第15話 友情の証

 たけさんの優しさから変態の誤解は解けた。電車に乗り、隣町を目指す。

 五分ほどで隣町に到着するのだが、おりるとそこは別世界だ。数多くの大型店が立ち並び、人の量も格段に増す。特に休日は顕著だ。


「人多いねぇ」

「ゴールデンウィークですから」


 人混みに揉まれながら僕と千宮せんのみやさんが話す。武樋さんは先にその集団から抜け、広場に立っている。全然おっとりじゃない。かなり素早い方だ。


「武樋さん、速いですね」

「ええ、この町来るの慣れてますから」

「で、何を買いに来たの?」

「本です」


 図書委員だから本好きなのは予想がつく。神楽かぐらちょうの書店は品数に限りがあるためこちらの書店に来ることも納得だ。


「えっ、何の本買うの? 恋愛モノ?」


 そこは僕も同意見だ。おっとりした見た目の武樋さんなら恋愛モノがお似合いだろう。それ以外だと可愛い動物が出てくる感動モノとかだろうか。


「ホラーです」


「「えっ!?」」


 全然可愛い系じゃない。僕たちは驚きの色を隠せない。


「な、なんてタイトル?」

「『男、殺します』という作品です」


 怖っ、怖すぎるっ。武樋さんってヤンデレと言われる属性なの? 笑いながら答えてくるから余計に怖いんだけど。


「そ、それってどんな内容なの……?」


 眉間のしわを動かしながら千宮さんが聞いている。いつも堂々としているのに恐々といった感じだ。


「付き合っていた男の人が浮気をしていた事実を知った主人公の女性が、そのショックから自殺をしてしまって。そのあと怨霊になった彼女が裏切られた彼だけでなく、世の男全てに恨みを抱き、世界中の男を殺戮していくという話です。あらすじを見て読みたくなりまして」


怖っ、僕失神しそう。人には色々な嗜好があるのだと知った。というか隣の千宮さんが真っ青な顔をしている。


優芽ゆめちゃんって……そんなタイプ……なの?」

「え? いやですよ、読むだけです。人を殺したりなんかしませんよ」


 笑いながら言ってくるところがシュールなんだけど。新聞で見かけませんように。そして、武樋さんとお付き合いする殿方、決して浮気なさらぬように。全男性が被害を被りますから。


 僕たちふたりは変な汗をかきながら書店の中を歩いた。


「あ、あった。コレです」


 うわあ、すごい表紙だ。中心に立つ女性が血だらけになって笑っている。その彼女を中心に円を描くように立っている男たちの首が全員ポロっとなっている。


「じゃあ、買ってきますね」


 笑顔でレジに向かっていった。

 千宮さんが僕の袖を握っている。


琉生るいくん……怖いよ」

「僕もです」


 まあ、普段は優しいタイプだから怒らせないようにだけ気を付けよう。


「お待たせしました。おふたりは本、買わないんですか?」

「あ、折角来たし、参考書を買いましょうかね。欲しかったものがあるので」

「私、漫画見てくるぅ」


 しばらく経ったので僕たちから怖さは消えていた。

 武樋さんは千宮さんの方に付いて行ったので僕はひとりで参考書を探した。やはり隣町の書店は違う。売り切れもあまりない上、種類も豊富だ。広すぎるために店員の目が行き届かず、立ち読みばかりされているが。

 しばらく歩くと、英語の参考書コーナーにたどり着く。目ぼしいものを手に取り少しだけ目を通す。すると、たまたまきょうどうさんが教えてくれた箇所を発見する。


 すごく分かりやすい教え方だった。その時の経堂さんの表情を思い出していた。最初は冷徹なタイプだと思った。だけど、接してみるとトゲトゲしている表面とは別の温かな内面に触れる。風邪を心配して布団を掛け直してくれたり、健康面を気遣った食事を提供してくれたり。顔は違うけど母さんのような雰囲気を感じる。千宮さんはしっかり者に見えて手が焼ける子どもみたいな雰囲気がある。でも、何故か助けてあげたくなる。ふたりとも雰囲気は全然違うけど、どちらも気になる。こんなことを考えていたら武樋さんに殺されそうだ。

 まあ、どちらにせよ千宮さんも経堂さんも僕を選ぶことなんてないけど。


 買う本を決め、レジに持って行く。途中でふたりと合流する。


「買う本、決まりましたか?」

「うん、決まったよ。コレ」


 千宮さんが手に持っているのは『犬と猫』と書かれた漫画だ。犬がぼうっとした顔で猫がキリっとした顔だ。


「これはどういった内容なんですか?」

「コメディだよ。犬がボケで猫がツッコミ」

「性質的にはそれで合ってますね」


 三人でレジに立ち、品物を渡して購入した。

 店を後にすると千宮さんが提案する。


「さっき言ってたアレ買いに行こ?」

「アレって何ですか?」


 武樋さんに会う前に話していたことなので説明をした。まあ、説明と言っても僕も知らないのだが。

 店の場所を知っているようで千宮さんに付いて行く。すると、小ぶりな雑貨店が見える。ビルとビルに挟まれている店だ。


「ここだよ」


 中に入ると怪しげなピンクのライトが目をチカチカさせる。何とも奇妙な店だ。だが、売られている物はおかしなものではなく、普通の小物だ。その中に見覚えのあるものを目にする。


「あ、コレ」

「そう、ポン助」


 それは以前、経堂さんのカギを探した際に千宮さんのカギに付いていたキーホルダーだ。見ると七種類あるようだ。


「コレ、明日美心みこちゃんにあげようと思って。それに琉生くんと優芽ちゃん、あと理衣りいちゃんにも。これで五色、ゴレンジャイになる」


 何ですか、そのゴレンジャイっていうのは。千宮さんは赤を持っていたはずだからリーダーなの?


「私がリーダー」


 やはりそうか。僕の予想は当たっていた。


「何色にする?」


 千宮さんから尋ねられ、僕と武樋さんが悩む。タヌキの服の色は虹色になっているようだ。そのため、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色だ。


「僕は青で」


 直感でそう答えた。


「よし、アオレンジャイね」


 ア、アオレンジャイ……。だが、そうなると橙と紫は呼びにくくなるのでは?


「じゃあ、私は橙にします」


 さあ、千宮さん。どうする? ダイダイレンジャイなんて言いにくいよ?


「よし、オレンジャイね」


 な、何っ。橙イコールオレンジか。その発想はなかったな。千宮さん、本当は頭良いんじゃないだろうか。


「理衣ちゃんと美心ちゃんはどれの雰囲気かなぁ?」

「あ、理衣は黄色が好きですよ」


 兄妹なので好みくらいは知っている。


「じゃあ、キレンジャイね」


 そこは僕も分かりましたよ。


「ねえ、優芽ちゃん。美心ちゃんってどんなイメージ?」

「そうですねぇ……。聡明で気高くてクールといった感じでしょうか?」

「残ってるのは緑と藍と紫かぁ。難しいなぁ。緑は自然って感じだし、藍は琉生くんのとちょっと被ってるし」

「あ、紫は一番位が高い色ですよ。冠位十二階において最も上です」


 本好きな聡明さんが千宮さんに説明している。


「え、何それ?」

「聖徳太子の作られたものですよ」

「わかんなーい。じゃあ、賢いから紫にする?」

「はい」


 位と経堂さんって関係あるのだろうか? 訳の分からない基準で紫になってしまった。でも、神社の娘さんに紫ならちょうど良いのではないだろうか。何となく。

 それよりも呼び名だ。ムラサキレンジャイは長すぎる。先程の理屈で行けば紫イコールパープルなのでパープルレンジャイ。いや、パプレンジャイにするのかな?


「……」


 あ、呼び名悩んでる。一番難しいもんね。パプレンジャイって赤ちゃんみたいだからね。


「よし、スミレンジャイ」


 な、なんとっ。紫色イコールすみれ色か。この人絶対頭良いはずだ。いずれ白黒はっきりさせよう。


 四人のタヌキさんをレジに持って行く。


「あ、僕も出しますよ」

「私も」

「ああ、良いの良いの。みんなへのプレゼントなんだから私が出すの」


「「あ、ありがとうございます」」


 太っ腹な千宮さんに感謝する。まあ、千宮さんのお父さんのお金だけど。

 店を後にし、そろそろ帰ろうという話になった。帰る道すがら、


「さっきのポン助さんは男の子なんですか?」


 不意に武樋さんが尋ねてきた。


「そうだよ」

「ふーん」


 えっ、何その顔。ポン助殺されちゃうの?

 僕たちふたりは武樋さんの笑顔に恐怖していた。

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