38. 少女は語る


「おい、お前達! 何をちんたらやっているのだ。さっさとあの小娘を殺せ!」


「うるさい、な!」


「ぶぎゃぁあああ!!?」


 糸をゴンドルに伸ばして絡みつけ、引っ張る。

 私の元まで地面を滑ってきたゴンドルの顔面を、思いっきり蹴り飛ばした。


 目の前で主人が嬲られたというのに、皆は少しも動かない。


「クソッ、何をしている無能共! 早く私を助けろ!」


 ゴンドルが苛ついたように、唾を飛ばしながら叫んだ。



『…………』


 でも、誰も動こうとはしなかった。

 ゴンドルは顔を青白くさせ、それでもなお、彼らに命令する。



「早くしろ! それでもお前らは暗殺者なのか!」


 奴の口から飛び出した無理難題に私は耐え切れず、笑う。


「暗殺者と最強、意味を間違えてない?」


「うるさい! お前は黙っていろ!」


 ツッコミを入れたら、怒鳴られてしまった。

 絶望的な状況に焦って、憤怒に染まっている表情。とてもそそられる。


「さっさとしろ、無能共がっ! 貴様らの家族がどうなってもいいのか!?」


「……ふっ、ふふっ、あはははっ!」


 今度こそ私は我慢できなくなり、腹を抱えて大笑いしてしまった。


「なんだ、何がおかしい!」


「あははっ、はぁ…………いやぁおかしいに決まってるじゃん。家族を人質に、ああ、そうだ。お前は自分が追い詰められると、そうやって家族を引き合いに出していた」


 当然、私達はそれを断ることはできない。そうしてしまえば、自分もろとも家族を殺されてしまうから。絶対に逃げられない脅し文句、それを何回も聞いてきた。


「もう従う理由が無いのに、なんともまぁ残酷なことだよ」


「貴様、何を言って……いや、貴様、どこまで知って、止めろ! それ以上は──」


 ゴンドルはすぐに勘付いた。そして、私を黙らせようと身体を動かす。

 奴の体は拘束してあるので、少しは動くことができても、触れることはできない。


「別荘、大量の罠、屋敷の最奥にある、ただのテーブル」


「ノア・レイリア! 貴様、どこまで知ってい──ガフッ!?」


 ゴンドルの反応は、とても分かり易かった。最初の『別荘』で顔が引き攣り、次の『罠』で血の気が引き、最後の言葉で耐え切れなくなったのか、喚き始めた。ただただ煩いので、顎を蹴り上げることで強制的に黙らせる。


「ゴンドル、お前の質問に答えてあげよう」


「が、あぐっ……」


 ゴンドルの前髪を掴み、乱暴に持ち上げる。

 そして、歪んだ笑顔を奴に見せた。


「──全部だよ。お前がやってきたこと、全部。調べてきた」


「ハッタリだ。でたらめを言うな!」


「くふっ、でたらめ、ねぇ……じゃあそれが本当だってことを、見せてあげるよ」


 ゴンドルの別荘から持ち出した物を、『収納魔法』から慎重に取り出す。

 並べられたのは、九つの首だった。


『──っ!』


 シャドウの皆から、息を飲む音が聞こえた。

 アメリアとバッカスは直接その場を見ていたとしても、やはり辛い気持ちは抑えられない。


 ……いや、二回目だからこそ、辛い。


 ガッシュさんはすでにその可能性を予想していたらしく、表情は変わらない。ベルは元々表情が豊かな方ではないので、同じく表情は変わっていなかった。


 ──でも、二人の作った握り拳が、キツく固められたのを私は見逃さなかった。



「こちら、順番にガッシュさんのお母さん、アメリアの弟さん、バッカスの妹さん、ベルのご両親。別荘の奥に、魔法で腐らないように加工して保管されていた」


「なぜ貴様がそれを! あそこは無数に罠を仕掛け、誰も入れないように──ッ!」


 ゴンドルは急に口を噤んだ。

 皆からは発せられる殺気を、今更感じ取ったのだ。


「ち、違う! 私はしっかりとお前らの家族を牢屋に捕えて……!」


「あそこに牢屋なんてなかった。あったのは複数の拷問器具と、血塗れのテーブルだ」


「嘘を言うな! お前が屋敷に侵入して、こいつらの家族を殺したのだろう! お前ら騙されるな。やったのはこいつで、私は、」


「──黙れよ」


 聞くに耐えない言い訳の数々に、私は『斬糸』を鞭のようにしならせ、ゴンドルの口元を軽く斬り裂いた。痛み悶え、暴れるゴンドル。


 ……でも、糸に縛られているせいでほとんど動けていなかった。


「お、おまひぇら、はやく、こいつを!」


 シャドウ達は動かない。

 ただゴンドルをジッと見ている。


「なぜ、なぜめいれいを聞かない! さっさところすんだ!」


「やだよ。今の俺に、お前の命令を聞く意味がない」


「──なっ!?」


 ゴンドルが絶句している。

 奴の最後の最大戦力が命令を聞かなくなったのだから、そうなるのも当然だった。



「くくっ……! そろそろネタバラシをしてあげよう」


 バッ! と手を広げると、シャドウ達は一瞬で移動し、私の後ろを陣取った。

 あり得ない事態に、ゴンドルは目を丸くさせる。


「実はね、すでに皆には全部知らせていたんだ。お前がやってきた全ての悪事を、皆に教えていた。これが、誰もお前の命令に従わなくなった理由だ」


 皆には辛い思いをさせた。

 すでに家族は殺されているというのに、ゴンドルのために働かせてしまった。


 ──でも、ようやくだ。


 ようやく皆を、唯一の仲間を、苦しみから救い出せる。



「ふ、あはっ、アッハハハハハハハッッ!」


 ちゃんと特等席で見ててね。

 あなた達が殺したくて仕方がない男が、この手で絶望して死んでいく姿を。


「ねぇゴンドルぅ? やっとだよ。やぁっと、お前に復讐できるよ」


 これ以上、嬉しいことはない。

 これ以上、楽しいと思ったことはない。



「──誓いを果たそう」


 さぁさぁ、観客の皆さん、御手を拝借。

 楽しい楽しい、復讐劇の始まりだ。


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