30. 少女は限界を超える


「──ゆくぞ」


 瞬間、音速を超えた嵐の槍が、私達の頭上に降り注いだ。

 それらには凄まじい魔力が込められていた。一本でも当たれば、間違いなく致命傷だ。



「プリシラ」


「はい」


 こういう時こそ冷静に対処しなければならない。


「──湾曲」


 無数に降り注ぐ必殺の槍が、私達を避けるかのように湾曲した。

 それが降り止んだ時、先程までの玉座の間は、一瞬にして更地になっていた。


「流石は、迷宮主だね」


 その場で二、三回跳ねる。

 最後の着地と同時に地面を蹴り、一瞬で最高速度に到達する。


「ぬっ!?」


 その速さにはさすがのワイトキングも声を上げて驚いた。

 でも、奴は冷静に魔法で防御壁を展開する。


 これは予測済みだ。


「──歪曲」


 ワイトキング周囲の空間が歪み、魔法防壁が激しい音を立てて砕け散る。


「ふっ!」


 ナイフを奴の首元に滑らせたけれど、ワイトキングはギリギリで回避した。

 首元で留めていたホックが外れ、ローブがヒラリと舞い落ちる。


「チッ……」


 ここで一撃を入れられなかったのは、結構痛い。


 だからってここで諦める訳じゃない。

 最初を外しただけだ。まだいくらでもやりようはある。


 ……でも、長期戦になって不利になるのは、明らかにこちら側だ。

 なにせ、奴はアンデッド系の魔物。疲れというのはないし、魔力も迷宮から取り込めるので、魔力切れは望めない。活動はほぼ無限と言っていい。




 ──なら、切り札を切る。




「チェンジ!」


「はい!」


 即座に後ろに飛び退き、入れ替わりでプリシラが前に出る。


「二分、それまで持ちこたえて」


「おまかせ下さい!」


 プリシラにはこの迷宮で戦闘時の立ち回りを覚えさせた。

 回避不可能なワイトキングの魔法も、得意の空間湾曲で何とかするだろう。


「次は私が相手です!」


「ほう……面白い!」


 プリシラは破壊力に長けているけれど、当たらないと意味がない。


 一見押しているように見えるけれど、ワイトキングが多重展開した防御壁に阻まれて、一撃を与えることすらできていなかった。

 それでも圧倒的な火力を振りかざして、次々とそれを壊していく。そのせいでワイトキングも攻撃に転じられない。


 互いに均衡している状況。

 何か間違いが起きない限り、プリシラに任せても大丈夫そうだ。


 そうと決まれば、私は私のやることをするのみ。


 両腕を力無く垂らして、全身の力を抜く。

 今からやる技は、集中力が必要だ。


 極限まで気を高める。


 筋肉や骨、体を構成する全てを繋げる。

 存在している魔力を、余すことなく全身に流す。


「うぐっ……」


 プリシラが肩肘を付いた。

 激しい攻防の末、魔力が尽きてしまったらしい。


 それに対して、ワイトキングは所々負傷している程度で、まだ動けそうだった。

 約束通りの二分。プリシラはよくやってくれた。迷宮主を相手に、たった一人でここまでできるのなら、上出来だ。


「魔族の娘よ、いい戦いだった! だが、我の勝ちだ!」


 ワイトキングが高らかに笑う。

 プリシラに止めを刺そうとして、杖を振るう。

 このままじゃプリシラは、私の大切な従者は死んでしまう。



 ──そんなこと、私が許さない。



「ぁ、あぁあアァあぁ、アアッ!」


 体の内に溜め込んだ魔力を解放する。

 ふと、目の前に白く半透明な扉が顕現した。


 ……これだ。これを望んでいた。


 集中力を高め、身体能力を限界まで底上げして、ようやく出現する幻の扉。


 これが何なのか、私にはわかる。

 これは人間に与えられた最後の力。魂から沸き立つ、無限の可能性。


『リミットブレイク』


 己の限界を知り、それでも高みを目指した者のみが至れる極地。

 一度、死の縁に立った者ならば、この力を感じたことはあるだろう。でも、それを使いこなすには、死よりも辛い修行が必要になる。


 私は15歳の時にこれを経験して、約五年もの間、死に物狂いでこれを会得した。


 この扉の先に、人の進化は待っている。


 躊躇いなく扉を開ける。

 扉の奥から、白いオーラのようなものが滲み出て、私の体に流れ込んでくる。


 これは全てを超えた先にある力の具現。


 収まりきらない力の奔流が、私の体から外へと流れ出る。



 途端に目に映る全ての動きが、遅くなる。

 ワイトキングの杖から放たれた魔法が、プリシラに届くまで後、数センチ。


 時間にして一秒。

 充分すぎる時間だ。


 私は音速を超えて──駆ける。

 一瞬の内にプリシラを抱え、ナイフで魔法を切り裂いた。



「ご主人……様?」


「ごめんね。遅くなった」


 動揺しているプリシラに、なるべく優しく微笑んだ。


「ありがとう。プリシラが頑張ってくれたおかげで、やっと本気を出せる」


 一瞬で離れた場所まで移動する。

 傷物を扱うように、プリシラの体をそっと置いた。


「後は私に任せて、ゆっくりと休んで」


「──ッ、ご主人様!」


 戻ろうとしたところで、袖を掴まれる。

 絶対に離さない。そんな意思が感じられるほど、その手は固く握りしめられていた。


 ──私一人では勝てない。自分も行かせてほしい。

 彼女の瞳が、そう言っていた。


「大丈夫。私は負けないから」


 優しくその手を払うと、プリシラは驚愕に目を見開いた。

 力一杯握っていたのに、それを軽く振り払われたんだ。驚くのも無理はない。


「待たせたね」


 ワイトキングに向き直る。


「……何だそれは。何なのだその力は。お前は本当に──人の子か?」


「人、か…………くっ、くくっ、あはははっ!」


 おかしくなって笑いを我慢できない。

 人間なのかを疑われたのは久しぶりだ。


 私は今まで、本気を出すに値しない敵とばかり戦っていた。

 少なくとも、ワイトキングは本気を出さなければ勝てない。そう判断した。


 奴は笑われたと思ったのか、少しムッとする。


 骸骨なので表情はない。

 でも、雰囲気からそれが伝わる。


「あぁ、ごめん。別にあんたを笑った訳じゃないよ。ただ今は最高に気分が良いんだ」


 今なら何でもできる気がする。

 何でも殺せる。ゴンドルの兵士も、この国も、誰にも負ける気がしない。


 もちろん、目の前のワイトキングにも。


「……質問に答えよう。私は人間だよ。少なくとも、私はそう思っている」


 ナイフを構えて、腰を低く落とす。


 この力は長く使えない。

 今の私だと、これを維持するのに二分が限界かな。


 ──それで十分だ。


 私は内心、ほくそ笑む。

 とても短い時間。それまでに、決着をつける。


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