7. 少女は睡魔に敗北する
「ふんふんふーん♪」
誰も寄り付かない古びた小屋から、可愛げのある鼻歌が漏れ出す。
リズムを完全に無視してテンションのみで押し切ったそれは、もし聞いている者がいたならば間違いなく不信感を抱いていただろう。
「ふん、ふふんふーんふーん」
勘違いしないでほしいけれど、別に機嫌が良いわけではない。
夜通しで作業をしていた私は、無理矢理にでもテンションを上げなければやっていられなかった。
つまり、半強制的にラリっている。
糸を出すのも操るのも、等しく魔力を消費する。
ずっとやっていれば魔力も枯渇してしまうため、私の口には半透明な瓶『魔力ポーション』が咥えられていた。すでに空になった数本は、乱暴に床に転がっている。
このポーションはシャドウに支給されている物で、出る前に何本か貰ってきた。
すでに半数を使っているけれど、仕方ない消費だったと気にしない。
「…………ん、あれ? もう、朝?」
天井の隙間から覗く太陽の光に当てられ、作業を一時中断する。
「んー、夜通しやっていたおかげで、形は綺麗になったかな」
もはや私の技術は兎だけに留まらず、形状が細かい猛獣だって作れるようになっていた。
作品の完成度は高いと思う。
これを売って金にすることを考えたけれど、効率が悪いのでやめた。
「──っ、誰か来る」
徐々に近づいて来る気配に、ぼんやりとしていた意識を覚醒させる。
息を潜めて反応を確認し……ホッと安堵の溜め息をついた。
「ノアちゃんおはよぉ〜。調子はどうかしら?」
やって来たのはアメリアだった。
そういえば、朝になったら様子を見に来ると言っていたような?
「って、凄いクマじゃない! まさかずっと起きていたの!?」
「おはよう、アメリア。来る時はもう少しわかりやすくしてくれるかな。敵が来たのかと思って警戒しちゃったよ」
「それはごめんなさいね。気配を隠すのが癖に……って、それは良いでしょ! 女の子は小さい時が一番大切な時期なんだから、ちゃんと眠らないとダメでしょう?」
「あはは……気が付いたら朝になってて……もう少ししたら眠るよ」
「ダメ! 今すぐ寝なさい!」
お姉ちゃんみたいなお節介だ。
アメリアらしいや。
……懐かしいなぁ。
「わかった。これ以上無理し続けるのも作業効率は悪いし、一時間ほど休憩するよ」
「本当はもっと寝なさいと言いたいところだけれど。わかればよろしい。眠っている間に何か作って持ってきてあげる。何が良い?」
「食べ物は自分で調達したから、必要無いよ」
そう言いながら、何も無い空間から肉を取り出した。
これは『空間収納』という魔法で、亜空間に物を保管することができる便利なものだ。
収納量は使用者の魔力量に比例していて、今の私ならバケツ三杯程度が限界だけれど、その分の荷物が手ぶらになるので、二度目に戻ってからは優先して覚えた。
「……驚いた。その幼さで収納魔法を使えるなんて」
「コツを覚えればすぐにできるよ。アメリアにも後で教えてあげる」
「ほんとっ!? 便利だからいつかは覚えたいと思っていたのよ!」
嬉しそうに顔を綻ばせるアメリア。
「きっと、すぐにできるようになるよ。アメリアは魔力の流れが綺麗だからさ」
アメリアは暗殺者であると同時に魔法の使い手でもあった。
私が覚えている魔法の全ては、一度目で彼女に教えてもらったものだ。
こうやって『空間収納』が使えるのは、彼女のおかげでもある。
だから私が教えるくらい、恩返しだと思えばお安い御用だ。
現時点で、アメリアは魔法を使えるということを皆に隠している。
それは暗殺業では魔法を詠唱するよりも、敵に接近して喉を切り裂いた方が圧倒的に早いから、というのが理由だ。そのため必要の無い魔法を隠し、他の技術を身に付けていた。
「アメリア? ど、どうしたの?」
気が付くと、彼女は涙を流していた。
何か変なことを言っちゃったかなと、私は困惑する。
「……違うの。魔力が綺麗だなんて初めて言われたから、嬉しくて」
アメリアは魔法が大好きだった。
必要無いとわかっても、彼女は魔法を嫌いになることなんてできなかった。
だから夜な夜な皆に隠れて魔法を使っていた。
私は偶然その場面に居合わせ、そこで目にした綺麗な魔法に憧れたんだ。
「アメリアは魔法が大好きなんだね。私にはわかるよ」
これは少しズルい言葉だ。
でも、言わずにはいられなかった。
『ごめんね。もっと色々、教えてあげたかった』
「さようなら」も「ありがとう」も言わせてもらえなかったあの時。
もし次があったなら、その言葉を贈りたいと思っていたから。
「じゃあ、私は寝るね……っと、そうだ。アメリアこの後は暇?」
「え? ええ、ノアちゃんの監視として任務は空けてもらっているから……」
「お願いがあるんだ。森の動物を狩ってきてもらえるかな。傷の損傷とかはなるべく少なくしてほしいんだ」
「わかったわ。ただの動物で良いのよね? それならお安い御用だわ」
「ありがとう。頼むよ」
微笑み、ふらふらとした足取りでベッドに向かう。
正直なところ、休もうと決めた瞬間から体が重くなりすぎて、動くのも億劫になっていた。
無理している時はあまり気付かなかったけれど、体が限界を迎えていたらしい。
力無くベッドに倒れこみ、そこから埃が舞った。
「ふ、ぁぁぁ……」
目を閉じると一気に脱力感が襲ってきて、私は睡魔が誘うままに意識を──。
「ちょっとノアちゃん!」
ガバッと体を掴まれ、私の小さな体は上にあがった。
急な浮遊感に驚き、落としかけていた意識を引き戻す。
「そのベッド、カビが出ているじゃない! 埃も凄い量よ!」
「ああ……随分と使っていなかったみたいだね。でも、別に構わな」
「こんなところに寝かせておけません! この森には川もあったわね。すぐに洗って干してあげるから待っていなさい!」
ボロボロになったベッドシーツを持ち、川が流れている方へ走っていくアメリア。
私は何も口出しすることができずに、その様子を見ていることしかできなかった。
まるで嵐のような騒がしさだったなと思いながら、私の意識はついに限界を迎え──夢の中の深い場所まで静かに落ちて行くのだった。
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