。


「もう一本、いっとく?」


「いや……いやらァ……」


 涙まで流して、私の提案を拒絶する。


「オーケー、オーケー、お前の気持ちはよぉくわかった」


 天使のように慈悲深い笑みを浮かべる。

 それを見て許されたと思ったのか、ゴンドルの表情は少しばかり晴れやかになる。


「痛くないけど指が折れるって辛いよねぇ、苦しいよねぇ、怖いよねぇ──だからもう一本追加しておこうかっ!」


 一本目は小指をやったので、次は薬指を折る。

 二本の指は力なく垂れた。


「なん、え……なんでなのだぁあああ!?」


「……? なんでとはおかしなことを聞くね。私は言ったはずだよ。お前に絶望を与えてやるって……ねぇ、もっと絶望してよ。もっと私を楽しませてよ、ねぇ!」


 ケラケラと笑い声を上げて、ナイフで脂肪の多い体を切り刻む。

 痛みは感じられないのに、血は流れる。その違和感がメンタルを蝕んでいく。


「ッ、この……あくま、が!」


「あくま? 悪魔、ねぇ──ククッ、アハハッ! ああ、そうだね。お前たちを殺せるなら、私は悪魔と契約することも躊躇わない! むしろ、悪魔になってもいい!」


 悪魔は人の負の感情を餌にすると言われている。

 今、ゴンドルの感情を食べられるとしたら、一体どれだけの美味なのだろうと、想像しただけで涎が溢れてくるよ。


「……この私をころしたところで、きさまはおわり、だ! すぐに国からしめいてはいされることだろう!」


 反抗的な目で睨まれたけれど、そんな脅しは今更だ。


「うん、だから何?」


「お前はこのくにで、はんざいしゃとなるのだ!」


「いや、だからなんだって話だけど……」


 それよりも、ここに来て権力で訴え掛けてきた、ゴンドルの蛮勇に驚きだ。

 犯罪者になる程度で、私が怖気づくと思ったのかな?


 だったら最初から復讐なんて考えない。


 それに…………


「それに私は、この国の全てを壊す予定だからね」


「──なっ!?」


 シャドウの存在を知っていながら、それでもゴンドルに宮廷魔法士を四人も貸し与える国王は、その時点で私の復讐対象に入った。絶対に逃さない、私の敵になったのだ。


 だからこの国を壊す。この国王と貴族を内側から壊していく。

 ゴンドルは、第一歩だ。


「だから安心して、お前はゆっくりと死んでいけばいいよ」


「……くそっ! くそ、くそ、くそっ! 私がお前に何をした!? どうしてこんなことにならなければならない!」


 徐々に痺れが薄くなってきたゴンドルが、理不尽な現実に対して怒鳴り散らすのを、どこまでも冷めた目で見つめ返す。


 何もしていない? 私の家族を殺したくせに、何を言っているのだろう。


「人質の件だった、そうだ! なぜ、お前がそれを知っていた。なぜ、お前のような小娘なんかに、私の計画を邪魔されなければならない!」


「知らないよ、そんなの……すでに私が救いたい者は死んでいた。だから腹いせにお前を殺す。残念だったね。まだ私の家族が生きていれば、結果は違っていたかもしれない」


 ──でも、やっぱり殺していたかな。

 それが私の願いであり、あの時、最後に誓った言葉だったのだから。


「はぁ……さて、随分と話せるようになったみたいだね。そろそろ体を動かせるようになったんじゃないかな?」


 それなのに、奴は逃げようとしない。


「別に逃げても良いよ? 逃げられたら、特別に見逃してあげる」


「……ふんっ! どうせ貴様は逃げる姿を楽しもうとしているのだろう。その手には乗ってやるものか! この悪魔め!」


「あははっ! なるほどなるほど、ようやく私のことを理解してきたじゃん。あはぁ、気持ち悪い。お前に内心を見透かされるのは──とても不愉快だ」


 シャドウにぶつけていた殺気とは比べ物にならないくらいものを、ゴンドルに当てる。それだけで奴の呼吸は荒くなり、腰を抜かした状態で、少しでも私から距離を取ろうと後ずさる。


「残念ながら、そろそろ私の復讐劇はフィナーレに突入だよ」


 『収納魔法』から透明な液体が入った瓶を取り出す。

 見せびらかすようにゴンドルの目の前でチャプチャプと揺らせば、奴はわかりやすい狼狽の色を見せた。


「それ、は…………」


「これ? ふふっ、お前には特別にその身で確かめさせてあげるよ。そのお礼に、もっと苦しむ姿を見せてね?」


 そう言いながら瓶の蓋を開き、私は──それを奴の全身に振りかけた。

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