第9話 人助け
食堂での一件から時間は過ぎ、放課後がやってきた。
「
「はい」
昨日と同様、僕を迎えに来てくれる。有難いことだ。
ふたりで教室を出て廊下を歩いていると、開けられたままの二組の教室にひとりの女子生徒を発見する。
「あ、
「そうですね」
いつも冷静な
「困ってるね」
「ですね」
「ヒーローの出番だね」
千宮さんに続いて二組の教室に入る。
「どしたの、美心ちゃん?」
「あ、またあなた……何でも無いわ。放っといて」
明らかに問題を抱えているだろうに突っぱねてくる。
「ねえ、何か困ってるよね? 協力しよっか?」
「要らないと言っているでしょ! ひとりで探すわ」
「やっぱり何か探してるんだね。なに?」
「……」
突っぱねてはみたものの余程大切なものらしく思案しているようだ。
「三人で探した方が見つかるでしょ?」
「……カギよ」
「え、何のカギ?」
「家のカギ」
「えっ!? 大変じゃない」
自宅のキーを失えるのはかなり辛い。家に入れないだけでなく、誰か悪人に拾われでもしたら泥棒に遭う可能性もある。
「僕たちも手伝いますっ。何か目印はありますか?」
「キーホルダーが付いているわ」
それは好都合だ。カギだけなら似たり寄ったりだがキーホルダーは個性がそれぞれにあるだろう。
「どんなキーホルダーですか?」
「……」
あれ? なんで黙るの? そんな言いにくいものが付いているの?
「美心ちゃん、それ聞かないと探せないじゃない」
「……白玉くんよ」
「へ?」
今なんと? クール系の経堂さんからゆるふわ系の言葉が聞こえたような。
「だから白玉くんっ。こう、白くて丸くてふにゃっとしてて。あと黒い目が付いてるわ」
「あれれ、実は可愛い物好き?」
「そう言うだろうから言いたくなかったのよっ。悪かったわね」
「ううん。私も可愛い物好きだよ。ほら」
ポケットの中からキーホルダー付きのカギを取り出し見せている。というか、そのカギは僕と同じなので、もしバレたら同棲してるなどと勘違いされてしまう。僕のは絶対に見せてはいけない。
それよりカギと一緒に何かがくっついている。僕も初めて見る。
「なにソレ?」
「ポン助だよ。タヌキのポン助。ほら、短いTシャツ着てておへそ出てるの」
茶色の体をしたタヌキくんが赤いシャツを着ている。片方の口角だけをあげた悪巧むその表情が何とも愛らしい。
「……可愛いわね」
「でしょー」
「コレどこで売って……おほん、そんなことより探しましょう」
「欲しいのぉ? 欲しいんでしょぉ?」
「……」
あっ、目を瞑っているけど、顔が赤い。欲しそうだ。
「コレ、シャツの色違いが沢山あるんだぁ。また今度一緒に買いに行こ?」
「行かないわよ。さあ、早く探してちょうだい」
「ほーい」
三人で二組の教室を探し回ったが見つからない。もう他の生徒は帰ってしまった。困っている人を助けようとする人間は少ないようだ。世知辛い。
「おかしいわねぇ」
「ねえ、どこに入れてたの?」
「スカートのポケットよ」
「あっ」
急に千宮さんが大きな声をあげる。何かを閃いた顔だ。
「食堂じゃない? 私たちと座って食べてた時、美心ちゃん何度も立ったり座ったりしてたから」
「あ、かもしれないわね」
「でも五時で閉店なので急がないと入れなくなりますよ」
「うわ、あと十分しかないっ。急ごっ」
僕たちは鞄を持って急いで教室を後にし、食堂を目指した。
走った甲斐あって何とか間に合った。もう客はおらず従業員が掃除を始めている。
「ちょっとすみませんっ。落し物を探しにきたんですけど」
「あー、いいよ。ゆっくり探しな」
千宮さんが断りを入れると男性従業員は気さくに返事をしてくれた。
それを確認し、僕たちが座っていたテーブル席に向かう。
「あっ、見て。アレじゃない?」
「アレよっ。あんな奥に」
ようやく見つけたが、落ちているのは壁に向かい合うテーブル席下の壁際。一番ドンつきだ。あんな所のカギを取ろうとすれば膝をついて相当かがまないといけない。埃も目に付くし、女の子にそんなことをさせるわけにはいかない。
「僕が取りますっ。椅子をのけましょう」
三人掛けの長椅子を三人でのける。僕が右端を持ち、ふたりが左端を持って。
のけたあと、必死にかがみカギを取った。
「取れました。はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
カギを経堂さんに渡した。幸いカギや白玉くんには埃が付いていないようだ。
「あ、あなたソレ」
経堂さんの視線を目で追うと、僕のズボンの膝部分が汚れていることに気が付いた。
「あ、大丈夫ですよ」
「いいえ、私のせいね。ごめんなさい」
僕の近くにしゃがんで懸命に膝部分をはたいてくれている。経堂さんにこんな一面があるなんて。
「琉生くん、優しっ」
近くに立っていた千宮さんがカギを拾った僕を笑って褒めてくれていた。
その後、従業員に失せ物が見つかったことを告げ、正門へとやってきた。
「今日はありがとう。助かったわ」
「ねえねえ、アレにはなってくれないのぉ?」
おそらく友達にということだろう。
「分かったわ。なってあげるわ、友達とやらに」
「やった! じゃあさ、メアド交換しよ?」
「良いけれど、頻繁にはしてこないでちょうだいよ?」
「えーー、なんでーー?」
「あまりこういう物には慣れないのよ」
鞄から取り出したスマホを見て経堂さんが言っている。
「え、機械音痴なの?」
「まあ……」
天才にも欠点があるということなのだろう。
「じゃあ、私が登録したげる。琉生くんも出して?」
「はい」
僕のスマホも千宮さんに預ける。三台をひとりで操っている。こちらは逆に、何故こういう操作は得意なのに勉強が苦手なのかと思ってしまう。
「よし出来たっ」
「早いわね」
「私、勉強はできないけどこういうのは得意なの」
「あなた勉強苦手なの? 出来るように見えるけれど」
「ううん。毎回ビリ付近だよ?」
「「えっ!?」」
ふたり同時に声をあげる。経堂さんは知らなくて当然だが、僕もビリ付近だとは知らなかった。百位以内じゃないにしてももう少しマシだと思っていたから。
「あなた、来週のテスト大丈夫なの?」
「その日やすむぅ」
平常授業が始まった今日、数学担当の教諭が実力テストをすると言っていた。
「ダメよっ。欠席はゼロ点扱いになるわよ。卒業できなくなるわよ?」
「いいもん。女に学なんて要らないもん」
「何を言っているのっ。将来どうするの?」
「お嫁さんになるぅ」
何で僕をちらちら見てくるの? 僕は弟分でしょ?
「来週のテストまで私が見てあげるわ」
「えっ!? それはちょっと……」
いつも天真爛漫な千宮さんが曇り顔を呈して焦っている。気持ちはわかる。経堂さんの性格から察するにかなり厳しい指導になるだろうから。
「遠慮は要らないわ。友達でしょ?」
「いや、気にしないで、あはは」
ここへ来て友達になったことを持ち出すとは。機転の利く経堂さんに感心していた。
「じゃあ、明日図書室で――」
「いーやーだー、勉強したくなーーい」
そう言えば、この前やったグミキャンディーゲームの時、勉強すると約束していたはずだ。僕も千宮さんの将来が心配だから経堂さんに加勢することにしよう。
「千宮さん、この前約束しましたよね? 勉強するって」
「ん? あぁ、お口ちゅっちゅのヤツ?」
「えっ!?!?」
経堂さんの大声が正門前にこだまする。
「あ、あ、あなた達、そういう仲……」
「ち、違いますっ。千宮さん、紛らわしい言い方はやめてください」
だが、弁解することもできない。例えキスゲームではなくても、あんなゲームをしたとは言いにくい。
「へへ、ごめんちゃい」
本当に千宮さんには参る、そう心底思っていた。
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