第33話 救出劇

 そんな時だった。

 馴染みのある声が響く。


「わあ! ひっろーーい!」


 せ、千宮せんのみやさんだっ。どうしよう。ということは……。


「ちょっと! はしゃぎ過ぎよ」


 きょうどうさんまで! じゃあ、みんな一緒だと思う。嫌われちゃう。そして逮捕されちゃう。人生終わっちゃう!


 僕としゅうは全く声を出せず息をひそめていた。


「おっ! おっきい岩だね!」


 ま、マズい! こっちへ来るっ!


「岩陰におサルさんが居たりしてーー」


 徐に岩陰を覗きに来た千宮さんと目があった。終わった。一応タオルを体に巻いているみたいだけど終わった。


「あっ! 琉――ッ! ふぐぅ!」


 僕たちのことを察知した経堂さんが千宮さんの口に手を当てて大声を阻止してくれた。


「あなた達、こんなところで何をしているのっ?」

「誤解なんですっ。男子が女風呂を覗こうと計画してたからふたりで阻止しに来たら男風呂が女風呂の時間だったみたいで」

「違うわよっ。先生の話聞いていなかったの? 覗きが起こるといけないから前半は男風呂と女風呂の両方を女子が使って、後半に男子が両方を使うと言っていたでしょ!」

「し、知らなかった……。じゃあ、今は向こう側も女風呂扱いってこと?」

「そうよっ。四方八方女子よ」


 終わった……。さよなら僕の平穏な日々。

 隣を見ると、たけさんの隣に立つやまさんに気付き、泡を吹きそうな顔をしている秀馬が見える。ご臨終間近だ。


「僕ら、自首します。さよなら、皆さん」

「私たちが何とかするから早まらないで」

「経堂さん……」


 いつもいつも経堂さんに助けられてばかりだ。ありがとう、神様な人。


「ほら、みんなもふたりを隠すの手伝って」

「ほいほい」


 岩陰に僕たちを押し込め、入り口を経堂さんと武樋さんと鵜山さんで塞ぐ。そして、千宮さんが周りの様子を窺うという鉄壁の布陣。

 しかし、こんな状況で不謹慎だが、タオルだけを体に纏った経堂さんが間近くでしゃがむうしろ姿は相当色っぽい。濁りが一切ない湯なので体のラインまでハッキリ分かる。それに、髪を結い上げているためうなじが見える。

 秀馬は鵜山さんばかりをじろじろ見ているようだ。鵜山さんもその視線に気付いているので赤らめている。


「ねえ、あっちの方景色良さそう」


 多くの女子がこちらを窺う。


「あ、こっちさぁ、さっきサルがいたんだよぉ。引っ掻かれそうになったよぉ」

「怖っ。じゃあ、手前にしとこ」


 千宮さんが上手く回避してくれている。


「ねえ、千宮ちゃん。タオル巻いたまま入るのダメだよ?」

「えっ!? そ、そっかぁ……」


 千宮さんが追い込まれている。女子の前で全裸になることなんて平気だろうけど、ここでタオルを取ったら僕と秀馬から丸見えになる。


「ねえ、千宮ちゃんの裸見たーーい。絶対綺麗だもん。早く取ってよ」

「え、ええーー、どうしよっかなぁーーー?」


 あの千宮さんが焦っている。僕のためにごめんね。このお礼に何でも言うこと聞いてあげよう。


「はーやーくー。脱いで! 脱いで!」


 女子ってこんな生態なのか。悪ふざけをする上司みたいになっている。


「よ、よおーーーしっ。どやぁーーーー!」


 わざと僕たちに見えないようにタオルをモモンガのように広げている。女子たちからは丸見えだ。


「うわっ!! き、綺麗……っ!!」


 全員が絶句している。そんなに綺麗なのか。だが、この後どうやってタオルを処理するんだろう。すごく心配だ。


「ごめん……。やっぱタオル巻いといて。見てたら私たち死にたくなるから」

「えっ!? じゃ、じゃあ、巻いちゃおっかなぁ」


 上手く見えないように巻き直した。おそらく、あまりに美しすぎた千宮さんと自分たちとを見比べ、その違いで死にたくなるのだろう。ただの想像だが。


 すると、次の瞬間、救世主が現れる。


「ねーーえーー、こっち側の景色すんごいよーーーー!」


 向こう側から大声が響く。こちら側よりも良いと知り、全ての女子生徒が向こう側へと移動していく。こちらは空になったため逃げられそうだ。


「私たちが先導するからこっちへ来なさい」

「はい」


 経堂さんが策を練り、実行に移す。

 脱衣場に移動し、廊下を見張ってくれている間に着替える。僕たちを絶対に見ないということを条件に。僕たちの裸は見られなかったはずだ。

 その後、タオルを巻いただけの四人のおかげで僕たちは廊下に逃げられた。手を振る間もなく、部屋へと走って行った。


 随分風呂場から離れて息を整える。


「助かったなぁ」

「そうだね」

「にしても経堂さんって無茶苦茶頭良いな。あの人居なかったら無理だったぞ。指揮官に向いてるな」

「主席だからね」

「そうなのかっ。どおりで」


 今、主席という事実を知ったらしい。始業式のスピーチは興味がないので聞いていなかったということのようだ。でも、今回は経堂さんもだが、千宮さんの活躍も凄かった。あのモモンガプレイがなければ終わっていた。


 秀馬と別れ、ひとり部屋に戻り、ゆっくりしていた。誰とも話さずひっそりと。

 そんな部屋のふすまが開き、千宮さんが現れる。

 男子部屋なので皆は目を丸くしている。そんな中で手招きをされているので悲惨な状態だ。男子の目が僕に注がれる中、入り口に立つ千宮さんの元へ急ぐ。


「何ですか?」

「ちょっと散歩しよ?」

「はい」


 ふすまを閉めて廊下を歩く。人気の居ない縁側に到着し、ふたりで腰を下ろす。


「さっきは本当に助かりました。ありがとうございました」

「良いよ。美心みこちゃんのおかげだもん」

「そんなことないですよ。千宮さんもいなかったら助かりませんでしたから」

「ホント? 嬉しいなぁ。穴から救出してもらった恩返しができたね」

「いえ、こちらの方が数倍助かりましたよ。刑務所行きのところでしたから」


 浴衣姿の千宮さんを見ていると、吸い込まれるような美貌でおかしくなりそうだった。


「私の裸……見えた?」

「見えてません。モモンガのようにしてたから隠れてましたよ」

「そっか、よかった。結構危なかったんだよねぇ。取れって言われて焦っちゃった」

「綺麗だったことが功を奏しましたね」

「えへへ。……見たい?」

「え、いや、その……一応、男なので……見たい……です」

「そ、そっかぁ。琉生るいくんも興味あるんだぁ」

「え、ええ、まあ……」

「じゃあ、またいつか、ね?」

「……はい」


 はいと答えちゃったけど、僕たちそんな関係なの? 見て良いの? ホクロは本命の彼氏にしか見せないんじゃなかったの?


「琉生くんは……可愛いお尻だったね」

「あっ、着替えてる時見ましたね?」

「えへへ、ちらっと一瞬だけね」

「もうっ」

「綺麗だったよ?」

「それはどうも」


 背中を向けていたはずだから前は見えなかったはずだ。お尻だけならまあ良いということにしておこう。


「こんなところに居たの」


 右を向くと経堂さんが浴衣姿で立っていた。千宮さんを探していたようだ。


「んじゃ、私はこの辺で。美心ちゃんにもお礼言うんでしょ?」

「あ、はい」


 経堂さんの肩をトンと叩いて千宮さんは行ってしまった。千宮さんが座っていた場所に交代する形で経堂さんが座る。


「何の話?」

「あぁ、お風呂事件のお礼です。経堂さん、ありがとうございました」

「いえいえ。最初目に入った時はこちらが失神するかと思ったわよ」

「堂々としていたので、全然そんな風には」

「勘違いしないで。私結構気が弱い方なのよ」

「意外ですね」

「みんなの作ったイメージなだけよ」


 そうか。みんなが主席、天才、万能、クールとイメージを広げているだけで中身は普通の高校三年生の女の子なんだ。


「そういえばお風呂で私のこと見てたわね?」

「えっ!? 知ってたんですか?」

「視線を感じたわ。で、どうだったの?」

「……綺麗でした。特にうなじが」

「そ、そう……。あなたそういう嗜好なの?」

「ち、違います。でも、経堂さんのうなじは綺麗でした」

「それはどうも」


 暑さの中、爽やかな夜風が顔を撫でる。幸せな気分だ。


「いつも経堂さんには助けられてばかりですね」

「あなたも助けてくれたじゃない。痴漢男から」

「あぁ、そんなことありましたね」

「あの日、ファッションショーに誘われた時、あなた私のこと美心と呼び捨てにしたでしょ?」

「え、あぁ、咄嗟だったので」

「あなたは無意識だったんでしょうけど、少しドキッとしたわ」

「えっ!?」


 経堂さんが僕を意識したということ?


「初めてだったのよ。お父さん以外の男性から呼び捨てにされたの」

「そうだったんですか。僕みたいなものが初めてを奪ったみたいですみません」

「あなたでよかった……かも」

「えっ?」

「さっ、そろそろ戻るわ」


 立ち上がって僕の肩を一度だけ軽く叩いて行ってしまった。僕でよかったとはどういうことだろう? そんなことをひとり考えていた。

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