第12話 お泊まり会

 それからしばらく経ち、ゴールデンウィーク前最後の登校日となった。


 放課後になり、明日から休みだと浮かれていたのだが、千宮せんのみやさんが急に二組に行こうと言い出した。ついていくと、まだ下校していなかったきょうどうさんをつかまえる。


「ねえ、美心みこちゃん。何か忘れてない?」

「何のこと? 誤解の件ならたけさんに説明したでしょ?」


 カップルアラモードに関する誤解は経堂さんが武樋さんに事情を説明する形で納得してもらえた。その代償として、武樋さんにも同居の事実が知られる結果となったが。


「そのことじゃないよ?」

「もう帰って良いかしら? 私、家でゆっくりしたいのよ」


 鞄を提げ、椅子から立ち上がる。


「勉強会の時、なんて言ってたっけ?」

「……」


 マズいという表情をしている。そうなのだ。経堂さんは何でも言うことを聞いてあげると豪語しながらも今の今まで実行しなかった。僕は覚えていたが、千宮さんがど忘れしていたので、このまま逃げてやろうということなのだろう。とうとう千宮さんが思い出してしまったようだが。


って言ったよね?」

「さ、さあ、何のことかしら?」

「あっ、ズルいっ。こっちは散々ミスターXを叩きこまれたのに」

「分かったわよ。言いなさい」

「ふふふ、ホントになんでも良いんだよね?」

「え、ええ……」


 相当怖い。何を要求するつもりだろうか。千宮さんのことだからまた予想の斜め上を行くだろう。


「うちでお泊まり会を決行しますっ」


「「えっ!?」」


 思った通りだ。とんでもない内容だ。しかも僕も巻き添えを食らうだろう。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 私、人の家に泊まったことなんてないの。ムリよ、絶対ムリ!」

「あれれ、なんでもって言ったのになぁ。友達裏切っちゃうんだぁ。悲しいなぁ」

「あ、あなたの部屋とんでもなく荒れていたじゃないの。あんな所で寝られないわ」


 僕もその事実を目の当たりにした。あの勉強会の日から数日後、何だか甘い匂いがするね、ということで理衣りいと一緒に千宮さんの部屋を訪ねたのだ。すると、棚にぎっしり詰め込まれたお菓子が溢れて床に落ち、食べ掛けのポテチ袋をクリックで止めて放ったままにされていたり、その残骸が床にテカテカしていた。その大好物に誘われて黒のテカリマン二匹が登場して大混乱になった。千宮さんも理衣も虫が苦手らしく、僕が退治をさせられた。だけど、本当は僕も苦手なんだ。あんなカサコソ素早く動いて急に飛ぶ生き物、好きな人の方が圧倒的に少ないはずだ。

 あのあと、多少は掃除したけど、今も杜撰なままだと思う。


「ああ、それは大丈夫。琉生るいくんの部屋で三人寝るから」


「「えっ!?!?」」


 最悪な切り返し。男女同部屋なんてダメだ。不埒だ。


「バカなこと言わないでちょうだいっ。若い男女が同部屋なんて何を考えているのっ」

「でも、家族だよ?」

「だけど……」

「それに一対一だったら変なことに発展するかもだけど、一対二じゃヘーキヘーキ」

「そ、そういう問題じゃないのよ。というより、私は家族じゃないわ」

「あれれ、美心って琉生くんにそんな感情抱いてるの?」

「は、はあ!? そんなわけないでしょ! 良き友達よ」


 あれ、なんで少し顔が赤いの? 少しはこのヘタレを意識してくれてるの?


「だったらいいじゃない。それに琉生くんにそんな勇気ないって」

「……それもそうね」


 ふたりがしばらく僕の顔を見てそう結論付けた。

 思ってた反応と違うっ。全然意識されてない。ひどい、あんまりだ。


「じゃあ、行こー」

「えっ、今日なの!? 着替えがないわ」

「私の貸したげる」

「だ、だけど……」

「さあ、行こう。すぐ行こう」


 押し切られる形で僕たちは家を目指した。




 冨倉とみくら家に三人があがる。二階にあがろうとしたのだが、


「あ、ちょっと自宅に電話を掛けるわ。外泊なんて初めてだから」

「ほーい。私、さき上行ってるね」


 千宮さんは二階にあがったが、僕は一階に残った。この家に慣れていない経堂さんをひとりリビングに置けば不安なはずだから。


「もしもし。あ、えい。私、お姉ちゃんだけど」


 あの経堂さんが家ではお姉ちゃんと自分のことを呼んでいるのか。


「ええ、そうなの。友達の……いや、彼氏じゃないの。友達よ」


 彼氏なんだろ、と茶化されているのだろう。


「な、何を言っているのっ。そんなもの使うわけないでしょ! 瑛太、帰ったらお仕置きよ」


 使うとは一体。


「ええ、そうよっ。お父さんとお母さんにそう言っておいて。ええ、それじゃあ」


 経堂さんのお母さんは健在なのか。羨ましいな。

 母さんの遺影に目を向けてしまった。悲しむのはやめようと決めたのに。


 電話を切った経堂さんがこちらへ来る。


「本当に酷い弟を持ったものよ」

「大丈夫だったの?」

「ええ、上手く言ってくれるらしいわ。変な風に言わなければ良いのだけれど」


 先程の使う物について尋ねたかったが、そうすると盗み聞きをしていたことがバレてしまうのでやめておいた。


 ふたりで僕の部屋に向かった。


 廊下に着くなり、バタバタ騒がしくしている千宮さんの姿が見える。敷布団をふたつ運んでいる。ふたつも床に敷けるだろうか。


「あなたっ、何という敷き方をしているの。ベッド下に足を突っ込んで寝ろというの?」


 むりやり敷いてしまったため、ベッドと交差するようにふたつの敷布団が敷かれている。これじゃあ、僕おりられなくなるよ?


「えーー、じゃあ、どうやって敷くの?」

「ベッドと平行に敷けばいいでしょ。私たちは同性なのだから狭くても平気よ」

「でもそれだと、琉生くんがベッドから落ちたらベッド寄りの人とぶちゅーってなるよ?」

「あ、あなた、なんて発想をするのっ。なら、あなたがベッド寄りで寝てちょうだい」

「えっ、家族で一線超えちゃうのぉ?」


 もう収集がつかない。というより僕そんなに寝相悪くないです。寝て起きるまでほとんど位置変わりません。

 それより、女の子をふたり床に寝かせて男ひとりベッドで寝る方が罪悪感を覚えるんだけど。


「あのぉ、僕だけベッドで寝て良いんですか?」

「あなたまで……」

「あら、琉生くん大胆」


 しまったっ、これだと僕がどちらかと添い寝したいみたいになっちゃってる。


「ち、違いますっ。決してやましい気持ちなど」

「ねえ、琉生くん」

「はい?」


 経堂さんは手で体を隠し、千宮さんはモジモジしている。


「どっちと寝たい?」

「違いますってーーーー!」


 そんなやり取りの最中、玄関が開く音が聞こえる。


「あっ、理衣ちゃん帰ってきた」


 千宮さんが勢いよく部屋を飛び出していく。


「理衣ちゃんとは?」

「僕の妹です」

「そう、妹さんがいるの。挨拶をしないといけないわね」


 千宮さんの後を追ってふたりでリビングに向かう。

 入るなり、ふたりが僕たちを見てくる。


「うわあ、綺麗な人ぉ。だれだれ?」


 理衣が目を輝かせて言っている。


「紹介します。琉生くんの新しい女」


「「ちょっとっ!!」」


 僕たちは同時に叱る。


「兄がいつもお世話になってます。冨倉理衣と言います」


 いつもよりもしおらしい感じで理衣が言っている。何を企んでいるか分からない。


「あ、こちらこそ。私は経堂美心と申します。良い妹さんね、千宮さんとは大違いね」

「ひっどーい」

「ところで美心さん、お兄ちゃんとはどこまで?」

「……あら、何故かしら? 千宮さんがふたりいるように感じるのだけれど」


 僕も同感です。やっぱり聞いてきたな理衣。そう来ると思っていたよ。


「あ、理衣ちゃん。このふたり今日発展するの」


「「ちょっとっ!!」」


 今までボケ役ふたりにひとりで突っ込んでいたが、ツッコミ役がふたりになって少し気持ちが楽になった。

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