第23話 付き添い
午後七時。病院から連絡を受けた父さんと一緒に
「お兄ちゃんっ! 大丈夫っ!?」
「うん。大丈夫だよ。盲腸だって」
「先生が私に連絡し忘れてて。酷いよ」
「そっか」
兄妹なら連絡をするはずなのにと思っていたが、先生のミスだったのか。
「着替えとか要る物持ってきたぞ。母さんのことがあるんだから心配させないでくれよ。お前まで失ったら……」
「ごめん」
父さんが目に涙をためている。みんなで元気に過ごすって約束したのに悪いことをした。
理衣も残ると言ったのだが、夏の大会に向けてテニス部の早朝練習などがあり、渋々父さんと帰っていった。休むと言っていたけど、
「何か飲む?」
「そうですね。手術当日以外は食べても良いらしいですから」
医師から聞いた話なので大丈夫だろう。それと、二年最後に腹痛を起こして保健室に行ったが、あの時の腹痛も盲腸の前兆だったらしい。気付かなかった。人に早く行った方が良いと言っておきながらこのざまだ。
「お水で良い?」
「はい」
寝ている状態なので少々つらい。吸い飲みなどがあれば良いのだが。
「口移ししたげよっか?」
「また千宮さんは。僕をからかって」
「これは本気」
「えっ!?――イタタっ」
「あ、ほら起き上がっちゃダメだよ」
千宮さんが変なことを言うから。口移しの意味を分かっているのだろうか。
「でも、それ……キスになりますよ?」
「
「え、でも……」
意味を分かった上で言っているのか。僕は家族として見ているんじゃないの? あ、逆に家族だからキスをしても何の感情も沸かないってこと? いや、それはおかしい。
「良い? 口に含むよ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。吸い飲みを探して来てください」
「え、何それ?」
「たぶん病院の売店に売られていると思います。やかんのミニチュアみたいな形をしていますから」
「なんだ、そんなものがあるんだぁ。ははは、恥ずかしいなぁ、もうっ」
吸い飲みの存在を知らなかったようだ。財布を持って買いに行ってくれたみたいだ。流石の千宮さんも恥ずかしそうだったな。
しばらくすると売店から戻ってきた。
「あったよぉ。コレでしょ?」
「そうそう、それです。助かります」
ペットボトルの水を吸い飲みに入れて持って来てくれた。
「どうしたら良い?」
「じゃあ、ゆっくり入れてもらえますか?」
「うん」
いつも雑な千宮さんが本当に優しく丁寧に口に水を運んでくれた。嚥下を起こすことなく飲むことができた。
その時、ノックをして看護師さんが入ってきた。
「あら、優しい彼女さんですね」
「え、ちが――」
「はいっ!」
えっ、なんで肯定するの? 僕は弟っぽい何かでしょ?
「でも、わざわざ寝たまま飲まなくても良いですよ。術後じゃないんですから」
「え、起き上がって良いんですか?」
「当たり前です。トイレも歩いて行ってください」
とんだ勘違いだった。安静にと聞いていたからてっきり。普通の生活を送っても良いらしい。
「でも、体は拭くの辛いでしょうから彼女さんにお願いしよっかな?」
「えっ!?」
「はい、やりますっ」
「えっ!?」
「じゃあ、これタオルです」
えっ、体拭くの? 千宮さんが? 裸見られちゃうの?
血圧や体温を測定したあと、笑顔で看護師さんが部屋を後にした。
「じゃあ、脱いで?」
「えっ、じ、自分でやりますから」
「良いじゃない。家族でしょ?」
まあ、そうか。っていやいや、僕だって理衣の体を拭いたことなんて無いよ?
「でも……」
「脱がないんだったら私が脱がそー」
「え、あ、ちょっと」
よく入院患者が着ている浴衣式のため、下にはパンツしか着用していない。紐をほどかれ、肩脱ぎさせられる。
「じゃ、じゃあ、上だけで勘弁してください。下は流石に」
「分かった。じゃあ、上だけね」
起き上がっても良いということなのでベッドに座り、下半身を掛布団で隠している。
とうとう上半身があらわになる。
「あ、綺麗……」
「いや、ちょっと見ないでください」
真正面からジロジロ見られている。恥ずかしすぎる。
「えっ!?!? 琉生くん……私と同じところに……」
何のことを言っているのか分からず、千宮さんの視線の先を見ると、僕の左胸の突起横のホクロが見える。自分の裸なんてマジマジ見ないから知らなかった。っていうか、ここにあるのっ? 想像しちゃうんだけど。
「何か……嬉しい……かも」
えっ!? なんで!? こんな共通点恥ずかしいだけでしょ?
「ま、まあ良いや。拭いてくね?」
「あ、すみません」
何故かご機嫌な千宮さんが優しくタオルで体を拭いてくれた。母さんも拭いてくれたことがあったな。
拭き終えると看護師さんが現れる。
「良かったわね。彼女さんに拭いてもらって。今測ったら血圧あがってたりして」
「そ、そんなことありませんっ」
「夕食持ってきたわよ。時間過ぎちゃってるんだけど特別に持ってきました」
「ありがとうございます」
病院食を置いてすぐにニヤニヤしながら看護師さんが出て行く。
「食べさせてあげよっか?」
「いえ、自分で――」
「むぅぅ」
何で怒ってるの? 仕方ない、甘えよう。
「じゃあ、お願いします」
「あはっ。何から食べる?」
献立はいたってシンプルだ。薄め色の味噌汁と軟飯、それと小さい煮魚にブロッコリーと人参だけ。
「じゃあ、煮魚から」
「ほい。お姉さんが骨を取ってあげましょーねー」
「いや、たぶん骨は抜いてあると思いますよ?」
「え、そうなの?」
やはり姉気分だったか。異性として見ているはずがないと思っていたが。
「なら、このままあーん」
「むぐむぐ――ッ! ほ、骨ありましたね……」
「えっ!? この病院酷いねっ」
「だ、ダメですよっ。聞こえますから」
「あちゃ、ごめん」
手術を控えた入院だというのに楽しい食事となった。千宮さんがいれば明るくなれた。
時間も夜九時を回り、看護師さんが確認に来る。
「あれ? まだ居たの。もうそろそろ帰ってくださいよ。ここはホテルじゃありませんよ?」
「えっ、泊まれないんですか?」
「当たり前です。小さなお子さんだけは付き添えますけど」
入院病棟に外からの人間を泊めて細菌をばら撒かれたら困るだろうから当然だろう。健常の方なら大丈夫なただの風邪でも大病を患う方には命取りになるから。
「で、でも、琉生ちゃんは小ちゃいからお姉さんが居ないと寂ちいのよね?」
「えっ!?」
赤ちゃんごっこになってきた。そこまでして泊まってもわらなくても大丈夫なのだが。
「しょうがないわねぇ。聞いてきてあげるからちょっと待ってて」
「お願いします」
呆れ顔で看護師さんが部屋を出て行った。
「そこまでしなくても。夜中ずっとここにいたら疲れますよ? ソファで寝たって回復しませんし」
「琉生くんは帰って欲しいの?」
「……いて欲しい……ですけど」
「じゃあ、私の心配しないのっ」
「はい」
病気の時くらい甘えようかな。
少し時間を置いてドアが開けられる。
「今日は入院患者さんが少ないから良いって」
「やった。看護師さん、ありがとうございます」
「但し、明後日手術だから絶対そういう行為はやめてね? 巡回に来るからね?」
「はい」
いやいやいやいや、そういう行為って何? カップルでもないのにあり得ませんよ。看護師さんにまでからかわれるとは思わなかった。最近の女性は怖いな。
看護師さんが千宮さんに掛布団と枕を渡している。その後、部屋を出て行った。
ソファにそれらをセットして制服姿のまま千宮さんが横になる。
「制服のままになってすみません」
「良いの良いの。明日、取りに帰るから」
「でも、本当は帰って欲しくなかったです。今、とても安心しています。人と居るって素晴らしいですね」
「良かった。琉生くんが少し元気になってくれて私も安心したよ」
「そういえば、どうして
「私じゃ説明分かんないし。それにその方が良いかなと思って」
「え、何が良いんですか?」
「別に……。気にしないで」
理由は教えてくれなかった。千宮さんもひとりで不安だったから誰かを頼りたかったのかもしれない。そのままゆっくり眠りにつけた。
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