第25話 テニスの達人
盲腸から完全回復したある日曜日。
「ねえ、七月にテニスの夏季大会があるんだけど練習に付き合って?」
「いや、ムリだよ。手術したからとかの問題よりも運動音痴なの知ってるでしょ?」
「えーー」
二階から
「あっ、
「えっ!? 私、運動はちょっと……」
「苦手なの?」
「うん。走ったりするのきらーい」
「うそ……。運動神経良さそうなスタイルなのに」
「ごめんね」
ふたりから断られ、深く悩んでいる。
「誰か居ないかなぁ? 運動神経抜群な知り合い……」
スポーツ万能な人かぁ……。
「あっ!
「あっ!
僕たちは同時に声を発した。
「え、経堂さんってそんなに運動神経良いの?」
「うん。相当だよ。成績は一年の時からオール五らしいし」
「えっ!? そんな人この世にいるんだぁ」
「僕も初めて聞いた時そう思ったよ。同じ人間なのかと思えてくるよ」
「でも、私の美貌には勝てないんじゃなーい?」
腰と頭に手を当ててモデルのような格好をしているが、少し静まりかえる。
「な、なんでしーんとなるの?」
「いえ、経堂さんも美貌に関してはなかなかかと」
「あっ、ひどーい。
「あ、いや、そういう意味ではなくて」
「うっうっ、乙女の心は傷つきました」
またしゃがんで泣き真似を。慰めないと。
「千宮さんも綺麗ですよ」
「も、なんだ」
「と、兎に角、経堂さんに電話してみましょう」
「あ、逃げた」
僕から電話を掛けてみる。
『あら、
「あの、理衣からの頼まれ事なんですが、テニスの練習に付き合って欲しいらしくて」
『私が? 良いけれど、理衣さんテニス部よね? 私で務まるのかしら?』
「大丈夫ですよ。経堂さんは万能なので」
あっ、隣から睨まれている。何故に?
『あなたが言うなら行くわ。どこに行けば良いの?』
「家に来てください。そこからみんなで行きます」
『了解』
電話を切って顔をあげると、
「電話、楽しそうだったね」
「いや、そんなことないですよ。理衣の頼みなので」
「えっ、お兄ちゃん嫌々だったの?」
「いや、理衣まで何を言うの?」
「ふふふ」
まただ。入院などがあって忘れていたこのからかい。まあ懐かしいし良いかな。
しばらくすると経堂さんがやってきた。
「どうも」
「あ、経堂さん。私のためにすみません」
「良いわよ。一応動きやすいスタイルで来たけど道具はないわよ?」
「私のラケットを貸します。コートはいつも借りてるテニススクールのところがあるので」
「そう。千宮さんも行くのでしょ?」
「行くけど、私はしないよ? 音痴だから」
「この機会に体育の指導もしましょうか?」
「えっ、ヤダ」
みんなが楽しそうにしている。僕はお腹が痛いと言って見学していよう。
歩いて二十分ほどのところにテニススクールはあった。日曜日なので生徒も多いが、空けられているコートがある。恐らく特別者用なのだろう。
「じゃあ、許可もらってくるんで待っててください」
理衣が建物の中に入っていった。
「ねえ、何で美心ちゃん何でもできるの? 未来から来た宇宙人なの?」
「失礼ね。人間よ」
「苦手なものとかないの?」
「あるわよ」
「え、なになに?」
「虫よ」
「えーー、フツーーー」
話していると理衣が戻ってくる。
「使って良いそうです。じゃあ、お願いします」
僕と千宮さんは青い長ベンチに座って眺めている。コートの真ん中に置かれたスコア表の近くに座っているので両者ともよく見える。
「じゃあ、軽くラリーしますね?」
「ええ、どうぞ」
どれほど経堂さんが万能でも、理衣も運動神経は相当良い方だ。更にはテニス部に所属しているのだから圧勝のはずだ。
ラリーを軽めに始めているが、どちらもミスをしない。永久に続きそうだ。
「ねえ、ふたりとも上手過ぎない?」
「はい、羨ましいです」
「私と琉生くんがやったら、サーブからネットに引っ掛けそう」
「ですね」
徐々にラリーのスピードがあがっていく。少し本気を出しているようだ。それでも経堂さんはミスをしない。結構なスピードだと思うんだけど。テニス経験者なのかな?
最後のギアが上がる。理衣の表情を見れば本気だと分かる。妹だから辛そうな顔はすぐに分かるから。だが、悲しいことにそれでも経堂さんは付いてくる。
「あっ!」
なんと、理衣が先にミスをしてしまった。
「う、うそ……」
ショックを隠せない感じだ。どう慰めようか。
「う、嬉しいっ!」
は? どういうこと?
「こんな相手初めてかも。学校のテニス部の中で負けたことないから。是非手合わせして欲しいっ」
スポ魂アニメを見ているようだ。余計熱があがっている。僕からすると異常だ。
「もう一回、お願いします」
「ええ、どうぞ」
というより、あれほど走っているのに経堂さんの息がひとつもあがっていない。化け物だ。いや、女の子にその言い方は失礼か。
それからしばらくラリーは続くが、一度も理衣は勝てなかった。
「つ、強すぎる……」
ふたりがこちらに戻ってくる。
「経堂さん、すごいですね。本気で目指せばウィンブルドンに出られるんじゃないですか?」
「私は興味ないわ。椅子でじっとしている方が性に合ってるから」
「美心ちゃん、嫌味にしか聞こえなーい。今だけ性悪女に見えるぅ」
「な、なんて酷いこと言うのっ。流石の私も傷つくわっ」
少し悲しそうな顔をしている。それは理衣も同じだ。
「じゃあ、私と勝負してよ」
「あなた、音痴なのでしょ? 私に勝てるわけ――」
「勝者にプレゼントがあります」
「私にプレゼントをあげると言ってるも同然よ?」
「ふふんっ、美心ちゃんが欲しいプレゼントかどうかは分かりません」
「えっ、それどういう意味よ?」
千宮さんのことだからまた何か企んでいるな。少し面白そうだ。
「勝った方が琉生くんに頭なでなでしてもらいまーすっ」
「えっ!?!?」
また僕にもとばっちりが来た。面白そうだと思えば思うほど被害を被るのは何故?
「さーて、美心ちゃんどうするぅ? わざと負けるもありだよ?」
「くっ……良いわ。やりましょう」
「おっ、乗ってきたねぇ」
理衣からラケットを借りて千宮さんと経堂さんがコートに立つ。おそらく経堂さんはわざと負けるつもりだろう。
「行くわよ」
「はーい」
経堂さんがサーブを打つがネットにかかる。絶対わざとだ。先程のラリーからしてあり得ない。おそらく千宮さんをなでなですることになりそうだ。
「あれれ? ド下手になってますわよぉー?」
「ち、違うわ。目の錯覚よ」
「じゃあ、私もっ」
えーーーー! どんだけ下手なのっ。今真横に飛んだよ?
「あなた、冗談よね?」
「う、うん。もっかいやるっ」
また同じ結果になってるぅ。僕より音痴じゃなかろうか。
「ちょっと待ってっ。これだとずっとデュースになるじゃないの」
「え、そんなことないよ。美心ちゃんが点取れば終わるよ?」
「……じゃあ、貸しなさいよ」
その後、経堂さんのプレイが一変する。吹っ切れたのか本気を出す。あっけなく幕切れした。
まさか経堂さんをなでなですることになろうとは。
「ひ、ひどーいっ。なんで本気出すの?」
「終わらないでしょ! 仕方ないの」
「嘘だっ。なでなでして欲しかったんでしょ?」
「えっ!?……そんなことは」
「あっ! 今、間があった!」
「うるさいわねっ」
僕が座っているベンチに寄り、経堂さんがひざまずく。
えっ!? 本当に撫でるの?
「じゃあ」
あ、髪の毛サラサラだ。
ずっと無言で下を向いているので経堂さんの表情は伺い知る事は出来ない。
「ズルーい。私もして欲しいっ」
ささっと駆け寄り、同じように千宮さんがひざまずく。撫でろということなのだろう。
そちらに手を伸ばした時、経堂さんが手で僕の手を止めた。
「あっ! 何するのっ、美心ちゃんっ」
「これは勝者専用なのでしょ?」
「うぅぅ。家でじっくりやってもらうもんっ」
「あっ、ちょっと」
走ってコートを後にしてしまった。
理衣はその後、経堂さんからプレイのコツを聞き、大満足で帰宅した。
家に帰ってから散々なでなでさせられたことは言うまでもない。
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