35. 少女は雑魚を片付ける


 瞬時に『リミットブレイク』を発動して、白いオーラをナイフに纏わせる。


 そのまま飛来する魔法を切り刻み、規模の大きい爆発がゴンドルの私室を襲う。


 奴は事前に魔法で防御膜を展開していて、爆発による被害は皆無だった。

 対して私は、爆発の衝撃を利用して真上に跳び、天駆でゴンドル達の後ろ……奴がいつも座っている高級感のある椅子に、どっかりと腰を降ろした。



 同時に『リミットブレイク』を解除する。

 これは神経の消耗が激しいので、無駄使いする訳にはいかない。


 奴らは扉を注視していて、誰も私が移動していることに気づいていない。



 ──その間に、戦況を素早く把握していく。



 敵はゴンドルと彼の部下達。魔法使いが四人、護衛が二人。計、七人だ。


 魔法使いはその身なりからして、宮廷魔法士だ。

 たかが伯爵ごときに、国は宮廷魔法士を四人も貸し与えない。


 ここの王は、シャドウの存在を知っている。前に、ゴンドルに関係のない任務を何回か命令されたことがある。それは王からの指令だったんだ。


 ということは、この国自体が私の敵だということになる。

 まぁ、最初から知っていたけれど。


 …………にしても、宮廷魔法士を四人出してきたのは、ゴンドルが死んでシャドウが機能しなくなることを、国王も相当危惧していると考えられる。


 おそらくシャドウは国の暗殺組織としても利用されていた。それが無くなるということは、他の国に対抗する手段が減るということ。兵力を出すのも当然だ。


 宮廷魔法士は国を代表する魔法使いだ。国内ではエリートとして扱われている。

 でも、ワイトキングには到底及ばない。彼は一瞬で大地を抉る槍を作り出した。


 なのに、宮廷魔法士達が不意打ちで放ってきた魔法は、どれも私に致命傷を与えるものではなかった。もしかしたら、様子見としてわざと弱い魔法を放ったと考えられる。だから、殺す最後の時まで、気を抜かないように心がけよう。



 ……ここで椅子に座っている時点で、気を抜いているのは変わりない。


 そう思うかもしれないけど、ゴンドルを怒らせるには必要なことなんだ。


 奴を怒らせなければ、私の復讐は意味をなさない。

 その顔が絶望と諦めに変わった時こそが、一番美味しくなるのだから。


「やったか!?」


 ゴンドルがお決まりのようなことを言った。

 誰もその言葉に反応しない。ただジッと煙が晴れるのを待っている。


 ようやくそれが晴れる。当然、そこに私は居ない。


「──なっ!? どこに行った!」


 馬鹿はキョロキョロと部屋中を見回し、私と目があって静止する。


「やっと気づいた? 思考だけじゃなく、動きまで遅いんだね。うんうん、そのどっぷりと太った体にはお似合いだよ」


「き、さま……ノア・レイリア……! 貴様が、私を……」


「せいかーい。私がお前を殺しに来た張本人。久しぶりだね?」


「き、きさまぁあああ!」


 ゴンドルは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「そこは私の席だ! 私以外に座るのは許さん!」


 いや、怒るとこそこかよ。


「ハッ! お前に許されようとは思わないよ。それに──許さないのはこっちの台詞だ」


 この場にいる全員に向けて、刃物のような鋭い殺気を突きつける。

 ゴンドルは恐れて護衛の後ろに隠れる。護衛の一人はゴンドルを庇うように剣と盾を構え、もう片方は私を注視して、視界から外さない。


 魔法使いは殺気を当てられて体を震わせたけど、すぐに立て直して詠唱に入る。



「──ダメだなぁ」


 ナイフを投げる。魔法使いの一人の首に刺さり、喉から激しく血飛沫を上げながら、倒れ、苦しみ、藻掻いて──死んだ。


「戦いでは魔法使いを守らなきゃ。これは基本だよ?」


 二本目を、別の魔法使いに投げる。

 私の忠告を聞いた護衛は、迫るナイフを剣で叩き落とした。


「ああ、やられたな。これで私の武器はなくなっちゃった」


「──ッ、早く詠唱を!」


 その言葉に希望を見出した護衛が叫び、防御膜の詠唱に移っていた魔法使いは、それを中断して最大火力をぶつけようと新たな詠唱を開始する。




 ──全くもって隙だらけだ。




「人の、しかも敵の言葉を鵜呑みにしちゃダメだよ」


 ナイフがひとりでに動いて私の手元に舞い戻り、掴んですぐに投げる

 事前に透明な糸を取っ手部分に巻き付け、それを引っ張って戻したのだ。


「ぎゃああぁああっ!」


 心臓に深々と刺さり、二人目の魔法使いは、やはり激痛に悶えて死んだ。


「はい、二人目ー。次行っちゃうよー」


「させるか!」


 護衛が前に出て、私に肉迫する。さすがは伯爵家に仕えているだけあって、動きは速い。

 けれど、それは普通の兵士と比べた場合の話で、私には歩いているのかと思ってしまうほど遅く見えた。


 ──そろそろ面倒だから殺そう。


 そう思った時、護衛が私目掛けて剣を振り下ろした。

 すぐさま椅子を蹴って上に回避。剣は勢いを止めずに、椅子を叩き斬った。


「おい、お前! 私の椅子を壊したな!?」


 ゴンドルがそれに文句を言い始めた。

 そんなことを気にしている場合じゃないのに、なんともお気楽な奴だ。


 少し、護衛に同情する。けれど殺す。

 後ろに回り込み、心臓を刺した。


「ごふっ……も、申し訳ありませ、ゴン、ル、さま……」


 護衛は血を吐き、呆気なくその命を散らす。


「チッ……」


 殺したのはいいけど、奴の鎧は先程のゴードンの物と比べて、少し上質な鎧だったようだ。力技で貫いたため、自慢のナイフが欠けてしまった。


 二本目のナイフを手元に戻し、太股から三本目を抜く。


「燃えろ──フレイムランス!」


 と、その時、魔法使いの詠唱が完了した。

 凄まじい熱量を帯びた槍が、一直線に私の心臓目掛けて射出される。


 これをナイフで受けると、火傷は避けられない。こういう時のための魔法剣だ。

 フレイムランスを横にステップして回避。同時に叩き斬る。


 驚愕に目を見開く魔法使いに、胸元の魔法銃を抜いて発泡。


「ガァアアアッ!?」


 それは真っ直ぐに頭に吸い込まれ、パァンっと弾けた。


 残りは魔法使いと護衛の片方、そしてゴンドルの計三人。


 最後の魔法使いは、すでに詠唱に入っている。

 護衛はゴンドルを守るために動けない。


「なら……魔法使いから」


 一足で距離を詰め、ナイフで下から上に切り上げたけれど、ギリギリのところで避けられる。速さを活かして更に距離を詰め、次は心臓に最速の突きを放つ。


 ガンッ、と鉄にぶつかったような感触。

 魔法使いはいつの間にか、心臓に防御膜を張っていた。


 ニヤリと魔法使いは笑う。

 しかし、そいつはすぐに、その表情を驚愕に変えた。


「防いだと思った? あまり、手数の多さを舐めてもらったら困るよ」


 もし大剣を使っていたなら、一度弾かれるとそれはとても大きな隙になる。


 けれど、残念ながら私は短剣使いだ。

 一度弾かれた程度では、全く動じない。


 心臓を守るために防御膜の範囲を狭めているなら、逆に言えば他の防御面を疎かにしているということ。


「残念でしたっ!」


 ニ刀のナイフで四肢を切り刻む。


「くそっ……」


 血を流しながらも、魔法士は私から距離を取ろうと後退する。

 それも部屋の中では限度があり、魔法士は背中から壁にぶつかった。


 私は奴の首元に魔法剣を突き立てて、壁に縫い付けた。


「これで残りは……」


「ウォオオオオ!」


 声がしたので振り向くと、残りの護衛はゴンドルを置いて、私の側まで来ていた。

 全身を捻った剣を横薙ぎに振られる。弾かれるのを予想しているのか、すぐに対応できるように全力ではなかった。


 良い判断だと思う。でも、弾くしか脳がないと思われているのは心外だった。

 奴の剣をナイフで受け止め、衝撃を別の方向に流す。


「なんっ──ガッ!」


 予想外の方向に力が逸れた護衛は、バランスを崩して前のめりに倒れる。


 起き上がろうとするも──遅い。

 頭に銃を突きつけ、発泡。奴の頭部は弾け飛び、血が降り注いだ。


「あはっ、これで邪魔者は居なくなった。ねぇゴンドルぅ…………ん?」


 さっきまで居た場所に、ゴンドルは居なかった。

 すぐさま気配察知で反応を探す。


 …………居た。


 奴は私から離れるように屋敷内を動いていた。

 こういう時の行動は早い。


「ふふっ、鬼ごっこのつもり? いいよ、付き合ってあげる。精々最期まで楽しませてよ! ねぇ、ゴンドルッ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る