アレしてたら下半身丸出しで江戸の街に

 気晴らしをするつもりで、夜通し飲もうとやって来たのに、とんだ番狂わせである。

 いや、既にさんざん飲んではいるのだが、……酔えない。

 ライカという謎のおなごの話に、ひたすら驚かされるのみである。彼にとって、彼女の話は全てがあまりにも衝撃的過ぎた。彼女が本当に未来からやって来たのかどうか……といった疑念など、とうに念頭から吹っ飛んでいる。

 彼は改めて、行灯あんどんのあかりのもと、ライカの顔をまじまじと眺めた。

 美女とはお世辞にも言えない。ちなみに当世における美女の定義は、色白で少々ぽちゃりとしたうりざね顔である。目は、一重で切れ長が好まれる。

 ライカはどちらかと言うと丸顔で、くっきり二重である。その目は、異人女性のように大きい。その分だけ、顔が小さく感じる。

 身の丈も彼よりわずかに高いかもしれない。五尺(一五〇cm)に満たないおなごが多い中、ライカは大柄な方だと言えるだろう。

(しかしこれはこれで……惹かれるものがある)

 妙な愛嬌があるのである。美人の定義には当てはまらずとも、彼は純粋に、

 ――なかなかの、美女。

 と感じた。

 ライカという奇妙なおなごへの、興味は募るばかりである。その口調こそ拙いが、言っている事は意外にも聡い、と感じるのである。

「そもそも、そなたはここへどうやって来たのか?」

 そう問う彼に、ライカは何故か急に、仄暗い灯りの中でもはっきり分かる程、顔を赤らめた。

「えっとね、バイトから帰って来て、ご飯食べてベッドに寝転がって……」

「『ばいと』とは何ぞ? それから『べっど』とは?」

「あ、ゴメン。あたし『大学生』って言って、ガッコに通ってるんだけど~。ガッコが終わったら、お小遣い稼ぎに少し働くの。そういうのを『バイト』って言うのね。あとベッドっていうのは寝床のこと」

「ああ、思い出した。異人共が使う寝床を、確か『べっど』と申しておったわ」

「そうそう、それそれ~。つまり三日前の夜、ガッコが終わって少し働いて、疲れて帰ってきて寝転がってたの。で……ヤダどうしよう、ちょっとあんましヒトには言えないんだけど~。ちょっとひとりでえっちな……ヤダぁ、やっぱ言えないよぉ~~」

 ライカは真っ赤になり、手で顔を覆う。

「言いたくないのであれば、まあ言わずともよい。『えっち』とはなにか、まじないのようなものか?」

「いや、そうじゃないんだけど……。まあ要するに、ひとりでモゾモゾとヘンなコトしてたら~、イキそうになった瞬間周囲が明るくなって。で、下半身丸出しで多摩川のほとりにいたの~」

 ――もう、びっくりよ、とライカは両手で顔を覆う。首筋まで真っ赤になっている。

「なんと……面妖な」

「ホントびっくりだよ~。しかも何故か江戸時代だし……。その時たまたま通りかかった、このお店の女将おかみに声かけられて、ここに連れて来られたの。で、何がなんだかよく分からないまま、今日で三日目~。お座敷に出たのも、今日が初めて」

「なるほど。おなごの癖に○んずり・・・・いておったら、突然江戸の街にいた……と」

「ヤダぁ。言わないでよぉ~。オンナだって当然、そういう気分になる事はあるし、オ○るんだってば」

 ライカは真っ赤な顔で、うつむく。

 彼は急に、この異形の大柄女に対し愛しさを感じた。

 そっと腕を取ると、ゆっくり抱き寄せる。さらに顔を近づけ、口づけした。

 ライカは全く抵抗せず、なされるがままである。ただ、ガチガチに緊張している。

(まさかよわい二一で、生娘という事はあるまい)

 と彼は思ったが、その割に、態度が硬い。

 傍らには、布団が敷かれている。

 彼女とて、その意味が分からぬわけではあるまい。いやしかし、何しろ一五〇年後からやって来た人間である。当世の風習をわきまえていない可能性は、ある。

「ここへ来て、三日目か……」

「そう。今日が初めてのお座敷なの」

「そなたの仕事については、心得ておるのか」

 彼は、ちらりと布団の方に視線をやった。

 曖昧な問いかけではあるが、ライカにはその意図がちゃんと伝わっているらしい。彼女は無言で、俯いた。その肩も、うなじも、緊張し硬直している様がありありと見て取れる。

 彼女はぎゅっと、膝の上で両の拳を握りしめた。

「既に、おとこを知っておるか」

「……」

 彼女は俯き無言のまま、しばらく後わずかに首を左右に振った。

「そうか……」

 ふたりの間に、しばし沈黙の時間ときが流れた。

「いいの」

 ふいに、彼女は俯いたまま口を開く。

「あたしが突然タイムスリップして困っているところを、女将が助けてくれた。あたしはその恩返しをしなきゃいけないし……。それにこの時代で、あたしが生きていく方法が分からないし」

 ――遊女として生きていく覚悟は出来てるの、と彼女は俯いたまま、小声で呟く。

 だがその言葉とは裏腹に、ますます緊張し硬くなっているのは明らかだった。

「そうか。……まあ、よい」

 彼はライカに笑みを投げかけつつ、袴を脱ぎ捨てると布団をまくって寝転がった。

「座っておるのも、疲れた。寝物語をしよう」

「……」

「色々と身辺の有り様が急変し、そなたも大いに心細かろう。……心配せずともよい。今宵、そなたに手を着けぬ。それよりもそっと、詳しい話を聞かせよ。ほれ、そなたもこれへ」

 彼は隣の布団をぽんぽんと軽く叩いて、寝転がれと促す。

「ありがとう。優しい……」

 彼女はほっとした表情を浮かべた。

 ちょっとだけ向こうを向いてて……とライカは彼に乞い、するすると服を脱ぎブラとパンツだけになった。そして彼の隣の布団に潜り込む。

 座敷内にほんのひととき、微かな芳香に混じり、ライカの纏う女の匂い・・・・が華やかに漂った。

 それは、若い彼の男の・・本能を激しく昂らせた。が、しかし彼はその抗いがたい誘惑を自制しつつ、

「もっと語り聞かせよ。そなたの知る、歴史を」

 と、布団を頭から被りちょこんと顔だけ覗かせるライカに、穏やかに問いかけた。

(優しい……。これが一四代将軍様なんだ~)

 ライカはその、色白の少年の心遣いに、思わず惹かれた。心を、揺さぶられた。

 ふいにひとつの決意を固めた。

(そうだよ。今のあたしは、この時代の人からすれば『未来人』じゃん。あたしだけに出来ることって、色々あるんじゃない!?)

 突然の環境変化に一杯一杯で、自身の事以外何も考えられなかったライカは、ふと今更ながら、隣に寝転がる若者の顔を眺めた。

 つるりと丸い頬の、貴人顔。――

 どう見ても、まだ一〇代前半である。

 そんな彼が今まさに、次期将軍に内定したという。

 彼女の知るその徳川一四代将軍は、この先暫く難局の舵取りを余儀なくされ、その挙げ句、確か若くして亡くなった筈である。

 知識不足で詳しい事はわからないが、彼が幸せな人生をおくったとは思えない。彼もまた哀れな運命を背負い、日々、必死にもがきつつ生きているのではないか。

(うん、多分そうだよ……)

 そんなこの人を、少しでも幸せに導けるとすれば、それはあたしだけかもしれない。

 未来人たるあたしの知識で、この激動の時代を上手く乗り切る。そうすればこの人だって。……

 布団の中で、ライカはぎゅっと両のこぶしを握りしめた。

「あのね……。あたしは色々と、アナタのお力になれるかもしれない」

「ほう」

「あたしの知識で、アナタを助けるコトが出来るかも」

 先程の緊張はどこへやら、ライカは目を輝かせつつ彼に語りかけた。

 そして、仄暗い行灯のあかりの中、ふたりは明け方近くまでひたすら語り明かした。

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