36. 豚は醜く鳴き喚く
「くそっ、くそ、クソクソクソッ!」
私は必死に、我が屋敷の廊下を走っていた。
「何なのだ。何なのだあの小娘は!」
私の自慢である廊下は、新たに雇っていた警備兵が、無残な死体として転がっていた。
「化け物め!」
私は昨夜の出来事を思い出す。
近頃、私の周りをウロウロと嗅ぎ回っている奴が居るとの報告を、護衛達から聞いていた。だが、証拠は一切残っていないらしく、わざとこちらを挑発しているかのように、姿を見せては、すぐに消えてしまう。
こういう時に役立つのが、シャドウだ。
だが、そいつらも「まだ痕跡すら見つかっていません」と、相手の情報を何一つ掴めていない。どいつもこいつも、救いようのない無能ばかりで、私は荒れに荒れていた。
私を苛つかせた腹いせに、嗅ぎ回っている邪魔者を処刑した後、シャドウ共の家族の成れの果てを見せつけてやろう。無能である貴様らが悪いのだと、嘲笑ってやるのだ。
そうなるべき未来を想像して、私は気分を落ち着かせていた。
そう考えているうちに小腹が空き、メイドに夜食を持ってこさせようとした時、一通の手紙が窓の隙間を縫って私室に入れられた。
それは予告状だった。
何度も安全を確かめさせ、護衛に書いてある内容を読ませた。
その内容は酷いものだった。私を侮辱し、挙句には『殺す』と宣言していた。
私は怒りをぶちまけ、全ての警備兵をすぐさま呼び出すように命じた。
そして同時に、私は内心ほくそ笑んでいた。相手が誰だかはわからんが、私の首を急いだ獲物が勝手に飛び込んで来た、と。
早朝になり、私は秘書に命じて冒険者ギルドに行かせ、大金を叩いて高名な冒険者達を護衛に雇わせた。金にうるさい冒険者共は、すぐさま大金に飛びついた。
奴らには外の警備をさせることにした。
薄汚い者共を我が屋敷内に入れる訳がない。
当の私は王城に訳を話し、宮廷魔法士を四人、借り受けることに成功していた。
王は我が部隊を重要視している。私の駒共は国の暗殺組織としても優秀に働いているため、ここで私が何かの間違いで死ぬことを危惧したのだ。
これで、私の周りは完璧になった。
何かの間違いがあっても、私が追い詰められることはない。
「それが、なんだ! なんだこの有様は!?」
三十名を超える警備兵は全滅。
護衛二人と宮廷魔法士共も歯が立たずに──殺された。
そいつは私が予想もしていなかった人物、ノア・レイリアだった。
私が新たに、シャドウに加えた駒だ。数日前まで、ただの村娘だった者が、私の警備兵と護衛騎士、国王より貸し与えられた宮廷魔法士を殺した。奴は全く苦戦していなかった。終始、本気を出さず、常に奴は笑っていた。
奴に対する認識が間違っていた。
あいつはただの村娘ではない。
あいつは──化け物だ。小娘の皮を被った悪魔だ。
……しかし、私にはまだ生き残る道があった。
誰も招いたことがない、シャドウのみが場所を知っている別荘。
あそこに逃げ込めば、私の勝ちだ。
そこは国の財産をフルに使った罠が、無数に設置されている。そのどれもが即死級の罠で、流石の化け物もそれを喰らい続ければ、一溜まりもないだろう。
私には、罠は発動しないようになっている。
我が屋敷には、例の別荘と繋がっている隠し通路がある。
そこを通れば、私は────
「アガッ!?」
隠し通路の側まで、後もう少しで辿り着く。そう思って走る速度を上げた時、見えない壁にぶつかった。鼻に凄まじい痛みが走り、私は衝撃に跳ね返されて後ろに倒れた。
「なんだこれは! ……まさか、これは結界か!? なぜ、なぜ結界が──あの小娘か! どうして小娘程度に結界が扱える!」
『結界』
空間を壁で隔て、絶対の防御とする大規模な魔法だ。
本来、それは幾重にも詠唱が必要であり、膨大な時間を費やして、ようやく完成する。
それだけ大掛かりなだけあって、結界の強度は凄まじいものだ。
しかし、結界が発動している間は、その中から外へは移動できない。
結界の強度を超える攻撃を受けて破壊されるか、術者が任意で解くかをしない限り、結界は永遠に維持される。
「そうか、魔法具を触媒にしているのだな!? クソッ、やってくれる!」
魔法具とは、すでに一つの魔法が込められている道具のことだ。その魔法が使えない者でも、魔力を流せば扱えることから、希少で高価な物として取り引きされている。
込められているのが結界なら、それは国宝級レベルだ。
あの小娘がどうやって魔法具を手に入れたのか知らないが、こんな短時間で発動できるとしたら、そうとしか考えられない。
「奴を直接殺すしか手はない。しかし、あの化け物を殺せるのか? ……いや待て。奴は魔法具とはいえ、結界を発動した。魔力はほぼ使い切っているのでは?」
唯一の頼みの綱であるシャドウは、事前に屋敷内に潜伏させている。
今この場で呼べば、すぐさま駆けつけるだろう。
──化け物には化け物を。
いくら小娘だろうと、シャドウを相手にするのは、厳しいに違いない。
「ならば、ここで迎え撃つ」
「──なぁにを迎え撃つってぇ?」
少女の不気味な声と共に、私の真横の壁が派手に破壊され、奴が──ノア・レイリアがゆったりとした歩みで現れた。
「あはぁ♪ もう鬼ごっこは終わり? もっと楽しもうよ。もっと抗ってよ。そうじゃなきゃ、お前は美味しくならないでしょう?」
カラカラと、悪魔は嗤う。
「ふ、ふんっ、無理をするものではないぞ? 貴様は今、何の力も出せないのであろう? おそらく先程、壁を壊すことで私の戦意を喪失させようとしたのだろうが、残念だったな!」
「…………はぁ?」
ノア・レイリアは眉を顰める。
「ここで結界を使ったのが仇となったな。お前はここで、処刑してやる!」
「何を言って──ああ、なるほどね。……やっぱりお前は、馬鹿だね」
悪魔は片手で顔を覆い、フラフラとその体を揺らす。
馬鹿はどっちだ。
ここで命乞いをすれば、私の奴隷として一生愛でてやったというのに。無駄な強がりを見せて、自らを死に追いやるとは……奴の言葉をそっくりそのまま返してやる。
「お前は馬鹿だ。もう泣き喚いても遅い。私に歯向かった罰を貴様の命で償え! 来い、シャドウ!」
奴らにはいざという時のために待機させていた。
そして、今がその時だ。
弱りきった小娘と万全な状態であるシャドウ。どちらが有利かは馬鹿でもわかる。
さぁ! 処刑の始まりだ!
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