第14話 神聖なお仕事
早朝、ぼんやりとした意識の中で目を覚ますと誰かの気配を近くに感じる。少し下がった僕の掛布団を首元まであげてくれている。母さんもしてくれていたなぁ。
「えっ!?
「あら、起こして悪かったわね。風邪を引くといけないから」
「あ、ありがとうございます」
経堂さんがあげてくれていたらしい。本当に気が利く人だ。
「ちょっとあなたっ。おへそが出ているわよっ」
体を起こして隣を見ると、掛布団を豪快に蹴り、ズボンにインしていた上着がへそ上まであがってしまっている
「ふぇ、むにゃむにゃ」
「おへそをかいてはダメよっ。ばい菌が入るわよ」
姉と妹を見ているようだ。でも、よく考えると隣にあれだけ豪快な千宮さんがいるのに先に僕の掛布団を直してくれたってこと? 考えると少しドキドキする。向こうは無意識だと思うけど。
着替えを済ませて下におり、
「ねえ、
「ちょっと用事があるからムリよ」
「カレシ?」
「そんなものは居ないわっ。家の用事よ。今日から二日間手伝わされるの」
「え、美心ちゃんの家って何してるの?」
「……」
千宮さんが尋ねるが、一向に話そうとしない。とても言い辛そうな顔だ。
「ねえったら?」
「……言いたくないわ」
そんな危ない仕事なのだろうか。それとも恥ずかしい仕事なのだろうか。悪い仕事という意味ではなく緊張するという意味で。
「え、まさか機関銃とか持ったりするアレ?」
「あなたドラマの見過ぎよ。……神社よ」
「えっ!?」
千宮さんが驚きの声をあげているが、僕も驚いた。神社の娘さんだったとは。どおりで神秘的な雰囲気がある。まあ冷たい雰囲気もあるけど。
「え、私たちが知ってるとこですか?」
理衣も興味があるようで食いついてくる。神社には色々な専門があるが、理衣の好物は縁結びだ。ライトノベルという系統の本をよく読むらしいのだが、ラブコメが神みたいなことを言っていた。
「……さあ、どうかしら?」
「是非、知りたいですっ」
理衣と千宮さんがギンギラした目を向けている。箸を置き、経堂さんが焦る。
でも実は僕も気になる。
「あなた達の顔を見ていると、好みの系統が分かるのよ。だから言いたくないの」
「あっ、てことはそっち系の神社ってことだぁ」
「……」
より一層焦りの表情を浮かべている。珍しく経堂さんが墓穴を掘ったようだ。
「分かったわよ、言うわよ。……
「あっ! 私そこ聞いたことある! 一回行ってみたかったんですよ」
物知りな理衣はすでに知っていたようだ。僕は知らなかった。横を見ると僕と同じような表情の人がひとり。
「私、聞いたことない。何のご利益?」
「
「え? 愛を結ぶ……あっ、安産っ?」
「あなたっ、飛び過ぎよっ。その前の段階よ」
椅子から立ち上がり経堂さんが諭す。少し面白い展開だ。黙って見ていよう。
「えっ!? その前!?……そんな恥ずかしいこと言えなーい」
「あ、いや、そこじゃないわ。そうなる前よ。ほら、分かるでしょ?」
「その前って……ベッドに横になる、とか?」
「はぁ、もう良いわ。
え、ずっと見ていたかったのに話を振られてしまった。
「千宮さん、縁結びですよ」
「なあんだ、そんな段階? うぶちゃんねぇ」
「あなた、罰が当たるわよ?」
「ごめーん。で、どこにあるの?」
「いや、来ないでちょうだい。もし来るなら明日だけは外してちょうだい」
「あーー、明日美心ちゃんが何かするんでしょ?」
「ぐっ……」
明らかに千宮さんの方が勝っているように見える。こういう場面に遭遇すると、人間の知能はテストなどの成績だけでは測れないと思ってしまう。
「何するの?」
「さあ? あなたに分かるわけ――」
「踊る、とか?」
「えっ!?」
今の反応で三人ともが理解した。踊るんだな、と。経堂さんの踊りか……見てみたい。
「あーー図星だーー。私、エスパーかも」
「何故そんな所だけ鋭いのよ。ええ、そうよ。巫女として神楽舞をさせられるの」
「え、美心ちゃんが巫女に……ぷふっ」
「そ、それは親のせいよっ。神社の娘だからってそういう響きにさせられたのよっ」
あまり自分の名前を気に入っていないようだ。僕は自分の名前が好きだ。温かく優しい人(
「美心って良い名前だと思いますよ?」
自分の名前を嫌いになって欲しくないから言ってみた。まあ、本当に良い名前だと思っていたし。
「えっ、ど、どうもありがとう」
何故か怒った表情は消え、スッと椅子に座った。
「あれれ? 美心ちゃん、顔赤いよ?」
「う、うるさいわね。放っといてちょうだい」
名前を褒められて嬉しかったのだろう。誰だって良い名前だと言われれば悪い気はしない。
「ねえ、見に行って良いんだよね?」
「私も行きたいです」
「ちょっと……」
ふたりが顔を近づけていく。経堂さんは両手のひらを向けて待ってのポーズだ。だけど、ここはふたりに同感だった。僕も経堂さんの神楽舞を見たかった。
「僕も……見たいです」
「え、あなたまで……分かったわよ。好きになさい」
「ねーえー、何で琉生くんの時だけ素直に聞くのー?」
「そ、そんなつもりはないわっ。全員同じ意見だったから仕方ないと思っただけよ」
良かった。舞を見られる。テレビで見たことがあるけど、アレはとても神秘的だ。それに、僕は赤と白の巫女装束が好きなんだ。コスプレオタクというわけではなく、神聖な雰囲気だから。経堂さんの巫女装束姿、絶対素敵だろうなぁ。
「ねえ、琉生くん、なんでニヤついてんの?」
「えっ!? そ、そんなことないですよ」
「あれれ? 美心ちゃんの舞を想像してんのかなぁ?」
「えっ!?」
「あなた……っ」
マズい。これでは変質者扱いだ。経堂さんが手で体を隠している。
「そ、そうだっ。経堂さん、用事があるんですよね?」
「え、あ、もうこんな時間。そろそろ帰るわ」
朝食を食べ終えて経堂さんは帰っていった。おそらく今日はリハーサルなのだろう。手を振って見送った後、千宮さんが僕の隣に立つ。
「琉生くん、うまいこと逃げたねぇ」
「えっ!?」
にやけながらそう呟いて走り去ってしまった。やられた。
昼前に理衣が用事で出掛け、僕たちはリビングで暇を持て余していた。
そんな時だった。
「お、
「うん、暇ーー。すっごく暇ーー。えっ、買い物? 行く行く。今から? うん、三人で行こー」
えっ、ちょっと待って。三人って誰? 僕?
電話を切った千宮さんがこちらを向く。
「じゃあ、行こっか?」
「えっ、やっぱり僕なんですか?」
「イヤなの?」
いや、そんなうるうるした目で言われたら断れないじゃないですか。僕に拒否権なんてないです。
「行きます」
「やった。隣町まで買い物だって」
「じゃあ電車に乗るんですね。少し遠出ですね」
「よーしっ、レッツゴー」
武樋さんも駅前に向かっているらしく、すぐに家を出た。
「何を買いに行くんですか?」
「聞いてないなぁ。隣町だったらついでにアレ買いに行こっかなぁ?」
「アレって?」
「へへ、見るまでナイショ」
また小悪魔的な笑顔。男が入り辛い店以外でお願いしますよ?
駅前に着くと武樋さんの姿が見える。茶色のシャツに白のオーバーオールという恰好。おっとり系なので清楚な服を着るのかと思ったら意外にもボーイッシュなスタイルだ。人は見かけによらない。
「あ、優芽ちゃんお待たせ」
「あ、虹花さん。それに冨倉くん」
「こんにちは」
合流の挨拶を済ませる。
「優芽ちゃん、その恰好可愛いね」
「ありがとうございます」
「でも、それってトイレしにくいよね?」
「はぃ……全部脱がないとダメです」
あ、そうか。男子はチャックから可能だけど、女子は肩の紐から下を全部脱がないと出来ないな。不便だな。お洒落を取るか、利便性を取るか、か。女の子は大変だ。
「あーー、またぁ。琉生くんが今度はトイレシーンを想像してるぅ」
「「えっ!?」」
僕と武樋さんが同時にそう言ったが、それぞれ理由が違う。僕はそんな想像していないのに、というもの。あちらは、想像されてるぅ、というものだ。千宮さんのせいでどんどん変態のレッテルを貼られていく。
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