第17話 秘密発表会
案内されるまま拝殿横の建物に入る。
「ひっろーい」
玄関の間口の広さに驚いた。神社に住まう知り合いなどいないため初めて見る光景だ。
「仕事場としても使われているから」
その説明なしでも分かる慌ただしさ。今日は神楽舞があったからなのかもしれないが、家の中にまで参拝者や巫女、神主で埋まっている。寂しさは感じないかもしれないがプライベートは少々守られにくい。
「あっちは家族だけのスペースだからあがって」
拝殿寄りの右手側は仕事場のようだが左手側は家族用だと言っている。そちらの方に三人で移動する。
「あ、ここは結構落ち着くね」
奥に進んだところにあった部屋に通されたが、中央に座敷机が置かれている和の空間だった。床の間に掛け軸がさがり、違い棚に干支の縁起物が置かれている。今年はちょうど僕たちの回り年――子年だ。
「すぐ用意してくるから待ってて」
「ほーい」
ぜんざいを用意するため
「
「そうですね。こんな知り合い居なかったので驚いています」
「私も。だからああいうしゃべり方なんだぁ」
最初に会った時から感じていた経堂さんの話口調。とても丁寧で世俗に染まっていない印象だったが、なるほど納得した。
「丁寧で良いですね」
「あ、私のこと下品って言ってるぅ」
「ち、違いますよ。そういう意味では……」
「うふふ、ジョーダン」
またからかわれた。確かに経堂さんと比べると崩した話し方ではあるが、それでもどこか清潔感を受けるのは何故だろう。それが
「お待たせ」
ふすまを開け、戻ってきた。手にお盆を持ち、ぜんざいがふたつ乗せられている。
こちらへ座り机にそれを置いてくれた。
「え、美心ちゃんの分は?」
「私はしょっちゅう食べているからあなた達だけ食べて。夫婦善哉といったところかしら?」
「あらっ。だって。アナタ」
「や、やめてくださいよ、ふたりとも」
珍しく経堂さんまでクスクス笑っている。まさか経堂さんにからかわれるとは。そういうタイプじゃないと思ったんだが。
「じゃあ、いただきまーす」
「どうぞ、召し上がれ」
真っ黒ではなくほんのり赤色が混じるぜんざいは甘すぎず美味だった。僕は甘党ではないが、これは好みだ。
「おいちぃ」
「そう、それは良かったわ」
「甘い物が苦手な僕でも大丈夫です」
「男性は辛党が多い印象だものね」
「辛党って何?」
ぜんざいを頬張りながら千宮さんが尋ねている。
「お酒を好む人のことよ」
「え、
「飲みませんよっ。逮捕されます」
「むふふ、そうだね」
皆で盛り上がっていると、突然ふすまが開けられた。
「あ、姉ちゃんここに居たんだ。あれ、友達?」
その呼び方から彼が経堂さんの弟だと分かる。以前の電話で呼んでいた
「そうよ。瑛太もぜんざいを食べるのなら台所のお鍋に入っているから食べなさい」
「あ、食べる食べる。俺、姉ちゃんのぜんざい好きなんだよ」
ふすまを開けたままその場を去って行った。
「もうっ。ふすまを閉めていってちょうだい」
居なくなった弟にイラつくも立ってふすまを閉めてくれた。
「コレ経堂さんが作ったんですか?」
「そうよ」
「へえ、美心ちゃん何でもできるねえ。私の嫁になって?」
「イヤよ。そんな手のかかる夫。一生ぐうたらするじゃないの」
「えーー、頑張るからぁ」
何を作っても最高級に仕上げてくる。確かに嫁の鑑だな。
「弟さんとは年が離れてるんですか?」
「五歳離れているわ。今中学一年生よ」
想像していたよりも学年は上だったが、それでも小学生の感じを受ける容姿だった。男子は女子より成長が遅いので仕方がないことだが。
「へえ、中一って難しいお年頃だね。お風呂覗かれたりする?」
「そんなことされないわ。私になんて興味ないわよ」
「え、でも、美心ちゃんって結構スタイル良かったよね? 胸なんかもこう」
「ちょ、ちょっと! 男子の前でなんてこと言うのよっ」
千宮さんが胸を強調する手の仕草を見せる。おそらくお泊まり会のお風呂タイムで見たのだろう。千宮さんは背も高く出ている所はしっかり出ているが、経堂さんは背が低いのでそれほどではないと思ったのだが。着痩せということなのだろうか。
「あれれ? 琉生くんが美心ちゃんのお胸ばっか見てるぅ」
「あ、あなた何を見ているのっ」
「ち、違いますっ。見てませんっ」
「隠しても無駄だよ? じーっと透視してた」
「千宮さんっ。よしてください」
「元はと言えばあなたが変なことを言い出すからよ。人の秘密を知らしめるなんて絶交ものだわ」
「え、え、うそ、ごめーーん。そんな怒ると思わなかったの」
未だに巫女装束を手で隠している。透視はできないが見ていたことは事実だ。謝ろう。
「すみません、見てました。さっきのことは僕の記憶から消すので千宮さんを許してあげてください」
その場で土下座をした。すると、隠す手を下におろしてくれた。
「でも、あなたが決めることではないわ」
まだ絶交モードのままではあるようだ。
「あ、はいはいっ。私も秘密言いまーす。それなら良いでしょ?」
「……言ってごらんなさい」
「ここっ」
立ち上がり自分の胸辺りを指差している。あの位置は左胸の一番高い膨らみの少し内側辺りかな?
「ここにホクロがありますっ」
えっ!? 何の告白!? よくそんなことを堂々と。マズい、想像してしまう。
「あなた、恥ずかしくないの?」
「は、恥ずかしいょ……」
あれ? 千宮さんのこんな反応初めて見る。堂々と告白したのに経堂さんから指摘されると顔を赤くしてその場に座り直した。
「けど、こうでもしないと美心ちゃんに絶交されちゃうから」
「ご、ごめんなさい、私のせいで。絶交しないからっ。ずっと友達よ」
「ホント?」
「ええ。ずっと」
経堂さんが千宮さんの近くに寄って肩に手を当てて慰めている。僕も慰めてあげないと。
「千宮さんっ、僕は聞いていません。聞かなかったことにしますっ」
「ホントに?」
「はいっ」
「さっきの場所どこだった?」
「えっ?」
し、しまった! 不意打ちを食らったために一瞬だけホクロの場所に視線を移してしまった。
「見てるじゃなーーいっ」
「
「す、すみません。急に言われて……」
「もう良いもん。これを武器にして生きるもん」
「「えっ!?」」
意味の分からない言動にふたり同時に驚いてしまった。
「ここのホクロってえっちぃボクロって言うんだって。男の人に受け良いんだって」
確かにホクロは魅力を感じる。女性が髪をかき上げた時に首筋から見えるホクロなど、思わぬ所にあると妙に色気を感じるものだ。だが、場所が問題だ。武器として使うなら手や顔、足など普段見えない所だけど何かの拍子に目に付く部分でないといけない。千宮さんが言った場所だと水着などの露出が多い恰好でも見えない場所だ。武器にはちょっと難しいのでは?
「あなた、それをいつ見せるつもりなの? 武器として見せたとして露出魔扱いされるだけよ」
「あ、そっかぁ。無駄かぁ」
見事な指摘だ。僕の意見と合致している。だが、使い道を無くした千宮さんがガッカリしている。
「誘惑ではなく、独占欲を刺激するには効果的かもしれないわね」
「どゆこと?」
「あなたに将来彼氏が出来てそういう時が来たら見せてあげたら? 男性は彼女をひとり占めしたいという人が多いから、それを彼氏だけに見せてあげるという点が喜ばれるんじゃないかしら?」
「そっかぁ。哲学的だね」
すごい思考の持ち主だ。数秒の間に考え付くとは。僕も男だから分かるけど、それすごく嬉しい。僕にだけ見せてくれてるっていう感動があって。
「琉生くんもされたら嬉しい?」
「えっ!?」
最悪なとばっちりだ。そんなこと言いたくない。心の中にしまっておきたいのに。
ふたりとも僕を見つめている。何か答えないといけないけど……。
「ぼ、僕にはそういう相手はできませんから」
「答えになってなーい」
「……嬉しいです」
「ホント! ふーん」
何なの、そのふーんっていうのは。バカにされているの?
そんな秘密発表会も兼ねた神楽舞の日は過ぎていくのだった。
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