絶対阻止しなきゃ……

 平成令和の今日、学校の歴史授業において、日米修好通商条約及び各国と結ばれた条約の不平等条項・・・・・について教えている。

 しかし、もっと重要な問題については教えない。即ちアメリカによる、日本のキン詐取・・である。

 アメリカの公使タウンゼント・ハリスは、徳川幕府に対し武力をちらつかせつつ強硬姿勢で臨み、日本側に不利な通商条約の締結を成し遂げた。その上で、銀を満載した軍艦を日本に呼び寄せ、日本の金をゴッソリ買い付けた。

 これを国際市場に持ち込むこと数度。アメリカ政府はもとより、ハリス自身もこれで私腹を肥やしたのである。

 ちなみに。――

 日米修好通商条約締結から三年の後、アメリカで南北戦争が勃発した。

 この大規模な内戦は元々、経済的に裕福だった南軍(アメリカ連合国政府)が優勢で、北軍(合衆国政府)に勝ち目はなかった。しかし四年の後、勝利を収めたのは北軍の方である。

 のみならず、戦争終結から程ない一八六七年、アメリカ合衆国はロシアからアラスカを購入した。

 南北戦争の戦費やアラスカ購入の資金を、一体どこから捻出したのか。推して知るべし、と言うべきであろう。

 日本は一八五八年の条約締結により、それだけ莫大な金を失ったのである。しかし戦後の学者や学校教師はそれを教えない。

 何故か。――

 それは、太平洋戦争に敗北して後、GHQによって、

 ――教育行政も学校現場も『アメポチ』と化したから。

 である。

 例えば日教組の定める『教科書採択基準』には、

 ――米ソ両国について、先入観を植え付けるような記述。

 が無いことを確認し採択すべし、とある。つまりアメリカやソ連に関して、授業でネガティブに教えてはならない……と暗に指示しているのである。

 アメリカにしろソ連にしろ、その言動や歴史的行為には、ネガティブ・ポジティブ両面があって当然である。それを客観的に教えてこそ、の授業である筈だが、戦後の歴史教育においてはそれを否定、放棄していると言える。

 アメリカ及びハリス公使による日本の金の詐取問題の扱いが、まさにそれであろう。

 幸いにしてこの問題は、近年、次第に多くの人々が認識しつつある。

 すると学者達は、

 ――金の流出当初は国内経済が大混乱となったが、二年程で収束した事からそのインパクトは限定的であったと思われる。

 といった具合に、ことを当時の国内経済問題に矮小化・・・し、金流出の影響を過小評価し始めた。

 勿論、それでは済まない。これは現在にまで尾を引く、極めて重大な歴史的問題だと認識すべきなのである。

 金は劣化することがなく、恒久的『資産』としてその価値を維持し続ける。だからこそ平成令和の今日でも、最高レベル、最良の資産として国際的にその価値認識を共有しているのである。一国の金保有量は、国家経済や財政の信用を裏付ける。同じ貴金属でも、銀とは比較にならない。

 その金が、幕末日本からゴッソリ失われるのである。

「絶対に、阻止しなきゃいけないの」

 と力説するライカも、その影響の大きさを正確に理解しているわけではない。

 しかし彼女の持ち前の、

 ――本質を見抜く才能

 によって、それが単に、

「ン十万両の損失が発生した」

 といったレベルの話ではない事に気付いていた。

「なるほど」

 とは頷くが、その本質的な重大さを理解するには至っていない。だが彼女の力説する様子から、

(専門の者を呼びつけて、詳しゅう聞き出さねばなるまい)

 と思った。

「ただ、のう……」

「ん!?」

「交渉は既に、条約締結寸前だと聞いておるが」

「え~~~~っ!!」

 ライカは悲鳴じみた大声を張り上げ、それから慌てて口元を押さえた。

「ダメ。絶対阻止しなきゃ……。全て解決するまで、調印しちゃダメなのよ~」

 幾分声を抑えながらも、しかし血相を変えて訴える。

「幕府はアメリカに不平等条約を結ばせられた、と世間に知れ渡って、ますます大騒ぎになるでしょ!? 朝廷との関係もますます悪くなるし……。で、世論の沸騰を抑えるために、井伊大老が暴走を始める。『安政の大獄』と言って、反対派の人々を強引に取り締まり出すのよ」

「うむ」

「そして世間の反発がどんどん広がる。幕府は威信を落とし、ますます窮地に陥る。その挙げ句、井伊大老は桜田門外で浪士達に……」

「おいおいライカよ。ちと落ち着け」

 彼は、興奮し早口でまくしたてるライカを手で制した。

「解っておる解っておる。余も、そなたの話を理解した。確かにそなたの申す通りの流れを辿りそうだ。異論はない」

「でしょでしょ!?」

「しかし、だ……」

 彼は湯呑に残った茶を飲み干し、それから改めて口を開く。

「朝廷より勅許が下りる目処は、立っておらぬ。一方でめりけんのハリス公使も、これ以上宥められぬ。公儀は、いわば板挟みにあいどうにもならぬ状況ぞ。打つ手がない」

「いやいや……」

 ライカは首を左右に振り、

「多分、手はあるの」

「ほう」

「えっとね……。ハリスが強硬姿勢なのは、ちゃんと理由があるの~」

 ちょっと待ってて、とライカはドタバタと座敷を出た。程なく、今度は静かに、筆と半紙を抱えて座敷に戻って来た。誰かに「うるさい」と窘められたらしい。

「まず……、通商条約ってのはどちらが交渉を持ちかけてきたの?」

「無論、めりけん・・・・国の側だ」

「でしょ!? 幕府が望んだわけじゃないよね」

「左様。我らの側が要望したわけではない。この情勢が落ち着いた後、改めてじっくり各国と交渉を始めれば良い話だ。我らとしては、今すぐ条約締結する必要なぞ無いばかりか、無用の混乱を引き起こし難渋しておる」

「そうよ、そうなのよ~。ハリスが急かすのは、単にアメリカ側の都合なのよ。だからハリスは焦ってるわけで、日本側を急かすために強硬姿勢をとっている」

「なるほど」

「だからね、ハリスなんか焦らしとけばいいのよ。それでもハリスが煩い時は、交渉を打ち切るぞと脅してやればいいの~」

「はあ……。だが」

 彼は首を傾げつつ、ライカの顔を見つめ、

「さすればめりけん国と、いくさになるではないか」

 と問うた。

「そんな事は無いと思うよ」

 ライカはきっぱりと答える。

「アメリカ側にも、日本と簡単に戦争出来ない事情・・があるんだから」

「ほう」

 彼は思わず身を乗り出した。

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