第35話 大食い姫

 錦市場を回ったあとはバスで京都駅に戻り、近くにある京都タワーを観光した。京都の景色を一望出来て大満足だった。碁盤の目のように配置された街並みは類を見ない景観で不思議な感じだった。


 その後、京都駅に着いた時には自由時間終了間際だったのでそこで京都観光は終わりとなった。学校用のバスに乗り今度は大阪を目指した。


 大阪には夜に着き、今度はホテルという洋風施設で宿泊することになった。そのため、温泉などはなく、昨日の事件の二の舞は起こることは無かった。何事もなく、夜は明けていった。




***




 起床してホテルをチェックアウトし、修学旅行最終日の今日、大阪観光がスタートする。また六人が集結し、観光場所について話し合う。話し合いながら思ったのは、事前に決めてくれば良かったなということだった。考えている時間が無駄になってしまうからだ。


「そーだ! 大阪って言ったら食べ物の町だよね! 観光より食べまくろうよーー?」

「それもそうね。だけど、食べ過ぎてお腹を壊すことだけは勘弁してちょうだいよ?」

「だいじょーぶ。私体丈夫だから」

「なら良いけど」


 パンフレットから探した結果、行き先は道頓堀に決定する。くいだおれの町と言われる大阪を一番堪能できるらしい。関西には疎いので全然知らないが。


 道を歩けば飲食店の看板ばかりが目立つ。その中でもやはり粉もんと称されるお好み焼きとたこ焼きを取り扱う店が多かった。


「あ、あの店行列だね」

「美味しいということかしら?」


 看板に大きなたこ焼きの模型が取り付けられている。目が付いていて可愛い。店外で食べる仕様のため、同じ制服を着た神高かみこうの生徒の姿をちらほら見掛ける。


「ねえ、六個入りをひとつずつ食べてしまったらお腹がいっぱいになるから六人で一個ずつ食べましょう」


 きょうどうさんの指示通り、ひと舟買って分ける。


「あっ、そっちの方がおっきいっ」

「あなた、子どもね。ほとんど変わらないじゃないの」

「ちょっとの差がおっきいの。愛と一緒」


 ちょっとの差と愛ってどう関係があるのだろうか? ふたりの相手で迷っている時、少しの差が勝敗を決めるということだろうか。


れいは猫舌だから気を付けろよ。俺が半分に割って冷ましてやるから。ふぅー、ふぅー」


 とても健気なカップルだ。愛おしい。


「冷ましてるのに何だかお熱いことですねっ」


 何故か千宮せんのみやさんが不機嫌そうだ。その上、たこ焼きを眺めたあと僕を眺めてくる。冷まして欲しいのだろうか。だが、普段理衣りいが作った食事を食べる様子を知っているが、猫舌ではないはずだ。

 経堂さんは猫舌のようで、半分に割ってひとりで冷ましている。


「猫舌なんですか?」

「ええ、熱いものが苦手でね」

「ふーん。アピールしちゃうんだぁ」

「何てこと言うのよっ」


 アピールって何のアピール? クールだけど可愛いとこありますよアピール?


 たこ焼きを食べ終え、また観光に戻る。

 しばらく歩いていると、


「ちょっと私、トイレ行ってくるぅ」


 千宮さんが公衆便所に向かっていった。最近完成されたかのようなとても綺麗な公共トイレだ。税金が皆の役に立っているようだ。


「次どうする? やっぱお好み焼きか?」

「そうだね。あ、でもお好み焼きは焼く手順が難しいらしいね」

「え、混ぜて焼くだけだろ?」

「いやいや、その混ぜ方がポイントらしいんだ。空気を含ますんだって。そして円形に整えながら焦げないように焼くんだ」

「へえ、冨倉とみくらくん詳しいのね」


 しゅうと話していたところ、経堂さんが混じってきた。


「あぁ、理衣から聞いたんです。週一で料理教室に通ってるんですけど、そこで習ったらしいですよ」

「へえ、料理教室。偉いわね。花嫁修業ということね」

「理衣は良いお嫁さんになると思います。だけど、家を出たら寂しくなりますよ。父さんとふたりだから」

「あなたも結婚すれば良いんじゃないかしら?」

「相手がいませんよ。僕なんてモテるわけないじゃないですか」


「「……」」


 言うとすぐに経堂さんと秀馬がお互いに目を合わせ、ふたりで首を横に振っている。何かを悲観するように。何を?


琉生るいはもっと積極的になった方が良いぞ。俺みたいに」


 秀馬がやまさんに近づき、肩に手を回そうとするも嫌がられ離れていかれている。積極的になっても意味を成していない。


「モテないから結婚しないという理屈なら、女性に興味がないというわけではないのね」

「それは男ですから興味はありますよ。良い人が居たら結婚したいです。子どもも欲しいですから」

「そ、そう……あの――」


 経堂さんが何かを言いかけた時、たけさんが言った。


「ねえ、千宮さん遅くないですか?」


 確かに。トイレに行くと言ってから二十分近く経っている。もし大だとしてもそんなに時間が掛かるだろうか。急に不安になり始める。


「何かあったのかしらっ? 私、見てくるわっ」


 いつも冷静な経堂さんが焦った顔で走って行った。女子トイレなので女子が見に行くしかない。


「おい、心配だな」

「うん。体調を崩したのかなぁ」

「たこ焼き食べてる時はそんな感じ無かったけどなぁ」

「僕もそう思うんだけど」


 経堂さんもなかなか出てこない。何故だ。余計に不安が煽られる。その不安は周りも同じだったようで武樋さんと鵜山さんも女子トイレに走って行った。男ふたり、何も役に立たずにいる。


 しばらくすると経堂さんがトイレから出てきた。


「どうでしたっ?」

「吐き気がするみたいね。個室にこもって吐いているわ」

「ど、どうして……。食べすぎほど食べてないのに」

「いいえ食べ過ぎよ」

「でも、たこ焼き一個しか――」

「昨日の夜よ。みんなが寝た後、夜中に私の部屋を訪ねてきて呼び出されたの。付いて行ったらホテル内に設置してある自販機を紹介されたの。製氷機の横に置かれていた機械よ」

「でも飲み物くらいでそんな」

「違うわよ。フード自販機よ」


 フード自販機ってあのおにぎりとか焼きそばとか売られている物か。中で温められて出てくる半インスタントみたいな物だろう。


「就寝時間のあとってだいぶ遅いよな」

「そうよ。深夜零時よ。あの子が食べてる間ずっと椅子に座って待ってたんだから。何度か眠気に襲われた時に壁で頭を打ったんだから。ここっ」


 僕に近づいて左後ろ辺りの後頭部を見せてくる。すると、髪の間に赤く腫れている箇所を見つける。


「た、たんこぶ……」

「ずっと痛いのよ。悲劇だわ」

「で、どんだけ食べたの?」

「途中寝てて飛んでるところがあるけど……焼きおにぎり、ポテト、あとホットドッグだったと思うわ」


「「えっ!?!?」」


 夜七時に食堂に集まり、生徒全員で夕食を食べたはずなのに、その上でその量は食べ過ぎだ。同居していて知っているが、確かに大食いではある。最初の頃、食堂で品を選んでいた時、千宮さんがBランチで経堂さんがCランチだったので、てっきり経堂さんの方が大食いだと思っていたのだが、あれはカモフラージュだったと後で知った。大食いだと知られることが恥ずかしく小食のフリをしていたのだと。それを僕が知ってしまった後は、所かまわず大食いを爆発させるようになった。知られてしまっちゃあしょうがないと言った具合に。だが、流石の千宮さんもフード自販機の買い食いには羞恥心が働き、経堂さんを頼ったのだろう。


 その事実を知った後、ようやく千宮さんがトイレから登場した。武樋さんと鵜山さんが背中をさすっている。


「ごめーん。もう大丈夫。なんでかなぁ。しんどくなっちゃったぁ」

「もう全部言ったわよ?」

「あーーー! 言わないでって言ったじゃない!」

「だって冨倉くんがすごくあなたのことを心配していたから」

「そ、そう……。心配かけてごめん」

「本当ですよ。もう大食いは控えてくださいよ?」

「はぃ……」


 そんな事件もありながらの大阪観光は終わりを告げ、バスで神楽町へと戻っていった。

 二泊三日、本当に色々あった修学旅行だったが、みんながいなかったらぼっちの修学旅行だったはずだ。心から友の有難みを感じた旅行だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

保健室で出会った小悪魔と一緒に住むことになりました 文嶌のと @kappuppu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ