第18話 ズキズキ
ゴールデンウィークも終わり一学期後半がスタートした。
そんなある日、いつもの三人で食堂にやってきた。券売機の列の中で品を選定する。
「
「それは大食い女だとバカにしているのかしら?」
「そ、そんなことないよぉ。よく食べるから発育……」
「また怒られたいのかしら?」
「ごめんちゃい。今日は私がCランチにしよっかな」
「私は素うどんにしておくわ」
「えっ、なんで? ダイエットしてんの?」
「違うわよ。欲しい物があるからお金を節約しようと思って」
倹約家でもあるようだ。やりくり上手なのだろう。欲しい物といっても娯楽品ではなく、家族にとっての必要経費だったりとか。
「何買うの?」
「……言いたくないわ」
「経堂さんのことだから勉強に関係したものじゃないですか?」
「ち、違うわ……」
勉強関連以外となるとやはり家族へのプレゼントとか? 親の誕生日が近いのだろうか。
「ねーえー、教えてよー」
「うるさいわねぇ……。ぬいぐるみよ」
「「えっ!?」」
予想外のものだった。だが、自分用とは限らない。
「弟さんの誕生日プレゼントとかですか?」
「……自分用」
「えーー、美心ちゃんぬいぐるみ好きなの?」
「わ、悪いの?」
そういえばカギを探した時も白玉くんというものが付けられていたし、ポン助も喜んでいた。今は白玉くんと一緒にカギに付けられている。
「いや、悪くないよ。ただ、意外だなあと思って」
「私をどんな女だと思っているの?」
「クールで知的美人」
全く同意見です。
「それとぬいぐるみのどこに違和感を抱くの?」
「クールな人って可愛い物持ってるイメージないもん。部屋は本とパソコンだけ、みたいな」
「ひどい偏見ね」
神楽舞の時、家にはあげてもらったが経堂さんの部屋には行っていない。一体どんな部屋なのだろうか。今の嗜好から考えてぬいぐるみだらけなのだろうか。
「ねえ、そのぬいぐるみってどんなの?」
「ペンギンよ。百センチくらいの」
「「百センチ!?」」
なんという大きさ。経堂さんが百五十センチほどに見えるから立たせたら経堂さんの胸辺りまで来る大きさだ。購入後持って帰りにくいだろうなぁ。
「それどうやって使うの? 飾るの?」
「抱いて寝るの」
えーーー、経堂さんのイメージが……。でも、ギャップ萌えで良いかも。
「あ、そういう使い方かぁ。よく眠れそう。私も抱き枕ほしーなー」
「ええ、快眠よ。安心するの」
「良いなぁ。
「「はい!?!?」」
千宮さんっ、何てこと言うのっ。うわ、ちょっと……券売機に並んでる人たちが僕を見てくる。最悪だ。
「あ、あ、あなたなんてこと言うのっ。ハレンチだわっ」
「でも何かを抱いて寝たら快眠なんでしょ?」
「あなた達そういう関係じゃないでしょ?」
「あ、そっかぁ。やめとくかぁ」
その言葉で誤解は晴れ、周りの視線は消える。安心するも残念な気持ちがある。何故だろう。して欲しかったのかな?
席に着いて食べ始めた時、
「いただきまーす。あむっ、むぐむぐ――いたっ」
千宮さんが急に痛がっている。
「どうしたのっ。どこが痛いのっ?」
「歯」
右の頬を右手でさすっている。
「自業自得よ。お菓子食べたあと歯を磨かないと聞いているわよ?」
「あ、琉生くんチクったなー!」
「ご、ごめんなさい。つい話の種で」
「うっうっ、カツが硬くて噛めない……。美心ちゃん、食べて良いよ?」
「え、そんなの悪いわ。反対側で食べてみなさい。顔をこう左に傾けて」
「こぉ?」
指示された形を作ってカツを口に頬張る。
「むぐむぐ、ふぁ、いへる(いける)」
「良かったわね。ゆっくり食べなさい。待っていてあげるから」
「ふぁーい」
経堂さんは本当に優しい。僕も待ってあげるつもりだったけど先を越されてしまった。
その後、どうにか昼食は食べられた。教室までの道のりで、
「家に帰ったら歯医者に行くのよ?」
「えっ!? ヤダ」
「ダメよっ。化膿するわよ?」
「さっき食べられたしヘーキヘーキ」
「いや、僕も行った方が良いと思いますよ。痛みだしたら辛いですから」
「……裏切り者」
「えっ!?」
そ、そんな……。千宮さんに嫌われちゃった。僕の心が化膿しそう。
「ひとりで行くのが怖いなら冨倉くんに付いて来てもらいなさい。兎に角、行くのよ?」
「……ふんっ」
「あ、ちょっとっ」
廊下を走り去ってしまった。
「心配だわ。
「はい……。出来る限り頑張ります」
むりやり連れて行くと嫌われそうだし、連れて行かないと経堂さんに嫌われるし。なんでこんな貧乏くじばっかり引くの? 前世悪いことしたの?
そんな不安の中、学校から帰ってきた。先に逃げ帰ったらしく、今日はひとりで下校した。
一階には居ない。自室に逃げたようだ。
二階の千宮さんの部屋を恐る恐るノックする。
「裏切り者は入ってこないで!」
ガーン! ショック! でも、このままじゃ歯抜け千宮さんが誕生してしまう。意を決してドアを開ける。
「あっ、勝手に入ってきたっ。出てって」
「千宮さん、じゃあ今日だけ様子を見ましょう。明日痛んできたら歯医者に行くということで」
「ホント? 行かなくて良いの?」
「いや、痛んだら行くんですよ?」
「それならヘーキ。もう痛んでないから」
「だと良いんですが」
明日は土曜日なので授業はない。なので午前診療に行くことは可能だ。様子を見るとは言ったが、実のところ虫歯が自然治癒する可能性はほぼゼロだ。今痛んでなくてもおそらく痛んでくると思う。騙すようでごめんなさい。
その日の夕食。また父さん不在の中、三人で食卓を囲む。
「
「あ、気にしないで。ちょっとね」
千宮さんが味噌汁に手を伸ばす。固形の物は左側で噛めば逃げられるが、汁物はそうはいかない。それに虫歯の進行具合によっては冷たいものより熱いものの方が沁みるはずだ。その場合は結構進んでいるはずだから、今日初めて気づいたのではないと推測できる。さあ、どうだろう。
「うぐっ」
あっ、今、声が出た。少し顔が歪んでいる。とすると、だいぶ前から痛んでいたが隠していたな。これは明日、歯医者行きだな。
「どうしました?」
「え、いや、何でもないよ。美味しいなぁ」
隠してる隠してる。どうしよう。人が痛がっているというのに……。可愛い!
「ねえ虹花さん。今日前に言ってたアイス買ってあるよ? スーパーに在庫あったから。食後一緒に食べよ?」
「えっ!?」
理衣が追い打ちをかける。まあ、知らないのだから仕方のないことだ。
「い、いや、今日はやめとくぅ」
「えーー、なんで? いつもアイスが食べたーいって言ってるのに」
「ご、ごめんね……。き、今日は理衣ちゃんのおかずが一段と美味しすぎてお腹が膨れてきちゃったなぁ」
「えっ、ホント? この前経堂さんに教えてもらったレシピ試したんだけど。嬉しいなぁ」
喜ぶ理衣と引きつる千宮さん。今の千宮さんの頭には新レシピのことなどどうでも良いと思われる。
何とか夕食をやり過ごし自室に戻って行った。
「ねえ、千宮さんどこか悪いの?」
「いや大丈夫だよ。心配しないで」
「なら良いんだけど」
妹にまで心配をかけてしまった。これは早く解決しないといけない。
自室で勉強をしていると不意にドアが鳴る。
「はい」
返事をするとドアが開き、千宮さんが現れた。
「あのぉー」
「何ですか?」
「ちょっと頭が痛いんだけど痛み止めとかあるかな?」
ははーん。歯が痛んできたんだな。市販されている鎮痛剤は基本全身の痛みに効くから、頭痛にかこつけて歯痛も治そうという魂胆だな。
「ありますけど、そんなに痛みますか?」
「あ、うんうん。ガンガンするぅ。いったいなぁ」
「じゃあ、取ってくるので待っていてください」
「ありがとーー」
キッチンに移動し、鎮痛剤の錠剤一粒と水を用意する。冷たいと沁みるだろうからポットの湯を足してある。ちょうど良いぬるさだと思う。僕は甘い男だな。一生厳しくできそうにない。
戻るとまだ僕の部屋に居たようだ。自室に戻ったのかと思ったが。
「お待たせしました。コレ、飲んでください」
「ありがと。あっ、この水ぬるい」
それに気づき喜んでいる。理由を言うと歯痛に気づいていると悟られるので黙っておいた。すぐに薬を飲みほした。そういえば僕も千宮さんが持って来てくれた胃腸薬で救われたっけな。
「あ、コップは置いといてください。僕が片付けておきますから」
「ありがと」
ドアを開けて廊下に行き、千宮さんの姿は見えなくなった。
だが、もう一度ドアが開けられ、
「琉生くん優しいから好き」
それだけ言ってドアは閉められた。
今の何? 告白? それとも家族としてってこと?
僕の心がズキズキします。僕にも鎮痛剤を頂けませんか?
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