第21話 ファッションショー
女性が大多数を占める店内の奥へ進むとファッションショーのために用意された席が見える。四列ほどなので座れるとしても三十人程度だ。他は立ち見を余儀なくされている。一応彼氏と思われる男性の姿もちらほら見えるが、女性の数を見るに同性がファッションの参考にしようという目的の方が多いのだろう。
そんな席の前に一段高くされた舞台が見える。おそらくは三人が立つ場所だろう。全員知り合いなんてこちらも恥ずかしくなる。
右側一番うしろの辺りだけ空きスペースがあったのでそこで立ち見することにした。ここなら目立たないので三人は気付かないだろう。
「お待たせしました。それではファッションショーを始めまーす」
先程会話をしたおねえ系のスタイリストのマイク音が聞こえる。表には出ていないので裏方なのだろう。
「最初は
その掛け声と共にモデル――僕の妹がカーテンから出てきた。少しメイクも施されているのか普段以上に可愛い。いつも通りポニーテールにされた黒髪に、白のニットと緑の半ズボンを身に纏っている。ボーイッシュかつあどけなさを感じるスタイルだ。
会場からは拍手が起こっている。男性客がスマホで写真を撮っているが、気分が悪い。悪用されたらどうしよう。
「お次は
再び呼びかけが入り、モデルが登場する。
うわっ、何アレ!? 神!?
髪型は先程と変わらず黒髪をうしろで軽くまとめ上げている。それに紺の上着に黒のスカートを合わせている。スカートが特徴的でアシンメトリーになっており片方の足だけ膝少し上の丈になっている。理衣とは違い大人っぽいスタイルだ。可愛い系よりも美人系な
顔を見るととても嫌そうだが、知り合いのために頑張っているようだ。先程よりも男性客からの視線が熱い。納得できるが何か嫌だな。
「最後は
最後に呼ばれたモデルが歩いてくる。
あ、この人、人間なの?
ふわっとした茶髪ロングパーマのお人形さんが歩いてくる。作り物かと思われるほどの完成度だ。グレーのシャツは少し丈が短く少し素肌が見えている。それに赤のミニスカートを合わせている。結構露出が激しい。ダントツの派手さだ。まあ、
あっ、あの男! 下の方ばっかり撮ってる。なんて卑劣なっ。逮捕もんだっ。
三人が並んで立っているが僕には気付いていない。良かった。
「右からアメリカ、フランス、イタリアのブランドとなっております。店内で販売しておりますので、お気に召しましたらご購入をご検討くださいませー」
その順番には納得がいく。何となくのイメージだが、アメリカはボーイッシュな感じが多い印象がある。理衣が着ているもののような。そして真ん中に立つ経堂さんのアシンメトリーさはフランスの雰囲気を感じる。奇抜だけど清楚みたいな。最後のイタリアは派手さを強調する傾向にある。と言っても専門家ではないので当てずっぽうだが。
僕の隣に立つ女性がスマホではなく一眼レフを持ち出している。ガチのお方だろう。上部に大きなフラッシュが取り付けられている。そのフラッシュで何度も三人を撮影している。雑誌編集者だろうか。
とその時である。
フラッシュの眩しさで一瞬こちらを見た理衣が僕に気付いてしまった。すぐにふたりに教えている。マズい。逃げようにも人混みで移動できない。
あとのふたりも気づいてしまい、じっとこちらを見ている。経堂さんは恥ずかしい表情を浮かべ、千宮さんは小悪魔的な笑みを零している。またあとでからかわれることだろう。
「それでは十分経ちましたのでファッションショーを終わらせていただきます。皆様、ありがとうございました!」
三人がカーテン裏に引いていく。盛大な拍手が巻き起こっていた。
その後、客は散り、ようやく動けるスペースを確保できた。店内で三人を待つ。
しばらくすると自分の私服に着替えた三人が登場した。経堂さんは地味になったが、千宮さんも理衣もあまり変わらない恰好をしていたらしい。よくそんな派手な恰好で外を歩けるなと感心する。
「あ、
「あ、どうも。三人とも綺麗でしたよ」
「あは、お兄ちゃんから褒められた。私のこと見直した?」
「そうだね。母さんに似てきたよ」
「ホント! 嬉しいなぁ」
千宮さんと理衣と話す中、経堂さんだけ黙っている。
「ねーえー、まだ怒ってんの?」
「私はやりたくなかったの。恥ずかしいったらありゃしない」
「でも、可愛かったよ?」
「……それはどうも。あなたの服は派手だったから男性客がいっぱい写真撮ってたわよ?」
「えっ!? うそー、なんかヤダ」
「男なんてそんなものよ」
怒っていた経堂さんを上手く宥めたようだ。まあ確かに男は女の子に興味津々だから仕方ないだろう。誰だって顔、胸、足と見るだろうし。
「琉生くんもジロジロ見てたの?」
「えっ!? ぼ、僕はファッションという観点から見てましたよ。やましい気持ちはありません」
「あれ? お兄ちゃん顔赤いよ?」
「理衣、やめて」
「ぷ、ふふふふ」
千宮さんが笑い、それにつられてふたりも笑っている。まあ、みんなの笑顔が見られるならからかわれても良いかな。
「みんな、ありがとうねぇ。助かったわぁ」
スタイリストさんが奥から出てきた。
「いえいえ。私たちも楽しかったですし」
「ホント! あなた達ならプロになれそうだけど……。まあ、スカウトはまた今度。それじゃあコレね」
女性店員が持ってきた三つの高級袋をそれぞれに渡している。
「コレって?」
「言ったでしょ? 着た服はあげるって」
「いや、あれ冗談だと……。こんな高い物もらえませんよ」
千宮さんにも律儀なところがあるようだ。てっきり、わーい、とか言ってすぐ受け取ると思ったのだが。
「宣伝費よ。コレ着て外歩いてもらえばうちも助かるの。ウィンウィンよ」
「え、じゃあ……」
「友達に自慢してね。因みにソレ、一着五万だから」
「「「えっ!?!?」」」
女性陣が全員大きな声をあげる。僕は驚きすぎて声が出なかった。なんという高値。服だけでそんなにするの?
服の値の恐ろしさを知ったところで四人で店を後にした。
「ねえ、お腹空いたし、何か食べに行こうよ?」
「そうね。私たちも食べていなかったし」
「あ、私この近くで人気のイタリアン知ってますよ?」
「理衣ちゃん、ホント? じゃあ、そこにしよー!」
僕の意見は全くないままそのレストランに行くことになった。昔から僕は流され体質なのだ。
ビルから出てしばらく歩くとテラス席のある店が見える。現在の時刻は午後三時なので客は少ない。ファッションショーで昼食が遅くなったが好都合のようだ。
店内に入り、四人掛けのテーブルに座る。テラス席にしようかと思ったのだが、車の埃などを気にしてやめておいた。
僕の右に理衣が、僕の前に経堂さんでその隣に千宮さんが座っている。僕と経堂さんが通路側だ。
「どれにしよっかなぁ?」
「私はグラタンにするわ」
「でもここスパゲッティが名物って書いてあるよ?」
「パスタは飛び汁を受ける可能性があるから嫌なのよ。よそ行きの服が汚れてしまうから」
「私ぜーんぜん気にしない」
「あなた……。楽な性格してるわねぇ」
ふたりが争う中、僕も品物を選ぶ。
「お兄ちゃん、半分こずつしようよ?」
「良いけど、何と何が食べたいの?」
兄妹なので皿を交換して食べ慣れている。その方がふたつの味を楽しめるから。まあ、いつも二品とも理衣が決めているけど。
「たらこスパゲッティとエビピラフ」
「分かった」
全員の注文が決まり店員さんに提示した。
「ところで、ふたりで出掛けてたの?」
「ええ。みんなで出掛けようと思って家を訪ねたらあなた達が出掛けたと聞いたから、
「ふーーーん」
「な、何よ?」
何か意味深な表情をしながら千宮さんが経堂さんの顔を覗いている。どういうことだろう。
「別に。何でもなーい」
機嫌が良いのか悪いのか分からない表情だ。
そうこうしていると品物が届いた。僕はエビピラフ、理衣はたらこスパゲッティ、経堂さんはえびグラタン、そして千宮さんはカルボナーラだ。
「うわあ、おいしそー」
「そうね。綺麗な見た目ね」
みんなで手を合わせて食べ始める。
「美味しいですね」
「ホントだぁ。絶品!」
皆でその美味しさを噛み締めていた。
そんな時、
「あっ、あなたっ。かかったじゃないっ」
「あっ、ごめーーん」
千宮さんがパスタをすすった際に白のソースが経堂さんの服に飛んでしまった。黒だからすごく目立つ。
「シミになるかしら?」
「ちょっと待っててください」
セルフの水を急いで汲み、席に戻る。テーブルに備えられた紙ナプキンをその水に浸けて服を叩く。左袖口だから経堂さんがこちらに手を伸ばしている。
「取れそう?」
「大丈夫だと思います」
「ごめんね、美心ちゃん」
「良いわよ。仕方ないわ」
ポンポンと叩き続けると見えなくなるまで取れてきた。
「琉生くんって美心ちゃんに優しいよね?」
「えっ!? そんなことないですよ」
「そうよ。冨倉くんはみんなに優しいのよ」
「そ、そうだよね」
僕に尋ねた時は真顔の千宮さんだったが、今は笑っている。何故経堂さんにと限定したのだろう。
そんな外食は過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます