34. 少女は前菜を楽しむ
豪華な置物や、ゴンドルの肖像画が飾られている、無駄に広く、目がチカチカしてしまうほどの赤い絨毯が敷かれた廊下。そこには屋敷内を警戒している兵士達が、何箇所にも存在していた。
一つのグループで四、五人くらいだ。
どうやらその中には、プリシラの行動は単なる陽動だと感づいている奴もいるみたいだ。
ちゃんと考えて行動できる奴が居たことに、私は警備兵の評価を少しだけ上げる。
「……だからって、殺すのに変わりはないけど、ね」
奴らは、陽動は見抜けても、私の気配隠蔽と、指輪の不可視化は見抜けない。
それを利用して一方的に殺しまわっている時、四人組の警備兵と遭遇した。
姿を隠していても声は聞こえてしまう。
息を潜めて、奴らに近づく。
「──がっ!?」
警戒をしたまま廊下を歩く警備兵の首を、後ろから切り落とした。
「気をつけろ! 侵入者は姿をか、ぐあぁ!」
指令を出している男の心臓をナイフで貫き、横薙ぎに裂く。
返り血を盛大に浴びる。生暖かい感触が、非常に心地いい。
「ひ、ひぃいいい!」
「たすけ、助けてくれぇええええっ!」
多分、指令を出していた男がリーダーだったのかな。
そいつが何もできないまま、糸が切れたように崩れ落ちたのを見て、残りの兵士二人が叫びながら廊下を走って行く。
「逃がす訳ないでしょ……」
ただの一般兵士と、私の脚力とは何倍もの差がある。
たった一蹴りで兵士との距離を詰め、無防備な首を掻っ切った。
「う、うわぁああぁあああ!」
真横で仲間が死に、たった一人残された男は、狂乱状態になって他の兵士が待機している場所へと、助けを求めて必死に走る。その後ろを私が付けているとも知らずに。
そして、廊下の曲がり角に、男と同じ鎧を纏った集団が現れる。
戦闘音……というよりも断末魔の叫びを聞いて、急いで駆けつけてきたっぽい。
男は先頭を走っていたリーダー格の男に飛びついた。
「ゴードンさん! たすっ、たすけて! 助けてくれ!」
「おいどうした! 落ち着け、何があった!?」
「ば、化け物だ。化け物が俺達の部隊を……真横で仲間が殺られたんだ!」
人を化け物呼ばわり?
これでも一応、乙女なんだけどなぁ。
……傷ついちゃうよ、まったく。
「その化け物の姿は? どんな奴だった?」
「しらないぃいいい! 何も見えなかったんだ! 何もわからない!」
男は情けなく泣き喚き、狂乱する。男を知っているリーダー格の兵士、ゴードンは、彼のあまりの変わりように動揺を隠せていない様子だ。
「落ち着け、姿を隠していても、固まって周囲に気を配れば対処は可能だ。……話は聞いたな。全員、構え、ろ……」
ゴードンは振り向き、言葉を失った。
なぜなら、そこには彼の部下が首を失った状態で宙に浮いていたからだ。
「──っ!」
そして、その中心に佇む少女、私の姿を見て息を詰まらせる。
「あ、終わった? 話が長いから、全員殺しちゃったよ」
あえて、無邪気に笑う。
不可視化は、すでに解除してある。
その代わり今の私は、プリシラにあげたのと同じ素材の仮面を被っていた。
ただ一つだけ違うのは、仮面の表情だ。
プリシラの仮面は無表情で不気味なお面。それに対して私の仮面は、口元を大きく歪ませた、狂気に笑うピエロの様なお面だった。
死に損ないの男とゴードン。残された二人は、恐怖に顔を歪ませる。
その瞳に、絶望と怒りを交えながら…………
「あはっ♪ その顔、その目──大好物だよ」
「この、化け物がァアアア!」
ゴードンが激昂した。
剣を中段に構え、無謀にも見える突進を繰り出す。
普通に戦っていたなら、その突進はどうとでも対処はできた。
でも、ここが廊下なのだと考えると、その攻撃は最適解だった。
横には避けられない。後ろに跳んでも、すぐに距離を詰められる。上に跳んだとしても、無防備なところを追撃されて終わりだ。
「なっ──!」
私はあえて、前に出た。
ゴードンは一瞬、驚きの声を上げる。
それでも、もう攻撃手段を切り替えられないと判断したのか、更に加速した。
「あはっ♪」
交差する間に彼の剣を上空に弾き、無防備になった腹をナイフで切り刻む。
「ぐ、うぅ……」
ゴードンは苦悶の表情で耐える。無駄に硬い鎧と筋肉のせいで、致命傷には至らなかったらしい。でも、一瞬だけでも動きを封じることができた。
暗殺者との戦闘で一瞬の隙を見せるのは、命取りなことだと教えてあげるよ。
身を捻り、彼の背中にナイフを突き立てる。全身のバネを利用して放たれた刺突は、いとも容易く分厚い鎧を砕き、精確に心臓を貫いた。
「カハッ、ァ…………」
ゴードンは力無く倒れ込み、ずっしりとした体重でもたれ掛かってくる。無駄に重い体に、『リミットブレイク』を一瞬だけ発動して、蹴り飛ばした。
彼は抵抗なく地面に倒れ伏し、ピクピクと何度か痙攣して、ようやく動かなくなる。
私はゴードンに興味を失い、もう一人の死にぞこないに視線を移した。
「また、貴方だけが残ったね」
「あ、うぁ……」
男は恐怖のあまり、話すこともままならなくなっていた。
「生きている。それは幸運なのか、それとも不運なのか」
彼の反応を見ていればわかる。
これは不運なのだと。
殺すなら、さっさと殺してくれ。
これ以上、地獄を見せないでくれ。
彼の絶望しきった瞳が、そう語っていた。
「ああ、そうだね。もう貴方には飽きたから、殺してあげるよ」
ナイフを投擲する。
それは一直線に頭に刺さり、男は後ろに倒れる。
その時に見えた顔。そこには安らぎがあったような気がした。
「死んで安心するなんて、贅沢だね。私は、死んでも死にきれないよ」
独り言を呟く。
「──さて、警備兵はこれで全部かな?」
これで気配察知に引っかかる警備兵の反応は、何一つ感じられない。
これでようやくゴンドルを殺しに行ける。
「〜〜〜〜♪」
鼻歌交じりに、奴の私室に向かう。
警備兵は全て殺した。誰にも邪魔されずに、扉の前まで来ることができた。
仮面を外し、扉に手をかける。
「お邪魔しま──」
軽快に扉を開けた時、無数の魔法が飛来した。
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