32. 少女は〇〇に殺されかける


 私は何かに包まれるような、不思議な感覚を覚えていた。


 でも、なぜだろう。とても安心する。ずっとこのままでいたい。

 そんな気持ちになってしまう。


 ……いや、ダメだ。


 私は奴を、ゴンドル・バグを殺すんだ。

 それまで止まってはいけない。


 私自身が、止まることを許さない。

 そのために私は…………私は何をしていたんだっけ?


 思考が上手く纏まらない。えぇと、私は迷宮に潜って、迷宮主に挑んで勝って、私も限界を迎えたんだ。それでプリシラに…………そうだ、プリシラは?


 私と同じく、プリシラは魔力を使い果たしたはず。

 それに、まだ魔法縛りで魔物と相手するのに、彼女の実力は不十分だ。


 私がいなければ、プリシラが危ない。




 ──起きろ。

 ──さっさと起きろ、私の体。




 目を開けると、二つの丘が見えた。


 その間から銀髪の美女、プリシラの顔がひょっこり現れた。

 状況を見るに、どうやら私は膝枕されていたらしい。


「ご主人様っ!」


「もガッ……」


 勢いよく抱きつかれて、顔が二つの丘に埋められた。

 苦しい、息ができない。駄肉が私を殺しに来やがる。


「もごッ……ぐっ、もががっ!」


 そうはさせないと、私はプリシラの抱擁の中で暴れる。


「あ……ご、ごめんなさい!」


 パッと体を離されて、ようやく息苦しさから解放される。

 まさか他人のおっぱいに殺されかけるとは予想してなかった。


 あれは一種の凶器だ。

 私の中で、巨乳はそのような認識に変わった。


 文句の一つでも言ってやろう。

 そう思ってプリシラを見た瞬間、そんな気はどこかに消え去った。


「よかった……生きてて、本当に、よかった……」


 プリシラは泣いていた。

 大粒の涙ではなく、静かに、本当に心の底から安心したように。


 周りを見る。ここはまだ迷宮主と死闘を繰り広げた、玉座の間だった。


「奴は……?」


「ぐすっ……それが、迷宮主は……」


 何か言いづらそうだった。

 そして、その表情はあまり嬉しそうではない。


「まさか……」


『随分と寝ていたな。人の子よ』


「──あん?」


 知らん奴の……いや、これはワイトキングの声だ。

 どこ? というかまだ生きていたの? アンデッド系なだけあって生命力凄い…………って、そもそも生きていなかったな。面倒くさい奴だ。


 キョロキョロとワイトキングを探す。


『ここだ、ここ。下だ』


「下……?」


 言われた通り下を見る。

 プリシラの足元、そこに一つの紅い玉が転がっていた。


 ……まさか、これ?

 プリシラを見る。同意した感じで頷かれた。マジか、これなのか。


「随分と、ちっちゃくなったね」


 そうやって茶化すのが限界だった。


『カカッ、誰のせいでこうなったと思っている』


 言葉に似合わず、その声は笑っていた。

 球体から声が出る。うん、中々にシュールだ。


『これは我の核。人間で言う心臓だよ。消滅する前にお主に礼を言いたくてな。意識だけを保っている』


「お礼? なんかしたっけ?」


 むしろ殺したんだから、恨まれるのでは?


『我は長年、強者に飢えていた。そのため、魔王の配下になろうという野望を抱くようになった。そして、迷宮を創ったのだ』


 ──魔王。

 その単語を聞いて、プリシラの体が微かに揺れた。


『改めて、人の子よ、お主に感謝を』


「その人の子っての止めて。私はノア・レイリアっていう名前があるの」


『そうか、失敬。では、ノア・レイリアよ。感謝する。消え行く我からの礼の品として、この核をお主の好きなように使ってくれ』


「いや、喋る玉とかいらないし」


『カカッ! 安心しろ。我はもうすぐ消える。すでに意識を保つのも限界なのだ』


「そう……じゃあ、ありがたく貰うよ」


 迷宮主ほどの核となれば、それを使って強力な装備を作れる。

 今後、それは大きな助けになる。


『ああ、そうしてくれ。それと、この王座の間の奥には隠し部屋がある。宝が豊富にあるので、使うなり、売り払うなり好きにしてくれ』


「わかった。遠慮なく全部貰う」


『……少しは遠慮したらどうだ? まぁよい……それでは二人の勇者よ、とても充実した楽しい時間だった。改めて礼を言う。では、さらばだ』


 紅い玉は何も言わなくなった。

 それを拾って『収納魔法』に入れる。


「それじゃあ行こう……っとと」


 立ち上がろうとしたところを、凄まじい腕力で引き戻された。

 もう一度、膝枕の状態になる。


「プリシラさん? 放してくれないかな?」


「嫌です。ご主人様はもうすこし休ませます。命令されても、休ませますから」


「……困ったな。それじゃあ、プリシラの気が済むまで、ゆっくりさせてもらおうかな」


「はいっ!」


 正直なところ、まだ『リミットブレイク』の副作用で、体の至るところが軋む。


 ここまで急いでやってきたんだ。

 少しぐらいの休憩なら、問題はないよね。


 それに、もう少しこの感触を味わっていたい。


 そう思ってしまったから。




          ◆◇◆




 ワイトキングの言っていた隠し部屋は、『宝物庫』と呼ぶに相応しいものだった。

 数々の宝石に、冒険者の遺品。それらが足の踏み場がないほど、敷き詰められていた。


 ──もちろん、全部貰う。宝石は金になる。


 遺品の中には、性能がいい装備品もあったので、折角だから使わせてもらう……と言っても、性能よりファッションの方が大切なので、使うとしても腕と足の部分のみだ。


 それと、透明化が付与されている指輪もあった。これはどこかに潜入する際、とても重宝する。折角なので貰う。


 武器は剣と魔法銃を頂戴する。どれも性能が良い物だ。


 剣は、魔力を流せば切れ味と強度が増す『魔法剣』と言われる物で、店で買うと簡単に手を付けられない値段となる。相場は安くても五十万リフだったかな?


 魔法銃は貫通性能に長けていて、非力な私でも簡単に凄まじい火力を出せる。これがあるとないとでは、対人戦の効率が違う。ここで遠距離用の武器を得られたのは大きい。



 それ以外は金にしよう。生きていくうえで、金は必要不可欠な物だ。いくらあっても足りないので、貰えるところで貰っておく。


 全てを収納魔法に詰め終わった私達は、迷宮から脱出することにした。


 迷宮主を倒すと、転移用の魔法陣が出現する。

 それに乗れば無事に外に出ることができる仕組みだ。






 そんな訳で──






「やっっっと、外だー!」


 久しぶりに日光を浴びた私は、両腕を上げて叫んだ。


 ああ、新鮮な空気って……なんて素敵なのだろう。

 ワイトキングは迷宮主の中で比較的良い奴の部類に入るけれど、奴の迷宮はジメジメしすぎていて、正直好きではなかった。


 湿気は凄いし、全体的に暗いので気が滅入る。迷宮にお風呂が設置されている訳がなく、この一週間は簡単な水浴びだけで、お湯にゆっくりと浸かることはできなかった。


「ふぅ……ようやく出られました。色々あって大変でしたが、得るものは大きかったですね、ご主人様」


 プリシラも私ほどではないけど、迷宮の外に出られたことを嬉しく思っているみたいだ。軽く伸びをして、気持ちよさそうに声を上げている。


 そして、彼女の言う通り、得るものは大きかった。ワイトキングの心臓、金になる宝の数々、性能の高い武器や装備。


「──そういえばご主人様」


「ん、どうしたの?」


「迷宮主、ワイトキングの心臓はどうするのですか? やはり、傀儡に?」


「……いや、傀儡にはしないよ」


 プリシラの問いを、首を振ることで否定した。


「今回の戦いは強い傀儡を大量に投下して、総力戦にしたら楽に終わったかもしれない。……最初は核を傀儡に組み込もうと思っていたけれど、今回のことで自分自身も強くならなきゃいけないって実感した。だから私の防具を作る素材にする」


 ワイトキングの核の使い道は、それに決めた。


「私自身が強くなって、二度とプリシラを悲しませない」


 もうあんな顔は見たくない。

 もうあんな顔をさせたくない。


「ご主人様……」


「──コホンッ! じゃあ帰ろうか。今日はゆっくり休んで、明日からいっぱい働いて貰うからね。私達の目的は迷宮攻略じゃないんだから」


「……ようやく、始めるのですね」


 先程までの明るい雰囲気は、すでにここに存在しない。

 代わりにあるのは、どこまでも重く、冷え切った空気だった。


「ああ、始める。決行は明後日。明日で全ての準備を終わらせるよ」


 プリシラは私の前に立ち、深々と跪いた。


「ご主人様の復讐は、すでに私の復讐でもあります。それが叶うのであれば、この身、この命、何なりとお使いください」


 その姿は騎士のように凛々しく、悪魔のような邪悪さを纏っていた。


「うん、ありがとう。でもね、プリシラの言葉を使わせてもらうけど、お前の復讐も私の復讐だ。それが実る前に、死ぬことは決して許さないよ」


「──っ、はい。貴女様の御心のままに」


 さぁ、そうと決まれば、早く帰ろう。


 明日から忙しくなる。

 そして明後日になったら────


「ゴンドル……あの時の約束を果たしに行くよ」


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