33. 少女は仕掛ける
運命の日。
私は不可視になる指輪を装備して、アーガレス王国の真上を走っていた。
昨日の夜、ゴンドル宛に私の名で手紙を出した。
書いてある内容はこうだ。
『拝啓、肥え太ったゴンドル様。
突然の連絡で申し訳ありませんが、明日の朝、あなたの首を貰いに参上します。
情けなくブルブルと震える姿を、どうか楽しませてください。そして出来る限りの抵抗を見せてください。私はお前達を正面から叩き潰してやります。
──これは戦争です。
お前の四肢を切り刻むその時を、とても楽しみにしています』
とまぁ、よくある挑発文だ。
今は、奴がどのように動いているかの偵察に来ていた。
結果は予想通り、奴が持つ全兵士を屋敷の警備に回していた。
時々、甲冑を着ていない奴らが居るけど、あいつは冒険者も雇っていたらしい。
どうせ大金を積んで募集したのだろう。
見た感じ歴戦の冒険者は参加していないらしく、誰もが腑抜けて談笑していた。依頼中に気を抜いていては、どう足掻いても一流冒険者にはなれない。
私の計画において、その程度の奴らがいくら増えようと支障はない。
「ああ、楽しみだな」
思わず、口元がニヤけてしまう。
「おっと、結果はまだわからないからね。気を抜いて失敗したら、それこそ三流だ」
とりあえず、様子見という目的は終わった。
空中で引き返して、私達の拠点に戻る。
拠点が見えてきた時、その中からプリシラが出て私を出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
メイドか、と言いたくなるほど、その姿は凛としていた。
というか、指輪の不可視状態は解除していないのに、なんで私が帰ってきたのがわかったのだろう?
「ただいま、プリシラ。私がいない間、変わりなかった?」
「ええ、特には。……ご主人様の方はどうでしたか?」
「見事に挑発に乗ってくれたよ。屋敷の周りには警備兵が五十人。総力戦って感じ」
「なるほど……ふふっ、腕が鳴りますね」
プリシラは不敵に笑った。
今回、彼女には一番大変な仕事をしてもらう。
それは──陽動だ。
なるべく目立つように暴れることで兵士を引きつけてもらい、その隙に私が屋敷に侵入する。プリシラの実力を認めているからこその、重要な役割だ。
「期待しているよ、プリシラ」
「ええ、お任せ下さい。ご主人様からはプレゼントまで頂いたのです。陽動程度で失敗する気がしません」
プリシラはそう言って、その場でくるりと回転した。
その動きに合わせて、彼女が着ている漆黒のドレスがひらひらと揺れ動いた。
今の姿を表すなら、漆黒の姫君だ。
動きやすさを重視した黒を基調にしたドレス。オペラグローブと呼ばれる、肘上まであるグローブに、黒革製のブーツ。それらが元々彼女にあった高貴さを引き立てている。
防御面も考えてあって、胸や腰、腕、足には、迷宮で貰った装備を付けている。身体能力強化はもちろん、物理と魔法の攻撃を激減する効果がある。
私もプリシラと同じように、いつもの服装ではなかった。
膝下まである防刃耐性の高いコートに、伸縮性に優れているノースリーブ。動きやすさを重視したミニスカート。肌を無駄に晒さないよう、その下にタイツを履いている。
手にはグリップ力を向上させた、指先が空いているグローブを装着。最後に頑丈で履きなれたロングブーツ。全て、黒を主体にしている。
太股には二振りのナイフを差し、コートの裏には魔法銃を二丁。腰には魔法剣を下げていた。
これが私の完全装備だ。武器は収納魔法から取り出すのもいいけれど、やっぱり身近にあった方が、すぐに対処しやすい。……と言っても、魔法剣はほとんど使う機会がない。何かあった時のための予備として、持ち歩くことにしている。
「油断は禁物だよ。巧妙に実力を隠している奴が混ざっている可能性も、考えられなくはない。そういう奴ほど、相手するのは面倒だ」
本当に強い奴だと、そんな芸当も可能になる。
私がそれを警戒しているのは、実際にそういう奴を見たことがあるからだ。
ただの村人っぽい人だと思ったら、本当はその国の英雄だったとか。それを見極められないのは、暗殺者として半人前とか言われそうだけど……だって仕方ないじゃん。
酒場でボロクソに酔って、店主に外にぶん投げられた人のことを、誰が英雄だと思うだろうか。正体を知って本当に驚いた時のことは、今でも鮮明に覚えている。
……っと、話が逸れてしまった。
「とにかく、雑魚だろうと容赦はしないこと。歯向かう者は全員殺して」
プリシラは人間を毛嫌いしている。それは奴隷時代に受けた仕打ちが原因だ。元々魔族と人間の間には大きな溝があるけれど、プリシラはそれを遥かに上回っている。
だから、今回は我慢しないでいいと伝えてあった。好きに殺せるとわかった時のプリシラは、クールを装っていても上機嫌なのが丸わかりだった。彼女に獣人のような尻尾が付いていたなら、ぶんぶんとそれを振っていたことだろう。
「…………さて、行こうか」
外に出る。
プリシラも後に続いて出てきた。
「プリシラ、おいで」
「……? はい、なんでしょ──キャッ、ご、ご主人様!?」
手招きして呼び寄せ、その体をお姫様抱っこした。
プリシラは驚きながらも、しっかりと私の首に腕を回している。
普通は体格的に逆なんだろうけど、何故かプリシラの姿は様になっている。服装はもちろんのこと、恥じらって頬を紅潮させているのも、お姫様っぽい。
「こっちの方が早いからね。口を閉じてないと、噛むよ?」
「何を、ッ!」
プリシラを抱えたまま、私は空を蹴った。
同時に不可視の状態にして、アーガレス王国、その北側にあるゴンドルの屋敷に向かう。
「今からもう一度、作戦を復習するね」
「は、はいぃ……」
「まずはプリシラが派手に暴れて、兵士を引きつける。屋敷が空いた隙に、私が潜入。プリシラはあらかた片付いたら、邪魔者が入らないように警戒を続けて」
「わかり、ました……!」
「……大丈夫?」
「少し……速度を、落としてください……!」
「あ、ごめん」
私の全速力は、プリシラを凌駕する。
それに加え、初めて空を飛んだことで少し怖がらせてしまったらしい。
悲願を前に急ぎすぎたと反省しながら、速度を下げる。
「ふぅ……これくらいなら大丈夫です」
途中からはプリシラも、空の旅を楽しんでいた。
そして、ようやくゴンドルの屋敷、その真上に到着する。
今は不可視化を発動しているので、下で警備している奴らには気付かれていない。
奴らは、まだ談笑に興じていた。
「これ、あげる」
そう言って渡したのは、一つのお面だ。
着飾る物ではなく、ただ無を感じる柄のお面。
ゴンドルの領地とはいえここは国の中だ。身バレすると少し面倒なことになりそうだから、夜な夜な作業して作っておいた。
プリシラはそれを受け取り、恐る恐る装着する。
「ピッタリです」
「魔法で勝手にサイズを微調整するようにしてあるからね」
「ありがとうございます。助かりました。では──行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
プリシラの体を手放す。
彼女は空中で身を捻り、華麗に地面に着地した。
降り立った場所は、屋敷の門前。
見事に全員の視線がプリシラに向けられ、彼女は早速一人、近くに立っていた男の頭を握り潰した。
続けざまに、回転蹴り。三人が壁に激突して盛大な血飛沫をあげる。
一瞬のうちに四人殺されたところで、ようやく全員が戦闘態勢に入る。
それを確認したプリシラは、身を翻して逃走。行く先で立ちはだかった兵士を殺しながら、遠くへと離れていった。
兵士達は上手くプリシラを追いかけて行ってしまった。
これで、潜入が容易くなった。
今頃、奴はどんな顔をしているのだろう。
恐怖に怯えているか。侮辱されたことに怒りを覚えているか。それとも、護衛が居るからと油断しているのか……。
「さぁ、答え合わせに行こう」
私は、誰も居なくなった広場に降り立ち、悠々と屋敷の扉を開いた。
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