12. 少女は買い物を済ませる


「……と、ここか」


 昔の記憶を頼りに迷路道を歩き、とある一軒家の前で止まる。


 そこは他と変わらず外見はボロボロだった。

 それでも見る人が見れば、他の家──スラムの住人が住む家とは雰囲気が違うとわかる。


「ごめんくださーい」


 寂れた扉の取っ手を取り、中に入る。

 中は長らく清掃されていなかったのか、床や壁全体には埃がこびり付いていた。漂うカビの臭いに鼻を覆いながら、家の中を見渡す。


「おーい、お客さんだよー」


 中に設置されているカウンター、と呼ぶには少し小さい台。

 その奥の扉の向こう側に居るはずの人物に向かって声を掛ける。


 ──数秒後。


 のそりと姿を見せたのは、私の身長の二倍以上はある大男だった。


「……ガキ。こんな場所に何の用だ」


 そいつは私を見た瞬間、苛立ちを隠さずにそう言った。

 図体から予想できる野太く聞きづらい声と、強者を思わせるその態度は、道端に転がっているスラムの住人とは『別格』だとわかる。



「ふふっ……」


 自然と、笑いが漏れ出た。


「…………何がおかしい」


 どうやら大男の機嫌を損ねてしまったようだ。

 彼から放たれた殺気に近い敵意が、ビシビシと体に突き刺さる。


「何の用って……あんたのお店を知らないとでも?」


「理解してここに来た、か」


「お客さんが来たよって、そう言ったでしょう?」


「ただの世間知らずのガキじゃないようだ。……いいだろう。客だと認めてやる」


「今時、そういう性格の店は売れないよ?」


「ガキに言われる筋合いは、無い」


 お互いに軽口を言い合い、大男は短く「来い」と言って扉の奥へと消えて行った。

 その後を追い、扉を開けると、先程までの埃まみれの場所とは全く異なった場所が、私を待っていた。


 少しの汚れはあるものの、頑丈そうな鉄製の棚の上には、様々な素材が綺麗に整頓されて並んでいる。使い古された衣服。知らない言語で記された書物。娯楽用の玩具。その中でも一際目立って飾られているのが、魔物の素材と謎の肉塊だ。


 置いてあるのはそれだけじゃない。


 大男の後ろには裏ルートでしか手に入らない薬物もある。もちろん法外の物ばかりだ。



「……流石は、素材屋だね」


 普通の素材屋はここまで取り扱わない。


 ここはどちらかと言えば、形として成り立っている『バザー』のような場所だ。

 店として経営しているので、売り買いもしっかりとされている。


 無法者が集まるスラムで、ここまで立派に商売ができている。

 それだけこの男はやり手という訳だ。わざわざ敵対するメリットはない。


「もう一度、聞く。何の用だ」


 一回目の問いと同じ言葉。


 でも、それは全く別の意味を含んでいる。

 彼は私に、買うのか売るのかの二択を聞いているのだ。


「答えはどっちも。でもまずは買い取りをお願いしようかな」


 収納魔法を使い、何も無い空間から売りたい物を取り出して並べると、店主は僅かに目を丸くさせた。


「魔物の心臓……それが、こんなに……」


 店主は予想外の商品に驚きを隠せていない。それでも経営のプロだ。すぐに気を取り直し、山のように積み重なった心臓を数え始める。



「合計、二百……お前、どうやってこの数を集めた?」


「どうやって、って……普通に倒しただけだよ」


「何者だ、お前。ただのガキではないな」


「どうでもいいでしょう? 私は客で、これを売りに来た。店主のあなたはこれを買い取る。それ以上の情報は必要?」


「…………そうだな。心臓一つで二千リフ。合計で四十万リフだ」


 雑魚の心臓一つでそんなにするのか。と思うかもしれないけれど、心臓という物は裏の世界ではかなり重宝されている。



 禁忌に近い魔法や儀式の供物、触媒。

 趣味の悪い人は食用にもする。


 私のように自分で戦って調達できればいいだろうけれど、戦えない者──貴族なんかは秘密裏に買い取ろうと使いを出したり、フードなどで身分を隠して買いに来たりする。


 どうせ領民の税金で買うものだからと、奴らは豪快に金を使う。

 そのため、裏社会での売り買いは値段が高くなってくれる。


 売る方としては嬉しい限りだ。

 ──でも、ここで頷くような奴は、ただの無能だ。



「安い。一つ四千リフ」


「核本体が弱い。二千五百リフ」


「この心臓の質は良い。回収してすぐ収納したから、まだ新鮮。三千五百」


「確かに質は良い。だが、この量はこっちの維持も大変。纏めて六十万リフ。これ以上は出せない」


「わかった。それで良い」


 鍛えるついでで集めた魔物の心臓が、六十万リフになった。

 最初にしては、よくやれた方か……。



「それと、この布も売りたいんだけど」


 そう言って渡したのは、私の糸で編んだ布だ。


 面積は縦横で五メートル。

 それを十枚セット。


 店主は布を触ったり、軽く引っ張ったりして材質を確かめている。


「触ったことない感触。耐久性も良い。これは……いや、何でもない」


 これは何でできているのか。それを聞こうとしたのだろうけれど、どうせ「秘密」と言われることを悟ったのか、店主はおとなしく引き下がった。



「これは珍しい。二十万リフで買い取る」


 となると、一枚二万リフか……布として見れば破格の値段だ。


「わかった。それで売る」


 店主は一万リフのお札を八十枚。紐で縛って袋に詰める。


 それが偽物じゃないことを確かめてから、私は心臓と布を渡した。


 これで所持金は八十万リフになった。

 半年は楽に過ごせる金だ。



「……それで、次に買いたい物なんだけど、多分注文になるかな」


 私の求めている物はパッと見、この店には置いていない。

 そうなることは予想していたので、予め用意していたメモを渡すと、店主は仏頂面を驚きに変えて、咎めるような視線を向けて来た。


「……お前、ロクな死に方をしないぞ」


 材料を見ただけで全てを理解する店主も、大概だと思う。


「くふっ、上等だよ」



 ──ロクな死に方をしない。

 そんなの復讐を遂げさえすれば、どうでも良い。


 恐らく私は、とても異物で悪魔のような笑みを浮かべているのだろう。



「お前、本当に人間か?」


「……さぁ、どうでしょう?」


 私はあえて答えをはぐらかし、笑みを一層深くした。


「…………恐ろしいガキだ。だが、これは希少なだけあって取り寄せるには時間が掛かる。余裕を持って一週間前後。金は二十五万だ」


「十分だよ。それじゃあ一週間後、取りに来るから」


「毎度あり。また頼む」


「はーい。……期待しているよ。こちらこそありがとね」


 カウンターに金を置き、私は店を出た。


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