side1. アメリア




「ノア・レイリア。明日ここに所属する予定だから、先輩達よろしくね!」


 最初は変な子が来たと思っていた。


 聞いていた話だと、私達の所属する部隊『シャドウ』に入ってくるのは、先日まで田舎村で暮らしていた十歳の少女ということだった。


 でも、やって来た子は急にシャドウのアジトを見つけ出して、自分から挨拶に来た。


 喉にナイフを突きつけられても平常心を保っていて、たった数分で場に馴染んでしまうような不思議な子だ。

 ……まるで最初から私達と一緒に居たような親しさで、不思議と警戒心は抱かず、私達は彼女を受け入れつつあった。




「──私はゴンドルを殺す」




 私達の契約主、ゴンドル・バグ。


 ノアとゴンドルが出会って、まだ一日程度。

 なのに、無茶な宣言をした彼女の瞳には『狂気』が浮かび上がっていた。


 そして彼女は、私達に協力を求めてきた。


 家族はもうすでに殺されている。

 という現実を突きつけられた時は流石に戸惑いを隠せなかったけれど、私は前から「もしかしたらそうなのかも」と思う時はあった。


 当然、怪しいと思った。


 どうして今日来たばかりの女の子が、それを知っている。


 考えれば色々な節がおかしい。

 なのに言葉はどれも納得のいくもので……私は本当の真実を知りたくなった。




「アメリア。今日新しく入った餓鬼が逃げ出さないよう、監視をしておけ」


 私はノアの予想通り、彼女の監視役となった……と言っても、ゴンドルから命令された時にはすでに、ノアは国の壁を超えていた。


 二週間で準備を整えると言った彼女が何をしているのかはわからない。


 何か怪しいことをしているなら止める。

 本当にゴンドルをどうにかしようとしているなら、彼女に協力する。



 二重スパイのようなことをする羽目になった私は、後日、ノアが言っていた森の小屋を訪れていた。



 そこは埃だらけで、とても住めるような環境ではなかった。

 そんな中で彼女は徹夜作業をしていたのだ。


 彼女の周りには可愛らしいぬいぐるみが沢山あって、どうしてぬいぐるみ? と疑問に思ったけれど、そういえば彼女は『糸使い』だったと気付き、これを売って金にするのかと勝手に納得した。



 ──そんな時だ。

 予想していなかった言葉が、彼女の口から飛び出したのは。



「アメリアは魔力の流れが綺麗だからさ」


「アメリアは魔法が大好きなんだね。私にはわかるよ」


 初めて、認めてもらえたような気がした。

 こんな小さな子供に慰められて、少し恥ずかしかった。


 でもそれ以上に嬉しかった。


 ……ああ、この子は大丈夫だ。


 相変わらず変な子だけれど、私達が懸念しているようなことはしない子だとわかった。

 でもそれは、見事に裏切られることになる。



「お母さんのシチューと、同じ味だ……」


 ノアが溢した言葉と涙に、私は自分の失態を呪った。


 この子だって大切な家族を失ったばかり。

 まだ育ち盛りの十歳の少女が、こんな場所に来ていいわけがない。


 この子なりに心を押し留めていたのだろう。


 彼女は私達とは少し違うのかもしれない。

 彼女なら大丈夫だと、勝手にそう決めつけていた。


 ノアが、一番辛いんだ。


 何年も家族と離れていた私達とは違って、この子はつい先日まで家族と一緒に過ごしていた。

 その仲を急に引き裂かれて、理不尽に家族を殺されて……大丈夫なわけがない。



 ──気が付けば私は、ノアを抱き締めていた。



「私達が付いているわ」


 大丈夫なんて曖昧な言葉は、もう使わない。


 でも、貴女は一人じゃないってことを知ってほしかった。

 そうじゃなければ、きっとこの子は止まれなくなってしまう。


 確信は無いけれど、そう思ってしまった。


「…………」


 静かに眠るノアの顔を、ジッと見つめる。


 こうして眺めていると、本当にただの女の子だ。

 誰かを殺すような復讐に駆られた心の持ち主には、とても見えなかった。



「ゴンドル・バグ」


 奴がこの子を狂わせた。

 平和に暮らすはずだったこの子の人生を、あの男が全部壊した。


「この罪は大きいわよ、ゴンドル……」


 今回の件、私は何も手出しできない。


 これはノアが始めた復讐だ。

 未来を諦めていた私達が手を加える資格は無い。


 それでも──奴を呪わなければ気が済まなかった。


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