10. 少女は実験する
目を覚まし、周囲を見渡す。
「ああ、そうか……私ったら、また眠っていたのか」
それだけ疲れていたということなのだろう。
「今の時間は、ってうわぁ……夕方になりかけじゃん」
窓から覗く空は夕暮れ時で赤く染まっていた。
予想外の時間をロスしてしまったけれど、次の行程を急げば問題ない……かな。
「十分に休憩できたことだし、急いで次の……ん?」
床に落ちている一枚の紙切れを見つける。
拾って中身を見ると、そこにはアメリアの文字が記されていた。
『頼まれていた動物の死体は小屋の裏側に置いておいたわ。シチューの鍋はそのままにしておくから、後で温め直して食べてね』
外に出て確認すると、裏側には山のように積まれた動物の死体が置かれていた。
動物の種類は様々だ。
鳥やリスと言った小さなものから、狼や熊、猪のような凶暴な動物まで……『森の動物達』と言われるようなものは全て揃っている。
……流石はアメリアだなと感心する。
頼まれた通り、どの動物も一撃で心臓が潰されている。他に目立った損傷はない。とても丁寧な仕事っぷりだ。
やっぱり、彼女に頼んで良かった。
「早速、傀儡にしちゃおうかな」
これらは下僕一号のネズミのように、私の傀儡にする予定だ。
小さい動物は情報収集や偵察に使えるし、凶暴な動物は戦闘の駒として使える。
私の傀儡になれば身体能力が強化されるので、熊レベルになればそこら辺の騎士や冒険者よりも強くなるから、沢山集められれば傀儡隊を作れる。
「……シチューは夜になったら食べようかな」
食べてすぐに眠ったせいで、まだ腹は空いていない。
作って一日くらいは保つと思うから、夜と朝の二回で食べきってしまおう。
これから沢山動く予定だから腹も減るだろうし、今から食べるのが楽しみだ。
全ての動物の死体を傀儡に作り変えた頃には、外は暗くなってしまっていた。
「偵察班は魔物の位置を探し、戦闘班はそれに従って手当たり次第に殲滅。回収班は戦闘が終わり次第、ここに死体を持ってくること。見張り班はここから離れることなく、何かがあればすぐに連絡を。──行って」
傀儡達に指示を出し、彼らはそれぞれの役割を果たすために散らばって行った。
手数が増えれば増えるだけ、効率は良くなる。
一人でやったら半日掛かることを、傀儡総動員させれば一時間程度で終わってしまう。傀儡はすでに死んでいるので、動き回っても疲れることはない。
「それじゃぁ、私も動こうかな」
『シャドウ』に支給される武器を持ち、私も森を駆け抜ける。
本当は傀儡に任せるだけでも十分だけど、体を動かさないといつまで経っても強くはなれない。
ただでさえ今の体は弱いので、少し無理をしてでも鍛える必要がある。
「──感覚共有」
森に散らばった偵察班の視覚を共有しながら獲物を探し出し、その場所の特徴を覚えたら共有を閉じる。
視界が二重に重なって見えるのは、思った以上に気持ちが悪い。
だから必要最低限のことが分かり次第、共有を閉じるようにしていた。
「……チッ。やっぱり動きが鈍いな」
森を駆け抜ける動きがぎこちない。
跳躍力も無いし、そのくせすぐに息が上がってしまう。
鍛えていない体はここまでやりづらいのかと、自分自身に悪態をつきながら走り続けているうちに……私の目の前には五匹の狼が現れた。
「雑魚だけれど、この体にはちょうどいい練習相手かな?」
その狼は、ただの狼ではない。
毛皮が黒く変色し、野生の動物以上に危険な雰囲気を身体から出している。
──こいつらは『魔物』という生き物だ。
普通の動物のような形をしているけれど、その凶暴さは比べ物にならない。
黒い身体と赤い瞳に注目することが、魔物とそれ以外を見分ける方法だ。……とは言え、それがわかっていても「普通の動物とちょっと違うだけかな?」と思ってしまうほどに似ている。
奴らがどういう原理で発生しているのかはわからない。
森に澱んだ魔力の残滓を吸い続けた動物が変化したとか、『魔族』という種族が作り出したとか、色々な憶測や研究がされているけれど、あまりそれは進んでいない。
でも、わかっていることが一つだけある。
それは、魔物は全種族にとっての『共通の敵』だということだ。
「…………」
茂みで息を潜め、五匹の魔物の行動を監視する。
今は気配を殺しているおかげで、こちらの存在はバレていない。
それでも魔物には野生の勘がある。これ以上近づけば気付かれてしまう。
一匹ずつやるのは無理だ。
小石を投げつけて釣ったところで、集団で気付かれる。
真正面からやっても囲まれて終わり。
本来の力を出せたのなら、それでも問題は無かったけれど、今の私では少し厳しい戦いになるかもしれない。
──だったら、不意を突いての短期決戦だ。
ギリギリまで近付き、一気に駆け出す。
危険を察知して吠えようとした魔物の口にナイフを差し込み、抉る。
振りほどこうと暴れられたけれど、腕に力を入れて更に深く抉った。
魔物は口から大量の血を吐き出し、絶命した。
まずは一匹。
突然のことに狼狽える魔物達。
私は素早く次の標的を定め、走る。
でも、流石は野生を生き抜く魔物達だ。
すぐに私の動きに対応しようと、鋭い爪を振り下ろしてきた。
「──シッ!」
私は回避のために飛び退くのではなく、逆に滑り込むようにして魔物の下をくぐり抜けた。
獲物を見失ってキョロキョロと首を振る魔物の後脚掴んで、力任せに纏まっている三匹へと投げつける。
体勢を立て直される前に指先から糸を伸ばし、ごちゃごちゃに絡み合っている四匹の身体を纏めて縛り上げる。
当然、魔物は糸を振り解こうと暴れた。
……でも、こうなってしまえば私の勝ちだ。
「そんなに暴れると──危ないよ?」
「ギャンッ!?」
一匹が悲鳴を上げるように鳴いた。
見ると、そいつの皮膚は避けて、ポタポタと血が滴り落ちていた。
「……
『斬糸』は名前の通り、斬ることに特化した糸だ。
相手を捕縛するための糸とは違って、これは目視での確認が困難なほどに細く、また半透明にできている。細いと言っても、魔力を多めに流し込めば糸の強度は向上するので、その点はあまり問題ではない。
ただの雑魚が乱暴に抜け出そうと暴れても、切れるはずがないし、逆に斬れてしまう。
最初から殺すつもりで使うのであれば、とても使いやすい武器となる。
「お前達を相手にしても問題無いとわかったよ。ありがとう」
徐々に締める。
魔物は最後まで抵抗を続けていたけれど、動くことが困難になったのか大人しくなり、全身からおびただしい量の血を流してようやく完全に動きを止めた。
「まだ若干違和感は残っているけれど、案外戦えるね」
知識と経験があるだけでも充分な力になる。
これがもし一度目の十歳の私だったなら、何もできずに食われていた。
「……休んでいる暇は無い。この調子でやってくよ!」
回収班によって運ばれていく魔物を見届けた私は、この機会にもっと強くなるため、気合を入れて森を駆け回った。
その後、森に生息する魔物が殲滅され、やり過ぎだとガッシュさんに怒られたのは、また別の話…………。
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