6. 少女は地味な作業に溜め息をこぼす
「…………だからって、これは地味すぎるよ」
今私がやっているのは、小さな穴に糸を通す作業。
これは何の比喩でもなく、本当にやっていることだ。
指先から伸びる半透明な魔力の糸。
これをミリ単位の穴に通しては抜いて、別角度から通しては抜いてを繰り返す。
正直、飽きる。
というかもうすでに飽きている。
何の意味があるのかと聞かれても、答えることすら面倒なので察してほしいと思うほど、凄まじく地味な作業だ。
「本当はあの場で殺せたのなら、一番楽だったんだけど……」
ゴンドルは貴族の中でも『伯爵』という高い地位にいる。
下手に行動することは、自殺行為に等しい。
だからこんな面倒な作業をするくらいなら、相手が油断している隙に殺してしまった方が最も効率が良かった。
…………いや、わかっている。
あの場で奴を殺しても、私の心が満たされることはなかった。
そうしてしまったら、ただの復讐になってしまう。
私は奴に絶望を与えたい。
最後まで奴に苦しんでほしい。
そのような復讐をしなければならない。
そうしなければ、果てしない憎しみでこっちが狂ってしまう。
「それとも、私はすでに狂っているのかな?」
自嘲気味に笑う。
どうでもいいことだ。
狂っていようが、そうでなかろうが、私のやることに代わりはない。
今は無駄なことを考えないで集中しよう。
◆◇◆
──そこからどのくらいやっていたんだろう。
明るかった外はすでに暗く、ランプの光が無ければ手元がよく見えなくなっている。
集中力も途切れてきたのか、針の穴に糸が通る確率が若干下がってきた。
「……ん、んん……」
私は手を離して背中を伸ばすと、ポキポキと心地良い音が鳴った。
……これはクセになりそう。
十歳の少女からこんな音が鳴って良いのかと言われそうだけれど、細かいことを気にしてはいけない。
「そろそろ、精密な操作は大丈夫でしょ」
魔力の糸は、使えば使うほど強度を増す。
それと同時に細かな操作が可能になる。
わかりやすく言えば『熟練度が上がってきた』だ。
「これで次に進める……かな?」
次にやることは、糸で形を作ることだ。
人、動物、家具、食べ物。形は何でもいい。
ひたすら作るのみ。
これでも地味な作業と言われたら否定はできないけれど、穴に糸を通し続けることより、作りたい形を選べるだけ自由度が上がった……気がする。
気分って大切だと思う。
うん。チョー大事。
これは複雑な形になるほど、技術が必要になってくる。
試しに兎を作ろうとしたら、バランスがおかしくなって気色悪い兎になってしまった。
──なんで兎なのか?
可愛いからに決まっている。
これでも今の私は十さいの少女で、一度目では二十歳の乙女。可愛い物や甘い物には目が無い。
「……って、現実逃避していても意味無いよね」
パンッ、と軽く頬を叩く。
「よしっ、このまま頑張るぞ。オー!」
気合いを入れてみたけれど、右手に握られた兎のような何かをみたせいで、一気に悲壮感が襲いかかる。
「……当面の目的は、ウサギを綺麗に作ることかなぁ」
まだまだ続く長い道のりを想像して、私は虚ろに深い溜め息を溢すのだった。
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