第28話 女心
「なあ、さっきの子、怖くないか?」
「いや、しっかりしているだけで怖くはないんだけど」
僕が勉強机の椅子に座り、
「
「ち、違うんだっ。それにはわけがあるんだ」
「へえ、あんな美人とひとつ屋根の下ねえ。リア充だな」
「僕もそう思うけど、向こうは弟のようにしか見てないから」
「そっかぁ。それは残念だな」
「だね」
ドアの外から音は聞こえない。小声で話し合っているのだろうか。何を話しているのかとても怖いのだが。
「秀馬は
「ああ、中一の時からだ。小学校入学の時に知り合ったんだけど、最初から暗かった。
「それで好きになったと」
「そう。告白したら関係が壊れるかもって思ってなかなか言えなかった。片想いが二年くらい続いたよ。たまたま中学も一緒だったから中学デビューだって思って勢いで告白したんだ。そしたら案外あっさり頷いてくれた。けど、向こうからは好きだって一度も言われずに五年近く過ぎたけどな」
「結構、大恋愛なんだね」
「人から言われると照れるな」
照れながら頬を指でなぞっている。今の感じだと鵜山さんも好いていると思うけど、頷いた理由や好きだと言わない理由が分からない。どうにか四人が解決してくれると良いんだけど。
「ところで、琉生はどっちが好きなんだ?」
「えっ!?」
「千宮さんと経堂さんだよ。どっちかは好きなんだろ?」
そこが最大の問題なのだ。僕が選ばれることはないからひとりで妄想しているだけだが、仮にふたりから同時に告白されたら現状では選べない。どちらも好きなんだ。最低の男だと自分でも思う。だけど、ふたりにはそれぞれの良さがある。どちらも素晴らしい女性だ。
「それ、悩んでるんだ」
「悩む?」
「どっちも好きなんだよ」
「えっ!? その気持ち絶対言うなよっ。本当に二股になるぞ」
「大丈夫。僕はそんなふうには思われていないから。モテるわけないし」
「けど、もしもの時はどうするんだよ?」
「その時は断る」
「なんで?」
「こんな優柔不断な男よりも良い男の所に行って欲しいから。僕の願いはふたりが幸せになることだから」
「罪な男だな」
「えっ、何が?」
「なんでもない」
秀馬の言葉に不思議な思いはあったが、そんなことより今の状況を打破することを考える。
「少しドアを開けて聞いてみよう」
「……俺、聞くの怖いんだけど」
「きっと大丈夫だから、ね?」
「よし」
ドアを開けると小さい声だが話す声が聞こえる。
「男なんてそんなものよ」
経堂さんの声が聞こえる。
「そうそう、何やっても気づかない鈍男もいるしね」
千宮さんの声も聞こえる。男に恨みでもあるのだろうか。
「あなた、そんな男いるの?」
「へっ、いやだなぁ、いないよぉ、あはは」
笑い声が聞こえてくる。和やかじゃないか。
「でも、男の人たちって罪深いですよね」
「そういえば、お兄ちゃん、最近好きな人できたんじゃないかなぁ?」
「「えっ!?」」
「だ、誰それ?」
「わ、私も興味あるわ」
ほら、食いついてきたじゃないか。けど、ふたりのことが好きな話は理衣にはしていないと思うんだけど。
「それは知りません。だけど、昔は勉強ばっかりだったから私と話しててもあんなに明るくなかったんだけどなぁ」
「そ、そういうこと。そっかそっか」
千宮さんは何を納得しているんですか。というより鵜山さんの声が一向にしないんだけど、解決してるんですかね?
自室のドアを閉めた。
「なあ、俺の相談から外れてないか?」
「横にそれてたね。どうしよう」
しばらくふたりで悩んでいると、ドアがノックされる。
「はい」
入ってきたのは千宮さんと鵜山さんだ。
「あ、玲羅っ。で、結論は?」
「白か黒だったら……」
千宮さんが突然そんなことを言う。グレーというのだろうか。
「ピンクぅ!」
「は?」
意味が分からない。どこにその色が混じるというのか。
「さ、さ、玲羅ちゃん」
千宮さんに促されると秀馬の近くに歩いてくる。
「……帰ろ?」
「――ッ!」
突然、右手を差し出してそう言ってきた。秀馬が今までの悩みが吹き飛んだような顔をしている。
「うんっ! 帰ろう」
ふたり手をつないでニコニコして帰っていった。鵜山さんも心なしかうっすら笑みを零していたように見えた。
ふたりと一緒に武樋さんも帰っていった。理衣も自室に戻ったので、今はリビングで三人になった。
「解決したんですか?」
「まあね。望岡くんが全然アプローチしてこないから嫌われてるのかと思ってたみたい。彼がシャイだって説明したら納得して嬉しそうだったし」
「ああ、なるほど。やっぱり女子に頼んで正解でした。僕たちではさっぱり」
「女心とは難しいものよ」
その時、玄関口でのやり取りを思い出した。
「あのぉ、電信柱の所でどう説得したんですか?」
「ああ、アレ。男子の前で体の秘密を言わせると言ったの」
「そ、それは過酷ですね。じゃあ、なんで千宮さんも頭を下げてたんですか?」
「だって、ホクロのこと他の男子には言いたくないし」
僕の前ではすぐに言ったのに。家族だから言ってくれたのかな。
「それにしても秀馬も鈍感ですよね。あれだけ人見知りの鵜山さんが手をつないでいるんだから分かりそうなものなのに」
「「……」」
えっ、なんでふたりが睨んでくるの? 人を馬鹿にしたから?
「琉生くんがそれ言う?」
「えっ、どういうことですか?」
「はぁ、あなた酷いわね。そんなあなたには罰が必要ね」
「えっ!? 何故ですか? 嫌です、そんなの」
経堂さんがソファに座り直して自分の肩を指差している。
「今日はひと騒動あって疲れたから肩を揉んでちょうだい」
「あ、そんなことなら」
「ズルーーい。私もしてっ」
「はい、あとでしてあげます」
「イーヤー! 先が良いっ」
「あなたっ、我儘言わないでちょうだい。待ちなさいよ」
「ふんっ」
経堂さんの肩に触れる。女の子の肩に触るのは初めてだ。スポーツ万能で筋肉質かと思われたが、かなり柔らかい。女の子なんだと実感した。
「あぁ、上手ね。気持ち良いわ」
「ぶぅーーー。あと一分ね」
「ちょっと待ちなさいよ。あなたは一緒に住んでいるのでしょ?」
「あ、そうだった。じゃあ、琉生くん、今晩お風呂で揉んで?」
「「えっ!?!?」」
「そ、それはちょっとムリかと」
「タオル巻くから」
「あ、あなたやめなさいよっ。はしたない」
「悔しいんだ」
「な、な、何を言っているのっ。私は決して」
「じゃあ、今から入ろ?」
僕の右手を引っ張り始める。このままではマズい。いくら姉弟のような関係だとしても混浴は。
「ちょっと待ちなさいっ」
今度は経堂さんが僕の左手を引っ張る。両方から綱引きされて相当つらい。
「い、痛いですっ」
「ほら、琉生くん痛いって。放して」
「そちらが放しなさい。
「ううん。私たちおそろだから見せ合うのっ」
「な、なんてハレンチなっ」
いや、その理屈だとタオル巻いてないよね。丸見えでは絶対ムリだよ? 僕だって男だから我慢できなくなるかもしれないよ?
そんなやり取りの中、二階から理衣がおりてきた。
「なにふたりで取り合ってるんですか?」
「と、取り合ってなどないわ」
「わ、私も」
すぐに手は放された。このふたりの気持ちが理解できない。本当に女心とは難しいと悟った。
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