31. 少女は決着をつける


「──行くよ」 


 初速から最高速度に到達し、肉迫する。

 反応しきれなかったワイトキングの右足を切り落とし、すれ違いざまに細切れにする。奴は支えがなくなったことでバランスを崩し、地面に倒れた。


「なにっ!?」


 ワイトキングが右足をやられたと理解したのは、私が元の位置に戻ったのと同時だった。


「……なるほど、なるほどなるほどっ! 面白い! ここまで圧倒的だとは。ここまで人は強くなるとは! カカッ、人の身を辞めてから数百年。まさかここで、人の可能性の高みを拝めるとはな!」


 奴は愉快に笑った。

 それは絶望から出た諦めではなく、心からそれを楽しんでいるみたいだった。


「ならば、我は最後まで足掻いてみせよう! それがお主への最大の敬意だ!」


 ワイトキングが杖を振るう。

 それだけで、死を体現した槍が無数に降り掛かる。


 さすがにこれを捌くのは、ナイフ一本だけでは厳しい。


 服の裏側に隠し持っていたナイフを、もう一本取り出す。

 敵を切り裂く用の大きなナイフとは違って、新たに取り出したのは一回り小さい物だった。その分小回りがきくので、このような物量戦には適している。


 それを左手に持ち、二つ構えで迎え撃つ。

 全ての槍が精確に、私だけを狙って正面から、横から、後ろから、全方位から飛来する。

 私がやることは簡単で、一番近い槍から対処するだけだ。


 馬鹿正直に一本一本やっていくのは、今の状態でも厳しい。ナイフで軌道を逸らし、槍同士を相撃ちさせる。一つでも加減を間違えたら、槍の衝撃で私が吹き飛ぶ。その隙を確実に突かれて終わりだ。


 だから、絶対に失敗はできない。

 相変わらず絶望的な戦況。それでも私は楽しくて、自然と口元が吊り上がる。


「この状況で笑うとは……恐れ入った!」


 ワイドキングが賞賛してくる。

 そんなのに反応している暇はない。


 ただナイフで弾く、弾く、弾く、弾く。


「チッ、ちょございな」


 このままずっと戦えるなら、この防戦一方の状態にも付き合っていた。

 でも残念ながら、私の残り時間は僅か三十秒程度。


 ──少し強引に突破させてもらう。


 両方のナイフに白いオーラを流す。

 そのオーラは絶大な衝撃波となって、空間を切り裂いた。


「──ぁああああっ!」


 それは斬撃の結界だった。

 周囲から一瞬だけ槍が遠のく。

 その一瞬の間に、左手のナイフを逆手に構える。身を引き、体のバネを利用して、コマのように回転しながら、槍の束縛から強引に抜け出す。


 そうなるのを予想していたのか、ワイトキングはほんの少しだけ動揺を見せたけれど、一直線に進む私に特大の火球を放った。



 ナイフで切ることは出来ても、凄まじい熱で全身火傷は必須。


 なら、避けるだけだ。


 回転中に壁に向かって糸を射出。強制的に体を引き寄せ、火球を無理矢理回避する。壁に着地すると同時に、そこを蹴った。


「ぬおっ!?」


 ただ突っ込んで行くのではなく、ワイトキングの体に糸を巻き付けながら動きを封じる。

 奴の魔法は強力なくせに出が速いから、厄介だ。


 まずは杖から無力化させてもらうと、杖を持っている右手に狙いを定める。


 でも、奴もそれ狙いなのはわかっていた。

 魔法防壁を右手に集中させ、私のナイフは弾かれた。


 即座に狙いを切り替え、二対のナイフで残りの左足を切り裂き、砕く。

 またもやバランスを崩したワイトキングだったけれど、浮遊して手の届かない空に逃走する。それをやすやすと見逃す私ではない。


 巻き付かせた糸を引っ張り、ワイトキングを力づくで引き寄せる。


「小癪な……!」


 突然、ワイトキングを中心に大規模な爆発が巻き起こった。

 空中で身を翻すことで、壁に激突するのを防ぐ。


「チッ」


 今ので奴を拘束している糸は全て、焼き切られてしまった。

 糸が火に弱いのは理解していたけれど、まさか爆発で対処されるとは……。


「──天駆」


 それは文字通り天を駆けるスキルだ。

 空中に魔力場を作ることで、翼を持たない者でも空中戦を可能とする。


「素晴らしい。人が空を飛ぶのか!」


 その言葉に私は答えない。


 もう時間がない。

 この一撃を決められなければ、私の負け。とてもシンプルだ。



 ワイトキングは最後の抵抗をする。

 多重結界、巻き起こる炎の嵐、行く手を阻む暴風。


 ──これを全て突破?


 いや、無理。絶対に無理。

 せめて後三十秒持ち堪えれば、何とか出来たかもしれない。


「惜しかった。人の身一つでよくぞここまで我を楽しませてくれた!」


 ワイトキングは勝ち誇り、全魔力を使って私の進行を妨害する。


「ねぇ、なんですでに勝ちを確信しているの?」


「フハハッ! お主はすでに満身創痍。その力を維持するのは、すでに限界なのだろう? 何、気負いすることはない。迷宮主である我をここまで圧倒したのは、お主で初めてだ。誇ってよい!」


 私は走る。


 今までとは比べ物にならない全力疾走だ。

 防御を捨て、攻撃だけを考えた命がけの突進。


「愚かな……最後の最後でトチ狂ったか」


「だから、なんで勝ちを確信しているのかな?」


 荒れ狂う暴風の中、ワイトキングの体に糸を巻きつける。


「あんたは一つ、忘れていることがある」


「……何だと?」


 そう、私は、『私達』は負けない。

 ワイトキングの魔法が歪み、盛大な音を立てて消え去る。


「──ご主人様!」


 プリシラはこのチャンスを淡々と狙っていた。

 だから私は信じて賭けた。




 この一瞬のために──全てを。




「…………見事」


 私とワイトキングが交差する。


 奴は変わらず空にいた。


 でも、その体は原型を保てなくなり、各部位が崩れ始めている。

 ワイトキングは潔く負けを認め、ただ崩壊の時を待っていた。


 かくいう私は、


「ははっ、もう、無理…………」


 指一本も動かせずに、力なく落下する。

 地面に衝突する直前、ふわりと体が受け止められる。プリシラだ。


「ご主人様……」


「あ、ははっ……ナイスキャッチ」


「ナイスキャッチじゃありません!」


 怒鳴られた。


「なんでご主人様は無茶をするのですか! 最後だって、私が何もできなかったら……死んでいたのですよ!?」


「プリシラが絶対に助けてくれる。そう信じていた。だから私は、全力を出せた」


「もう、心配したのですよ。本当に、死んじゃうかと……」


 心配と怒りと安心が混ざって、おかしな顔だ。

 プリシラの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れて私の顔を濡らす。


 正直、プリシラには悪いことをしたと思っている。


 作戦も何も伝えない、完全なアドリブ。

 それでも私は──いや、ここは素直に謝ろう。


「ごめん。考えが至らなかったよ。……私は、主人失格かな?」


「そんなことありません!」


 力強く否定されてしまった。

 まだプリシラは、私を主人と認めてくれている。それがとても嬉しかった。


「ありがとう……」


 そろそろ、意識を保つのも限界だ。


「……ごめん。後は任せたよ」


「ご主人様……? ご主人様! ご主人さ──」


 私を呼ぶ声を最後に、意識は闇へと落ちていった。


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