第24話 退院

 次の日の朝。

 入院患者の横で寝坊を決める姉の姿が見える。全然しっかりしていない。もうすぐ朝食の時間なのに。


 朝七時。病院の朝食時間は早く、もう看護師さんがやってきた。


「はーい、ご飯ですよ。ってまだ寝てるの?」

「もう少し寝かせてあげてください。昨日疲れてると思うので」

「優しい彼氏さんで羨ましいなぁ。じゃあ、ここに置いておきますから」


 もう彼氏だということは否定しないでおこう。面倒だから。


 今日も質素な食事だな。先に食べようかな。

 そう思った時、


「お腹減ったぁー」


 千宮せんのみやさんが起き上がった。


「あっ、ズルい。先に食べてるぅ」

「す、すみません。寝かせてあげようと思って」

「そっか。私の分のご飯どうしよ?」

「半分食べますか?」

「それはダメ。栄養を考えて作ってあるから食べなきゃ。下の売店見てくる」

「はい」


 しっかりしている所はしてるんだよなぁ。折角だから帰ってくるまで待っていることにしよう。


 しばらくしてドアが開く。


「ただいまー」

「おかえりなさい。何を買ってきたんですか?」

「コレ」


 ただの白い塩にぎりと水だけ。こってり派な千宮さんがどうして……?


「もっとありませんでしたか? サンドイッチとか牛乳とか」

「食べられない人の前で食べるのイヤ」


 あ、気を遣ってくれたんだ。嬉しいな。


「ありがとうございます」

「えへへ、食べよ?」

「はい」


 ふたり仲良く食事を摂った。


 それから数時間後、午前十時頃になった時。

 ノックの音と共にドアが開かれる。看護師さんかな。


「あれ? 美心みこちゃんっ。どうしたの?」


 見ると私服姿のきょうどうさんが入ってきた。


「え、学校はどうしたんですか?」

「休んだわ」

「えっ、ダメですよ。僕なんかのためにズル休みなんて」

「あなただからよ。放っといてちょうだい」


 千宮さんが出した椅子に腰かけている。


「ねえ、美心ちゃん。琉生るいくんのこと見ててくれる? 私、着替えとか取りに帰らなきゃだし」

「分かったわ。夜まで居るつもりだから気にしないで」

「ありがと。早めに戻ってくるから」

「ええ」


 そう言って千宮さんは出て行った。経堂さんとこの空間でふたりか。


「昨日は帰ってしまってごめんなさい」

「良いですよ。家の用事があったんでしょ?」

「ええ。その分、今日はお世話させてもらうわ。何して欲しい?」

「いえ、横にいて話をしてくれるだけで良いです」

「そう」


 ずっと僕のことを見ている。よほど心配させてしまったようだ。


 ドアがノックされ、看護師さんが入ってくる。


「どうも――えっ!? か、彼女さん二人いるの!?」

「えっ!? ち、違いますよっ」

「今の若い人って進んでるのねぇ。二股OKなんだぁ」


 いやいや、そんな人いませんよ。というかどちらも無関係な人たちです。ただの友達です。


「じゃあ、今日の彼女さんにも拭いてもらおうかな?」

「いや、良いですって」


 僕に構うことなく、経堂さんにタオルを渡していく看護師さん。悪意を感じる。手を振って帰っていってしまった。


「も、ということは千宮さんに拭いてもらったの?」

「そ、そうですけど……」

「それで、私に拭かれるのは嫌だと?」

「えっ、そういう意味じゃあ」

「ふふ、冗談よ。拭いてあげるから脱ぎなさい」


 いやいや、どうしよう。女の子ふたりに裸を見られるなんて羞恥心が……。


「う、上だけにしてくださいね?」

「えっ!? そ、そのつもりよ? し、下は流石に……」


 あっ、墓穴を掘ってしまった。経堂さんが気まずそうだ。余計なことを言ったな。


「じゃ、じゃあ、脱ぎますね?」

「え、ええ」


 浴衣の上着を脱ぎ、上半身を露出させる。


「お、男の子にしては綺麗ねぇ。瑛太と全然違うわ」

「え、どう違いますか?」

「瑛太は野球をやっているから傷だらけだし、黒く焼けているから」


 それって白のもやしっ子ってことじゃないだろうか。


「えっ!? この位置……」


 あ、気付かれた。昨日千宮さんがお揃いと言っていたアレに。


「そ、そうです。千宮さんと一緒の場所らしいです」

「そ、そう。珍しいわね」

「ですね」

「そ、それじゃあ、拭くわね」

「お願いします」


 また千宮さんとは違った拭き方だ。少し強めだが、しっかり汚れを取ろうとしてくれている。どちらも正しい。


「はい、終わったわ」

「ありがとうございました」


 浴衣を着直して紐を結んでいると、


「良いわね、あの子は」

「えっ?」

「別に」


 何が良いんだろう。さっぱり分からない。


 それからしばらくして昼食時間くらいに千宮さんが戻ってきた。


「ただいまー」

「あ、おかえりなさい」


 重たそうな荷物をふたつ抱えている。


「あなた、退院までずっと泊まる気?」

「そうだよ」

「……私、ずっとはムリだけど手術当日の明日だけは学校休むわ」

「だ、ダメですよ。成績に響きますよ」

「普段から成績を取り貯めているから」

「じゃあ、美心ちゃんも泊まる?」

「いや、それはムリね。ご飯の用意をしないといけないから夜には帰るわ」

「そっかぁ」


 荷物を床に置いてソファに向かった千宮さんが置かれているタオルに気付く。


「あ、体拭いてもらったの?」

「はい。経堂さんに拭いてもらいました」

「ねえ、美心ちゃん見た見たぁ?」

「……ホクロ……でしょ?」

「そうそう。おそろなのっ」

「そうらしいわね」

「羨ましい?」

「ば、バカなことを言わないで。そんなもの必要ないわ」

「そっか」


 それが普通の反応です。ホクロのおそろで喜ぶ人の方が少ないですよ。




***




 それからはふたりの甲斐甲斐しいお世話のおかげで順調に入院生活は過ぎていった。絶食の術前術後も予後は良好だった。予定通り三日間で退院できることになり、やっと退院の日となった。


「琉生くん、荷物全部持った? 忘れ物ない?」

「はい。大丈夫ですね」

「あっ、お兄ちゃん。これは私が持ったげる」


 父さんが車を走らせ、理衣りいも来てくれた。父さんが入院費の支払いをする中、三人で荷物を運んでいる。経堂さんは用事があり、退院の日はどうしても来られないとのことだった。本人は来たがっていたのだが。


「よしっ、支払い終わったから行くぞ」

「はい」


 医師と看護師さんに挨拶をし、病院を後にした。

 車で走ること三十分、自宅に到着する。約一週間ぶりの自宅だ。懐かしさを感じる。


「荷物は父さんが運ぶからお前たちは先にあがってなさい」

「ありがとう」


 父さんにお礼を言って家の中に入る。


「やっぱり家は良いなぁ」

「でしょ? ふるさとって感じがするね」


 千宮さんは入院中ずっと病室で泊まっていてくれたので、荷物を取りに帰る程度だったので家で寝るのは僕と同じ期間ぶりだろう。申し訳なく思っている。


 荷物の整理が終わり、四人で夕食を食べた。病み上がりなのであっさり食にしてくれた。みんな、僕に合わせてくれる。感謝している。


 夕食後、仏壇の前に座った。


「母さん、ただいま」


 線香をあげて手を合わせる。母さんと同じ場所に行くかもしれないと恐怖したけど、何とか戻ってこられました。母さんが守ってくれたんだね。ありがとう。


「ねえ、部屋行こ?」

「はい」


 千宮さんに手を引っ張られて部屋に向かう。久しぶりの自室に入ったが、埃はなかった。


「理衣ちゃんが掃除してくれてたんだって」

「へえ、理衣が。お礼言わないといけませんね」

「ねえ、ちょっと座ってくれる?」


 先に腰を下ろし、正座をしている千宮さんの隣に僕も座る。何だろう。


「ここ、頭乗せてくれる?」


 指差しているのは膝部分。膝枕ということなのだろう。


「何でですか?」

「救急車来る前に美心ちゃんがやってたから。美心ちゃんだけズルいなぁって」


 ズルいってそういうものなの? でも、してみたいし甘えよう。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞどうぞ」


 あ、経堂さんより柔らかい。背が大きくて柔らかい肉質だからかなぁ?


「良いですね」

「美心ちゃんとどう違う?」

「そうですねぇ……。経堂さんより柔らかいですね」

「えっ、ホント! 嬉しいなぁ」


 その嬉しいはどういうことか分からない。それに、事あるごとに経堂さんと比べたがるのは何故だろう。優れている能力を有する経堂さんをライバル視しているのだろうか。


 それは分からないが、兎に角退院できた喜びと膝枕の温かさに満足感を覚えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る