第34話 間接行為

 浴場からの逃走劇から一夜明け、本日は京都観光である。ここでは自由行動という名の通り、好きな場所を巡る仕様となっている。理衣りいから頼まれた土産を頭に入れながら散策を開始する。


「ねえ、私金閣寺が見たかったんだけど」

「さっき京都駅発のバス乗り場を見たでしょ? あれほど人が乗るのではムリよ。相当待たなければならないわ。そこを見たら終わりになるわよ?」

「あーあ、金閣寺をバックにみんなで記念写真撮りたかったのになぁ」

「言っていても仕方ないわ。ほらどこにするの?」


 きょうどうさんの説得に千宮せんのみやさんがおり、六人は行き先をパンフレットから探す。


「俺はれいと一緒ならどこでも良いぞ」

「私はお土産を買いたいです。知人から催促されまして」


 奇遇にもたけさんと同じ催促を受けていたようだ。京都の品は記念としてはベストなのだろう。海外からの旅行客も京都を好む者が多いと聞く。


「僕も理衣から頼まれまして」

「それだと祇園なんかどうかしら? 嵐山もお土産は有名らしいけれど京都駅からだと遠そうよ」

「えっ、祇園って舞妓さんの? 体験できるのかなぁ?」

「できるでしょうけれど、私は御免だわ。注目の的になるから」

「えーー、私憧れてたんだぁ」

「ならおやりなさいよ。あなたなら似合うと思うわ」

「ホントっ? どうしよっかなぁ」


 祇園かぁ。テレビで見たことあるけど凄く良い所だと聞く。歴史の深い場所なので、かつての人々も同じ風景を見ていたかと思うと感無量である。


「なあ、アレってあるんかなぁ?」

「なに、アレって?」


 突然、しゅうが尋ねてくる。秀馬が言っているアレとは一体。


「舞妓遊びだよ。帯引っ張るヤツ」


「「「「……」」」」


 おいおい、秀馬変なことを言わないで。女性陣全員無言になったじゃないか。


望岡もちおかくん、流石に女風呂に入るだけのことはあるわね」

「ち、違うっ。あれは事故で」

「秀、そんなの……どこで見たの?」


 あまりしゃべらないから知らなかったが、やまさんは秀馬のことを秀と呼んでいるらしい。


「えっ!? いやあ、どこだったかなぁ?」


 墓穴を掘ったようだ。


「あっ、えっちぃビデオだっ!」

「や、やめて千宮さんっ。違うからっ」

「じゃあ、どこ?」


 珍しく不機嫌そうに鵜山さんが追い詰める。結構束縛心が強いようだ。


「友達から借りたゲームだよ。悪代官ゲームってヤツ」


 そ、そんなゲームがあるのか。帯を引っ張るだけのゲームなの? それどこが面白いの?


「あれはフィクションよ。よく時代劇でも悪代官と称される輩がいるけれど、実際の歴史上ではさほどそんな代官はいなかったとされているわ。帯を引くなど面白おかしくしたのでしょう」

「そ、そんなっ。それじゃあ男のろ……っ」


 秀馬が何かを言いかけて止めた。何を言おうとしたのだろうか。


「ろ……なに? 男の浪漫とでも言いたいの?」

「うっ……」


 頭が良すぎる経堂さんには全てお見通しだった。


「そんなに引っ張りたいの?」


 千宮さんが追い打ちをかける。


「引っ張りたいのは違いないけど、俺が引っ張りたいのは玲羅の帯だけだぁぁあああ!」

「――ッ!」


 秀馬が誇張すると鵜山さんが赤面している。喜んでいるのだろうか。


「はいはいごちそーさまー。さ、行こ行こー」


 ふたりのバカップル振りに呆れたのか、千宮さんがバス乗り場に向かっていく。そのあとに皆が続いた。


 祇園行きのバスも混んではいたが、金閣寺よりも距離が短いため何とか到着することができた。バス停から少し歩き花見小路通という場所にやってきた。


「わあ、テレビと一緒だぁ」

「綺麗な風景ですね」


 僕と千宮さんはその景色に魅了された。観光客も多く賑わいを見せている。皆、幸せな表情をしていた。


「ほら、あなたがやりたいと言っていた舞妓さんがいるわよ?」

「あっ、ホントだ! 露出がほとんどないのに何故か艶めかしいんだよねぇ」

「大人の色気というものね。素敵だわ」


 今度は千宮さんと経堂さんが舞妓に見惚れている。僕も綺麗だとは思うけどそれほど興味はなかった。それよりも理衣への土産が気になったのでそちらのことで頭がいっぱいだった。同じ考えだった武樋さんを誘ってみる。


「武樋さんは何をお土産にしますか?」

「何を買ったら良いのか全く分かりません。冨倉とみくらくんは?」

「京都は食べ物も有名なんですけど、それだと食べたら終わりになるので何か記念に残る物にしようかなと思っています」

「それもそうですね。私は食べ物にしようと思っていたんですけど、良い参考になりました」

「でも、品物でとなると何を買ったら喜ぶのやら……」


 ふたりで思案していると他の四人も集まってくる。


「京都と言うとあぶらとり紙が有名だと聞くわ」

「あぶらとり紙?」

「ええ、若い人は顔などに油が多く出るから拭きとることで吹き出物などの予防につながるのよ。理衣さんはテニス部でしょ? 汗をよくかくでしょうからちょうど良いんじゃないかしら?」

「なるほど。……いやでも、消耗品ではなくて記念品にしようかと思っているんですが」

「えっ、そうなの? それじゃあダメね……」


 また思案に戻る。


「ねえ美心みこちゃん、そのなんちゃら紙ってどこに売ってんの?」

「え、祇園通に面したところに一軒有名な店があると書いてあるけれど」

「へえ、私買って帰ろ。自分用に」

「私も買おうかしら? これから夏になっていくのだから」

「そうそう、夏って谷間によく汗たまるんだぁ」


 えっ!? 今なんとっ。谷間って言ったらそこのことだよね? 別の部分で谷間ってないよね?


「あ、あなたっ、男子の前で何を言い出すのっ」

「あっ、そーだ。家帰ったら琉生るいくんに拭いてもらおーっと」


 な、なんだって! そんな所を薄い紙一枚隔てて触ったりしたら……ダメだダメだ、パニックになる。


「あなたっ、冨倉くんになんてことをさせようとしているのっ。ぜ、全部見せて平気なのっ?」

「やだなぁ。下着はつけるよ。そしたらノー問題」

「そういう問題じゃないのよっ」


 あぁ、頭がおかしくなってきた。


「なあ琉生、お前いつもそんな素敵なこと家でやってんのか?」

「ち、違うっ。するわけないでしょ!」


 そんなやり取りを終えて店を探していると一軒の雑貨店を発見する。中に入ると女子が好みそうな可愛いがま口小銭入れがあった。


「これは記念になりそうですね。理衣の好きな黄色に理衣の好きな猫が描かれています」

「あっ、それ理衣ちゃん喜びそうだね」

「これにしますっ」


 即決した。その商品と一緒に父さん用の手ぬぐいを購入する。白と紺二色のもので江戸時代のような柄だ。格好良い。

 土産を買い外に出ると、


「ねえ、舞妓さん体験は?」

「えっ、あなた本当にするつもりだったの?」

「そうだけど」

「でも、他がしないのだからひとりですることになるわよ?」

「それは……やだなぁ。じゃあ、無しにするぅ」


 憧れは無惨にも崩れたようだ。少し可哀想な気もするし、舞妓に興味はないが、千宮さんの舞妓姿は一目見たかったかもしれない。絶対に似合うだろうし。


 その後は四条通を歩き、錦市場を眺めて歩いた。千宮さんが何度となく試食コーナーで立ち止まり経堂さんから怒られていたが。

 そんな市場の中にソフトクリーム屋を発見する。豆乳味という珍しいものだ。暑い季節のため、六人とも一本ずつ購入する。

 隣に据え置かれたベンチに腰を掛けて食べ始める。僕は千宮さんと経堂さんに挟まれている。


「わあ、美味しい」

「そうですね。あまり豆乳って飲まないですが、こんな味なんですね」

「琉生くんはあれだけど、女の子は飲んだ方が良いよねぇ」

「え、何故ですか?」

「それはねぇ……」


 横に座る千宮さんが手にソフトクリームを持ったまま耳打ちしてくる。


「おっぱいおっきくなるから」

「えっ!?!?」


 そうなのかっ。知らなかった。いやでも、千宮さんはもう十分な気がするが。


「またからかい出したわね。悪い癖よ?」

「えへへ――あっ! 琉生くんのアイスがっ!」


 左からの声で自分のソフトクリームに目を向ける。するとからかわれた時に驚いたためにコーン部分にアイスが垂れてきている。急いで食べなければ、そう思った時だった。


「はむっ!」


 えーーー! 千宮さん、僕のアイス食べちゃダメでしょ! このあと食べられなくなるじゃないですか。


「あ、あなたっ! 何をしているのっ! このあと間接キスになるじゃないのっ」

「えーー、でも零れそうだったから。私は気にしないから琉生くん、どうぞーー?」

「えっ!?」


 少し削り取られた部分に目を向けると、周りの四人の視線が僕に向けられる。間接キスをするかどうか見定められているんだ。こんな状況で食べられるわけがない。


「せ、千宮さん、あと食べますか?」

「え、もうお腹いっぱい」

「じゃ、じゃあ、他のみんなは?」


 尋ねるも皆千宮さんと同じ答えだった。どうしよう。食べ物を粗末にすることはいけないことだし。けど、千宮さんは家族なんだ。そのことはみんなも知っている。理衣と交換しているのと何ら変わらない。よしっ、食べよう。


「はむっ!」

「えっ!?!? あ、あ、あなた……食べたの?」


 経堂さんが立ち上がって驚いている。何故そんなに真っ青な顔をしているの?


「やった」


 左から小さな声が聞こえた。何に対する喜びなのだろうか。


「あなたっ! 聞こえたわよっ」

「えーー、何のことーーー?」

「ホント、憎たらしい子だわっ」


 何故か千宮さんと経堂さんのバトルが勃発するのだった。

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