第16話 舞
次の日。
今日は約束通り――いや、むりやり気味だったが、巫女装束姿の
昨日の帰り、
「ねえ、スマホで色々調べたんだけど、
まだ予定時刻には余裕があるのでリビングでくつろぎながら話をしている。
「へえ、どんな儀式なんですか?」
「カップルが拝殿にあがってカワラケっていうヤツにお神酒を注いで飲み合うんだって。半分飲んで交換する、みたいな」
千宮さんがソファに仰向けになりながらスマホを見ている。
「へえ、神秘的ですね」
「お神酒って未成年でも飲んで良いの?」
「それは大丈夫だと思います。飲酒の罰は量の問題だと思います。カワラケ一杯程度なら逮捕はされないかと。それで違反になるんだったら奈良漬けや洋酒菓子も食べられなくなりますから」
「あ、そっか。流石頭良い」
僕は少し前からあなたの頭を疑い始めているんです。賢いんじゃないか疑惑です。まだ証拠は掴めませんが。
「私もいつか儀式することあるのかなぁ?」
「千宮さんならきっとありますよ。モテるんですから」
「いろんな人からモテてもなぁ」
千宮さんにも悩みがあるようだ。僕は百パーセントないな。モテないから。
「あ、そろそろ時間だし、行こっか?」
「そうですね」
神楽舞は午後一時だと聞いている。少し前に昼食を食べ終えているのでふたりで家を出た。
場所は経堂さんから聞いているので、スマホの地図アプリを頼りに歩く。事前に所要時間は把握済みだ。指示されている場所はあまり行ったことのないエリアだ。知らなくて当然だった。というか、僕に縁結びの神社なんて無縁だ。
「あ、あれだ」
スマホから目を離して見上げると厳かな雰囲気の神社が見えてきた。赤ではなく石色の鳥居が入り口に立っている。
その鳥居に一礼をして中に入ると、広い世界が目の前に現れる。
「うわあ、立派だね」
「そうですね」
中央に屋根付きの舞台がある。おそらくはあの場所で神楽舞を披露するのだろう。周りに集まっている人の数で察しが付く。あの人だかりの前で踊るのは確かに緊張する。でもきっと経堂さんなら難なくこなすのだろう。
「あっちで御守りを売ってる」
その舞台から右を向くと社務所が見え、中にふたりの巫女が立っている。経堂さんではない。だが、あのふたりと同じ衣装を身に纏うのだろう。似合うだろうなぁ。
ひとり社務所に行き、御守りを眺めている。神楽舞が終わったら僕も買おう。
舞台から奥に目を向けると拝殿が見える。舞台と拝殿は一本の道で繋がっている造りだ。その左隣に家屋があるが、そこが住まいなのだろう。
『ゴーンゴーン!』
突然二度だけ太鼓のような音がした。その音に反応して千宮さんがこちらへ戻ってきた。まだ御守りは買っていないようだ。
「始まるの?」
「そうみたいですね。舞台近くに行きましょう」
最前列はもう取られた後なので、少し後方からの眺めになる。
待っていると、拝殿からひとりの巫女が現れた。経堂さんだ。他の巫女と異なり何か羽織りのような物を纏っている。
「うわ、すっごい綺麗」
「はい」
女神かと思えるその姿にこの場の皆が見惚れている。あまり背の高くない経堂さんだからこその愛らしさがそこにある。
太鼓の音とともに右手に持つ神楽鈴を器用に鳴らして歩く。目を開けて舞っているので時々僕たちと目が合った。おそらく気づいていると思うが、平静としている。舞の全てが完成されており、ミスが全くない。本当に感動した。
神楽舞が終わり、拝殿へと帰っていった。
「すごかったね。遠い存在みたいに感じた。いつもしゃべってるはずなのに」
「そうですね。舞の上手さもすごいですね。流石でした」
「ねえ」
あんな人が友達だなんて信じられない。
神楽舞が終わると人だかりは散り、それぞれの求める場所に向かっていく。僕たちはその場で立ったまま待つ。
「ここで待ってるので合ってるんだよね?」
「はい。そう聞きましたよ」
しばらくすると拝殿入り口から巫女が出てくるのが見える。
「あ、美心ちゃんじゃない?」
「そうですね」
長い距離を歩き、ようやく僕たちの元へたどり着いた。
「待たせたわね」
「いやあ、すごく良かったよ。私感動しちゃった」
「そう? なら良かったわ」
「一度もミスなくて流石でした。全然あがり症じゃないんですね」
「そんなことないわ。途中あなた達が見えて手汗で鈴を落としそうになったのだから」
恥ずかしそうに言う経堂さんを見ていると、普通の女の子なのだと思った。
「ねえ、その上着、透けてるぅ。やらしぃ」
「あ、あなたねっ。これは千早と言うの。罰が当たるわよ?」
「ねえ、それ脱いでよ。巫女さん衣装が見たいの」
「ええっ!? 良いけど……」
神楽舞の時専用で着る上着のようだ。それを脱いで僕が受け取った。すごく良い匂いがする。
「きゃー、可愛いー」
「ちょっとやめて。恥ずかしいから」
「そんな美心ちゃんにプレゼントです」
「なに?」
昨日買った物だ。今日の朝、理衣にも渡したがすごく喜んでいた。ゴレンジャイの仲間入りだと言って。
「はいコレ」
「あ、コレ」
「欲しそうにしてたでしょ?」
「良いの?」
「うん」
「ありがとう」
大切そうにポン助を手のひらに乗せている。珍しく表情が緩んでいる。
「今日から美心ちゃんはスミレンジャイだ」
「は?」
「あのコレ七色あるらしいんですけど、理衣と武樋さんの分とで五人分そろったんです。千宮さんが言うにはゴレンジャイらしいんですけど」
「私、仲間入りしたくないのだけれど」
「なんで? ミドレンジャイの方が良かった?」
「いや、色の問題ではなくてその呼称よ」
嫌がっているようだが、心では受け入れているように感じる。
「あなた達に御守りをあげるわ。娘だから融通が利くの」
「え、良いの?」
「ええ、付いて来て」
ふたりの後を追って社務所に向かう。って僕ずっと千早持ってるんですけど。これじゃ付き人Aみたいになってるんですけど。
「さあ、好きなの選んで」
縁結びで有名らしいが、それ以外の御守りも売られている。厄除け、交通安全、家内安全。そんな中で一番目を引いたのが健康守りだった。
「「コレっ」」
ふたり同時に同じ御守りを指差した。
「あら、縁結びじゃなくても良いの?」
「うん。やっぱり健康第一」
「僕も」
「あ、ふたりともお母さまを亡くしているんだったわね」
僕たちの気持ちを察してくれたようだ。
御守りには神様が宿ると言うが、闘病中の母さんにも沢山の御守りをあげたんだけどなぁ。いっぱいし過ぎて神様同士が喧嘩しちゃったのかなぁ。結局、願いは叶わなかったなぁ。
「まあ、私のお母さんは病死じゃないんだけどね」
「あら、そうなの?」
「お父さんの忘れ物を届けるためにタクシーで会社に向かう途中で事故に遭ったの」
「そう……」
この話は僕も初めて聞く。てっきり同じ境遇なのかと思ったのだが、僕よりももっとひどい。事故死の場合、突然亡くなるわけだから別れの会話も全くない。その点、僕の母さんは死ぬ間際にも意識があったので、手を握ってお別れを言えた。
「それからお父さんも変わっちゃって。自分のせいだって毎日言ってた」
「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって」
「ううん、ヘーキヘーキ。もう暗い話はなしっ」
無理に元気を作っている気がする。いつも明るいのも全部演技なのだろうか。そう考えると千宮さんの苦労と努力を感じ取れた。
「そうだ。家にあがっていかないかしら? おぜんざいを出してあげるわ」
「え、ぜんざい!? 食べる食べるぅ」
持ち前の明るさを取り戻した千宮さんが経堂さんに付いて行く。僕もそのふたりに続いた。
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