第11話 プリン事件
それからしばらく経った日曜日。用事があると言って
一階に下りると
「ねえ、千宮さんどこ行ったの?」
「さあ、知らないよ?」
僕も理衣の向かいに座る。理衣とふたりは久しぶりだ。
「学校慣れた?」
「うん。友達みんな良い人だよ。良い学校だね」
「そっか。それはよかった」
僕は二年間ひとりも友達いなかったんだけどね。そんなこと理衣には言えないよ。
「そう言えば
「ああ、よくできる友達が居てね。その人が教えてくれたんだよ」
「え、お兄ちゃんよりできるの?」
「うん」
「へえ、それはすごいね」
「いやいや、理衣が思ってるほど僕は出来る方じゃないよ。上はいくらでもいるよ」
「そうなの? 厳しい世界だねぇ」
本当にそうだ。どんな分野でもトップを目指すには壮絶な覚悟がいる。
「私ちょっと部屋に戻るね。お腹減ったら冷蔵庫のもの何でも食べて良いから」
「あ、うん」
そう言って理衣は自室に戻っていった。ダイニングにひとり取り残される。何だか寂しい。
それより理衣が食べ物について言及するなんて珍しい。何か入っているのだろうか。
気になったので冷蔵庫を開けてみた。
「あ、プリンが入ってる」
これを食べて欲しくてわざわざ言ったのか。可愛い所がある。
裏を見るとあまり見たことないメーカーのものだった。どこに売られているのだろう。
ちょうど小腹が減っていたのでスプーンを取り出し、食べてみることにする。
「あむっ……美味しいっ」
とろけるような舌ざわりに上質な味わい。高級な感じがする。誕生日でもないのに何故買って来てくれたのだろう。あとでお礼を言おう。
小ぶりなコップのソレをすぐに平らげ、ゴミ箱に捨てる。そして、しばし椅子に座り休息をとる。
しばらくすると千宮さんがどこからか帰ってきた。
「ただいまーー」
「あ、おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」
「ちょっとね」
洗面所で手を洗って冷蔵庫を開けている。
「あーーーー! 私のプリンがないっ」
えっ、えっ、今の千宮さんのだったの? マズい……。
大きな声に反応したのか二階から理衣がおりてきた。
「ねえ、理衣ちゃんっ。私のプリン知らない?」
「えっ、知らないよ? ないの? それは大変だね」
えっ、理衣が僕のために買っといてくれたんじゃないの? じゃあなんで冷蔵庫に言及したの?
「ねえ、
「うっ……」
ここで嘘をつくこともできる。だけど、人に嘘をつくことは良いことじゃない。それに嘘を隠すために何度も嘘を重ねることになる。
「僕が食べました」
「え、ひどい……うっうっ」
急にその場に座り込み、両手で顔を隠している。
えーーーー、しゃがみこんで泣いてるっ。そんな大事なプリンだったのっ。
「あーー、お兄ちゃん泣かせたーー」
「そ、そんなっ。あ、今からスーパーで買ってきます!」
「アレこの近所じゃ売ってなーーいーー、うっうっ」
ああ、どうしよう。泣き止んでくれない。このままでは嫌われてしまう。
「アラモード」
「え?」
「最近駅前に出来た店でプリンアラモード食べれるって聞いたなぁ」
泣きながらも酷く冷静な意見を述べてくる。そんな店いつできたんだ?
「あ、私も知ってる。二日前くらいにオープンして行列できてるとこだよ」
「え、僕は知らなかったな」
「あーーー、さっきのプリンは良いからプリンアラモードが食べたーーい」
何だか趣旨が変わってきているような……。というか本当に泣いてる? 手から水垂れてこないよ?
「あらら、そこのプリンアラモード食べたらお兄ちゃんのこと許せる?」
「うん……許しちゃう」
「どうする、お兄ちゃん?」
理衣が僕にウインクしてくる。ははーん、全部演技だな。千宮さんが外で時間を潰し、理衣が用意したプリンを僕が食べるように仕向けたんだ。このふたり、共犯だと思う。
「分かりました。行きましょう」
「ホント!?」
やっぱり嘘泣きだ。涙ひとつ出ていない。だが、騙された僕にも責任はあるから黙っておこう。
「はい」
「あは、やった。じゃあ、理衣ちゃん、行ってくるね?」
「了解! ごゆっくりーーー」
玄関を出る時に気づいていた。玄関口でふたりがアイコンタクトを取っていたことに。
その洋菓子店がある駅前を目指した。
オープンした店がどこにあるのか、目の前に行かずともすぐに分かった。かなりの行列だったからだ。
「並んでますね」
「オープンして初めての日曜だからね。オープン前からかなり宣伝してたし」
相当詳しいじゃないですか。確信犯ですね、という思いを心に秘める。
「あのぉ、男女の組が多くないですか?」
見た所、カップルばかりという印象だ。同性同士もいるにはいるが、割合は相当少ない。
「だってカップル仕様のプリンアラモードだもん」
「えっ!?」
なんだって! カップル仕様! 何で僕と来たの? あなたの彼氏にしてくれるの?
「男女の方が溶け込むし、琉生くんを誘おっかなと思って」
「ああ、そういうことですか」
弟分を連れてきたということか。悲し。
「カップルに溶け込むために、あーんしたげよっか?」
「い、いや、良いです。普通に食べましょう」
「そっか。それは残念」
その真意は分からなかったが、とりあえず列に並んだ。
待つこと三十分。ようやく順番が回ってくる。
店内に入ると、カップル向けということで赤やピンクの装飾ばかりである。ムード満点だ。
一組空いたらそこへ、という形になるので空いている席に進む。テーブルが小さいため、ふたりの距離はかなり近くなる仕様だ。何とも恥ずかしい。更に、ガラス窓側の席のため外から丸見えだ。誰かに見られでもしたら、という不安が脳裏を過る。
「ご注文はどうされますか?」
メイド服のような恰好をした女性店員が注文を取りに来た。
「カップルアラモードひとつ!」
「かしこまりました」
堂々と千宮さんが告げる。プリンアラモードという商品名ではなくカップルアラモードというのか。値段は八百円。まあ、二人用ならこんなものだろう。
混雑しているため商品が運ばれるまでには時間がかかるようだ。
「ねえ、見て見て」
「なんです――か!?」
カップルアラモードを食べている男女がキスをしている。こんな人混みで一体何をしているんだ、ハレンチな。
「へえ、大胆だね」
「いや、あのお客がおかしいだけですっ」
「でも、ほら」
「――なっ!」
また別のカップルに目を向けると、アラモードに乗せられたスティック状のクッキーを女性が男性の口へ運んでいるが、食べ終えたあと女性の親指を舐めている。今時のカップルってこんななの? もっとウブじゃないの?
「やったげよっか?」
「や、やめてくださいっ。こ、困りますっ」
「ぷ、ふふふふ。なに、その顔ぉ」
きっと焦って変な顔をしていることだろう。人混みの中でもからかわれちゃった。
「お待たせしました」
十五分くらい経ってようやく商品が届いた。
「うわあ、おっきぃーー」
確かに巨大だ。別の客のソレを見ていたから想像はついていたが、目の前で見るとすごい迫力だ。
「はい、スプーンどうぞ」
「ありがと。じゃあ、食べよ?」
「はい」
同時にスプーンの上にプリンとアイスを乗せて口に運ぶ。
「「美味しいっ!」」
ふたりで喜びを分かち合った。本当に絶品だった。
そのあとも周りに散りばめられた果物やクッキーなどを食べたが、どれも素晴らしい味だった。何度も食べたくなる、そんな中毒性を感じた。
「あーー、美味しかったぁ」
「本当ですね。予想以上でした。誘ってもらって良かったです」
「ホント? 良かったぁ」
全部食べ終わり、紙ナプキンで口を拭いていると、
「あっ、
外を見ると、
なのに、わざわざ小声でおーいと言いながら大きく手を振っている。こんな所見られたらどうするの?
「あは、こっち気づいた」
最初はニコニコして手を振っていた武樋さんだったが、僕の存在に気づいて目を丸くしている。
ほら、やっぱり『えっ、そんな関係だったの!?』的な顔をしているじゃないか。マズい、非常にマズい。
「あ、帰ってっちゃった」
「どうするんですかっ。勘違いされたら」
「え、勘違いされるの?」
あーーー、もうヤダぁ。千宮さんのマイペースさについていけない僕だった。
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