第32話 ご利益
観光は自由行動だと言われているが、行ける場所には限りがある。ほとんどのグループは大仏殿に行く他ないのだ。その周りにいる鹿に餌をあげるという流れだ。僕たちも当然その流れに倣う形となった。
大きな大仏殿が見えてきた。
六人組で回っていると言っても馴染みの加減で三人二組に分かれて行動している感じになっている。
建物内に入ると巨大な大仏が現れる。すごい迫力だ。
「実物はすごいわね。想像を超えていたわ」
「そうですね」
「見て見てっ。柱に穴が開いてるよ?」
「あぁ、それは鬼門避けよ。大仏様のお鼻の穴と同じ大きさで通り抜けると無病息災や祈願成就のご利益を得られるとされているわ」
「ほうほう」
「あぁ、但し、のちの者たちが噂を広めただけで元々はご利益を考えて作られた穴ではないから――」
「せ、
「あーー、挟まったーーー。
「今行きますっ」
千宮さんの顔側に回り腕を引っ張ろうとする。
「
「何ですか?」
「腕を引っ張るのは危険だわ。脱臼の可能性があるわ」
「確かに……」
「うしろから押しなさい」
「分かりました!」
千宮さんの足側に回り、押そうと試みる……が。
うわっ! ぱ、パンツが見えてる。どうしよう。それに押すとなったらお尻を触ることになるし。
「経堂さん、ちょっと」
僕が顔を赤くしているだろう表情で手招きすると駆け付けてくれた。
「どうしたの?――あ、あなた、丸見えよ?」
「えーー、恥ずかしいから早くぅ」
「しょうがないわね」
僕と交代した経堂さんが懸命にお尻を押している。だが、なかなか動かない。全然太っていないはずなのに。だとすれば……胸がつかえているのだろう。大きいし。
そこへ三人が合流する。
「おい、何してんだ?」
「あ、
「何してんだよっ。俺も手伝うよ――」
「ダメっ!
普段、あまり怒らないタイプなのに大声を出されたので秀馬が驚いている。
「どうして?」
「いや、パンツが丸見えなんだ」
「あぁ、そういうことか。俺もシャイだからそれじゃあ無理だ」
「琉生くんは……良いよ?」
何で僕は良いんだ? 同じ男なのに。そういえばさっきパンツを見たけど怒られなかったな。家族の絆か。
「あぁ、私ひとりじゃ無理よ。
何かを渋っている。何を言おうとしているのだろうか。
「冨倉くんっ、千宮さんの顔側でしゃがみなさい。腕を引っ張ると危険だから千宮さんが冨倉くんに抱きつきなさい。その状態で引っ張ってちょうだい」
な、なんだって!! 確かに僕の首に千宮さんが手を回して、その状態で僕が後ずされば脱臼の心配はないけど……。無茶苦茶顔が近くなるよ?
「で、でも……」
「グズグズしないでっ。私も嫌だけど仕方ないのっ」
何故経堂さんが嫌なのかは知らないが、それしか方法はないな。
言われた通りにしてみる。
うわっ、頬と頬がくっつきそう。
「行くわよっ。せーのっ」
ポンっという音が聞こえそうな勢いで千宮さんが抜けた。そのまま後ずさったため仰向けの僕に千宮さんがうつ伏せで覆いかぶさっている状態だ。
「いつまでそうしているつもりなのかしら?」
「あ、ごめん。今のくぅ」
立ち上がってくれたので僕も立ち上がる。背中が汚れたので秀馬にはたいてもらっている。
「ホントにあなたは馬鹿ねっ! 最後まで説明を聞きなさいよっ。言い伝えだけでご利益なんて――」
「ううん。ご利益あったぁ……」
「もうっ! 腹立たしいわねっ」
「けど、無事でよかったです。心配しましたよ」
「ありがとね。みんな」
大仏様も良かったねという表情をしているように見えた。もしかしたら、私の聖域で何をしておるのだ、と怒っておられるかもしれないが。
大仏殿を後にして進むと鹿の群れに遭遇する。近くで売っていた鹿せんべいを六人分買ってあげている。
「うわあ、可愛いなぁ」
「そうですね」
「えっ、
皆がひとりにつき一頭ずつあげているというのに経堂さんだけが周りを取り囲まれている。何故か気に入られている。
「わ、私も知らないわよっ。ちょ、ちょっと離れてもらえるかしらぁ?」
「えい!」
千宮さんがおとり用の餌を違う場所に投げて助けようとするもそちらに行こうとしない。何がそうさせているのだろうか。ぬいぐるみ好きだからだろうか。
「あっ! こらっ! やめなさい!」
鹿の一頭が口でスカートを引っ張っている。ヒラヒラさせるので見えそうだ。
「ねえ、美心ちゃん見えちゃうよ?」
「わ、分かってるわよっ。助けてちょうだい」
「よーしっ、突撃ぃーーー」
千宮さんが特攻をかます。せんべいを持たずに手を上にあげて突っ込んでいくためキレた鹿たちから総攻撃を食らっている。
「い、痛い、痛いっ!」
その隙に経堂さんが逃げられたので、それを確認して千宮さんもその場を離れた。
「ありがとう。まさかあなたに助けられるとは」
「うっうっ、痛い……」
幸いにも怪我はなかったようだ。
そんな奈良観光は終わり、バスで走ること数時間。夜の時間帯に京都の宿泊旅館に到着した。
部屋に関しては一クラスの男子だけ、女子だけといった感じに分けられ、誰とも接点はなかった。一組の男子に顔見知りはいないから。
そんな中、こちらへわざわざ来てくれた秀馬が入り口で手招きしている。着替えを持っているということは温泉に行くのだろうと思い、その準備をしてそちらに向かう。
「やあ、秀馬。来てくれたんだね」
「ああ、ちょっと嫌なことを聞いてな」
「えっ、何?」
廊下に出て人気のないところに誘われる。
「なんかさ、男子たちが結託して女風呂覗こうとしてるみたいなんだ」
「えっ、それは酷いね」
「だろ? 俺、玲羅の裸を他の男に見られるのが絶対に嫌なんだよ。まあ、他の子なら見られても良いのかって話になるけど。他の子もダメだけど、特に玲羅はダメだっ」
「僕も千宮さんと経堂さんが覗かれるのは辛い。阻止しよう」
「よしっ」
ふたりで結託し、覗き阻止計画を実行に移す。男風呂を目指した。
紺の男と書かれた暖簾と朱の女と書かれた暖簾が見える。きっと男風呂側から仕切り板の隙間を狙って覗くつもりだろう。そうはさせない。
男の暖簾をくぐると綺麗な脱衣場が見える。まだ誰もいない。
「おい、着替えが置いてあると俺たちが覗き犯だと疑われるから隠しておこう」
「頭良いね」
誰にも見えない場所に着替えをひっそりと隠した。腰にタオルを巻き、いざ男風呂へ。
そこはとても美しい光景だった。手前に洗い場があり、奥に広大な温泉が見える。濁りはなく透き通った湯は本当に美しかった。右側に仕切り板が見える。そして、向かって左奥にとんでもない大きな岩が見える。
「よしっ、あの陰に身を潜めよう」
「そうだね」
温泉の温度は四十度ほどだ。本当に極楽だった。覗き阻止という義務があるも堪能してしまう。
しばらく岩陰に身を潜めているとついにその時は来た。
入り口の引き戸が開けられ生徒たちの声が……って女子!?!?
「えっ!? 秀馬どういうこと?」
「お、俺も知らないよっ。どうしよう」
マズい。このままでは僕たちが覗き犯に。だが、何故男風呂に女子が入ってくるんだ? そうかっ、時間によって暖簾が架け替えられる仕様で、今は向こう側が男風呂なんだな。
「たぶん、時間で切り替わるんだ。今は向こう側が男風呂なんだよ」
「うそっ……。玲羅に絶交される」
「僕も……。あのふたりに知られたら……」
絶体絶命のピンチの中、僕たちは岩陰から出られずに居た。
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