第13話 色々な家族
父さんは夜勤があるらしく一度だけ帰ってきてすぐに家を出て行った。その際、
「へえ、
「お母さんが忙しい時は私が作っているわ。お父さんと弟は何もできないから」
「良いお嫁さんになれるね?」
「私は結婚するつもりはないと言っているでしょ。それより、あなたはもっと料理を勉強なさい」
「食べる専門が良い」
「あなたね……」
まったく椅子から立ち上がらない
「あ、理衣さん、そこはこの調味料の方が良いわよ?」
「あ、ホントだ。こっちの方が風味がある。すごい」
理衣以上に料理ができるなんてすごい。経堂さんに不得意なものなんてないようだ。こちらは、夫が仕事に専念すれば家庭は完璧に維持してくれそうだ。
全て整い、僕と千宮さんも運ぶのを手伝う。そして、四人がテーブルを囲む。父さんが座っている位置――僕の向かいに経堂さんが座った。
「いただきまーす。お、この肉じゃが美味しい」
「あ、それ経堂さんが作ったヤツだよ。やっぱり私じゃ敵わないなぁ」
「あら、あなたの出し巻きも美味しいわよ」
「ホント? 嬉しいなぁ」
ふたりの優しい姉を持ったみたいで幸せそうな顔をしている。三人暮らしだった頃はもっと暗かったように思う。そんな僕もそうだった。ふたりに感謝している。
「
「えっ!?」
感謝の気持ちに浸っているのに、隣から千宮さんが肉じゃがのじゃがいもを差し出してくる。またどうせリターンするから合わせておこう。口を開けて待つ。
「あむっ……むぐむぐ、おいし――ッ!」
えーーーーー! 口に入っちゃったよっ。あーんしちゃったんだけど!
「あ、あ、あなた何をしているのっ」
あまりの出来事に経堂さんのみならず理衣も驚いている。
「え、家族だから」
口癖のようにそう言う。まあ、家族だと思われての行動なら仕方ない。
「あ、この肉じゃが美味しいですよ」
「そ、そう? ありがとう」
僕が褒めると焦りは消え、喜びの表情を浮かべている。
あれ? 今気づいたけど何で今日僕しかマグカップ使ってないの? 経堂さんがいるからペアカップ避けたの?
そんな疑問はあったが、夕食は楽しく進んでいった。
感謝の気持ちを込めて僕ひとりで洗い物を担当した。四人分ともなると普段より時間はかかる。だが、その時間の長さが幸せを感じる材料となっていた。時間がかかるということは人が多くいるということ。そしてみんなが沢山食べたということだ。母さんが亡くなった当座は父さんも僕も気力を失い、食が進まなかった。理衣は物心つく前だったのでそれほど量を食べられなかったため、相当に洗う食器は少なかったと記憶している。つらい日の思い出だ。
洗い終えて振り返ると、女子三人が二階からおりてきた。みんな一様に着替えとタオルを持っている。
「今から三人でご入浴でーす」
「えっ、三人も入れますか?」
「か弱き乙女なら入れまーす」
千宮さんと理衣はノリノリだが、経堂さんは嫌そうだ。同性といっても素肌を他人に見せたくない性格だろうから。
「何なら琉生くんも一緒にどう?」
「は、入りませんよっ。僕はあとでいいです」
「あーー、私たちが入ったあとのお湯を堪能する気だーー、きゃーーー」
「な、なんてことをっ!」
叫んだ時には三人が洗面所に消えたあとだった。
三人が入ったあと……良い匂いがしそうだな。
いやいや、千宮さんが変なことを言うから想像してしまったじゃないか。僕はやましい気持ちはない。決して。
この場で待つのは変質者のようでいささか気が引けるので自室に戻った。
ドアを開けて部屋を見ると、向かって右に置かれたベッドから左にふたつ川の字に布団が並んでいる。本当にせせこましい。大丈夫なのだろうか。
布団を踏みつけないようにベッドに乗り上げて向こう岸に行き、本棚から本を取り出す。取り出したのは英語の教材だ。僕は理数系に強いが、文系――特に英語が苦手だった。まあ、苦手と言っても努力で点数だけは高水準をキープしていた。しかし、納得する理解を得られているかと言えばそうではなかった。暗記をしてピースをはめている感覚で、何故その答えになるのか分からない箇所が多々あった。大学受験への懸念材料だ。
座る場所を無くし、立って本を読んでいるとドアがノックなしに開かれた。
「あら、ここにいたの」
経堂さんが白のふわふわパジャマを着てタオルを頭に巻いている。可愛い。
「その恰好」
「ああ、千宮さんに借りたの。この手の服は苦手なのだけれど」
「似合ってますよ」
「ありがとう。ところで、何をしているの?」
「ああ、ちょっと英語の勉強を。僕、英語が苦手なんです」
「あら、そうなの? ちょっと見せて」
自分が寝る予定の向かって左端――勉強机すぐ横の敷布団を踏み歩き、こちらへやってきた。
近くに立った経堂さんから凄く良い匂いがする。入浴剤や石鹸のせいだろうか。
「どこ?」
「こことか、何でこの選択肢になるのか分からなくて」
「ああ、あなたはここをこう解釈しているからじゃないかしら。でも、この文はここにかかるのよ」
「あっ、そうか! それだと意味が変わってきますね」
凄く教え方が上手だ。一瞬にして理解できた。やはり天才は見ている所が違うということか。
「ところで、あなたは何故そこまで成績に拘るの?」
「母さんが早くに死んで、父さんがひとりで家計をやりくりしてくれてるんですけど、将来的に僕が家族の支えになれればと思って。良い大学を出れば高給な場に行きやすいですし」
「素晴らしい考えね。私とは大違い」
そう言ってこの場から少し離れ、僕に断りを入れてからベッドに腰を下ろした。つられて僕も横に座った。
「経堂さんはどうして勉強を?」
「私は自分のためにだけよ。家があまり好きではなくてね。遠くの大学を受けて家を出たいということと、ただ自分の生活費を稼ぎたいだけ」
「そう……ですか」
僕にとってはつらい話だ。母さんを失って悲しむ僕みたいな者もいれば、母親が健在なのに家を出たいという経堂さんのような人もいる。複雑だ。
廊下からふたりの笑い声が聞こえてくる。ドアが開き、ふたりが顔を出す。
「おや? ふたりで何してんの?」
「あなたの悪口を言っていたの」
「ひっどーーい。私良い子だもん」
理衣はその様子を笑って見ながら自室に戻っていった。
経堂さんは先程の会話を千宮さんには告げなかった。何故だろう。
その後、僕ひとり後に風呂に入り、湯を流して掃除をする。後に入った者の仕事だ。お風呂の感想については……やめておこう。
部屋に戻り、就寝時間がやってきた。
「ちょっと、あなたっ。そっちじゃないでしょ」
「すぴーすぴー」
「うそっ、もう寝てるわ。話が違うわよ。何故私が
「仕方ないですよ。僕は寝相悪くないので、千宮さんが言っているようなことにはなりませんから」
「なら、良いのだけれど」
電気を消し、三人で就寝した。ひとり就寝済みだが。
――ッ!
何かの気配を感じ、目を覚ましてしまった。時計を見ると午前二時。まだ夜中だ。暗闇に目が慣れているため、その気配の主が経堂さんだとわかった。
千宮さんを起こさぬよう小声で話す。
「経堂さん、どうしましたか?」
「あ、起こしてごめんなさい。トイレよ」
「あ、そうですか。暗いですから、足元に気を付けてください」
「ええ――ッ!」
経堂さんが何かにつまづき、よろけている。そして、僕のベッドにダイブした。
「ほえ!? なになに?」
その物音で目を覚ました千宮さんが立ち上がって電気を点ける。
「あーーー、不純異性交遊だーーー」
今現在、仰向けに寝る僕の腰辺りに経堂さんが尻もちをついている状態だ。まあ、掛布団が間にあるのだが。
「こ、これは違っ……。あなたのせいよっ。あなたの足につまづいたのっ」
「え、私の足?」
「あなた、寝相が悪いわよ。左足を私の方に投げ出していたでしょ」
「え、気づかなかった。ごめーーん」
赤い顔をして腕を組む経堂さんが見えた。その赤さって怒ってるからなの? それとも恥ずかしいからなの?
そんな事件もありつつ、夜は過ぎていった。
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