第8話 食堂にて再会
次の日の朝。
三人で食卓を囲んでいるのだが。
「お兄ちゃん、春だねぇ」
それはきっと違う意味で言っている。今の季節のことじゃない。
「いや、昨日のアレはね」
「私、知ってたよ? だってほら、ペアのマグカップ使ってるし」
それは商店街で買った青とピンクのペアカップ。買った次の日から毎日使用していた。そのことも余計に災いしている。
「ち、違うよっ。家族だからだよ。ね?
「……」
どうしてそこで黙るのっ。訳アリみたいじゃないか。
「あ、それはそうと、私今日から帰り遅くなるから」
「え、なんで?」
「テニス部に入ったの」
「え、理衣ちゃんテニスできるの?」
「理衣は運動神経がすごく良いんですよ」
「へえ、カッコいいねっ」
「えっへん」
人差し指で鼻下をすりすりしている。
「だ・か・ら、放課後はお二人でごゆっくり」
「な、何を言っているの? 僕たちはそんなんじゃ……」
気を紛らわせようと味噌汁をすする。
「あ、でも、気まずいから私が帰ってくる前に事は終えてね?」
「――ッ! げほげほっ」
「えっ、
気管に味噌汁が入りむせる。千宮さんが背中をさすってくれている。
「り、理衣……変なこと言わないで」
「ごめーん。ちょっとからかい過ぎた」
妹なりの愛情表現だとしておこう。
また先に理衣が登校し、ふたりで登校する。
「理衣ちゃんは優しい子だね」
「そうですね。少し悪戯好きですけど自慢の妹です」
「理衣ちゃんが帰ってくるまでだったら、急がないとね」
「ちょ、ちょっと千宮さんっ」
「うふふふ、ジョーダン」
この人は理衣以上に悪戯好きだから困る。いや、そこが良いのか……。
それはそうと、まだ相談していなかったことを思い出して尋ねてみた。
「あの僕たちが一緒に暮らしていることは内密の方が」
「なんで?」
「いや、変な誤解を受けても困るでしょうし」
「私は構わないけど」
えっ? それって僕に興味あるってこと?
「でも、琉生くんがそう言うならナイショにしとく。ふたりだけの秘密ってなんかそそるし」
「お願いします」
そそるの意味が分からないが、とりあえず承諾してくれたようだ。
その日の昼休み。
「ご飯食べに行こ?」
「え、僕とで良いんですか?」
「良いの」
休み時間に入ってすぐ、千宮さんの周りに女子が群がっていたことを知っている。その時、片手で謝る仕草をして断っていたことも。何故女子と食べに行かないのだろうか。理衣や
この学校の食堂はなかなか綺麗だ。他校に自慢できるくらいに。外にはテラス席もある。教室のある棟とは別棟になっているので、どこかへ出掛けている気分になれる。ただ、今までぼっち飯だった僕にとってはあまり楽しい場ではなかったが。みんなが笑って食べている姿が目に入ってくるから。でも、今日は違う。初めて誰かと一緒に食堂に行くんだ。こんな日が来るとは夢にも思わなかった。
券売機を求め、多くの学生がなす列に僕たちも並ぶ。
「なに食べる?」
「そうですねぇ。Aランチが良いですね。カロリーも計算されてますから」
「でもソレ、女の子用でしょ?」
確かにその通りだ。
この学食のランチには三種類ある。Aランチ、Bランチ、そしてCランチだ。それぞれ量や品が異なり、対象者を明記してある。かと言ってその対象者以外が食べてはいけないルールはない。
因みに、Aランチが女子用、Bランチが男子用、そしてCランチが体育会系用となっている。ボリュームもその順で増えていく仕様だ。
「僕は小食なので」
「こら、もっと食べないと大きくなれないぞ?」
「でも、一応僕の方が背は大きいですよ?」
僕は百六十五センチだ。平均身長よりだいぶ小さい。だが、千宮さんはそれより十センチほど小さいと思われる。
「じゃあ、私Bランチにしよーっと」
「じゃあ、決まりですね」
少し頬を膨らませて言っている。背が低いことを気にしているのだろうか。個人的には自分より背の低い人の方が好みなのだが。
トレーを持って並び、品を乗せてもらう。横に移動してお茶を注ぎ、ドレッシングなどをかける。ドレッシングにも三種類あり、青じそ、シーザー、柚子があった。
「私、シーザー」
「僕は青じそで」
今の選択で好みも分かる。おそらく千宮さんはこってり派。理衣の料理に合わせているだけで本当は和より洋を好む気がする。
空いた席をふたりで探す。
「ほとんど詰まってるぅ」
「平常授業初日だから混んでるみたいですね」
「あっ、アレ見て」
両手でトレーを持っているため、顔で促してくる。
その先を目で追うと、見慣れた黒髪が目に入る。
「うしろ恰好だから断定はできないけど、たぶん
「僕もそう思います」
「しかも、三人掛けの左隅にひとりで座ってるよね?」
「そうですね」
それは行こうと言っているのだろうか。僕はあの人苦手なのに。
「行こう」
「ちょっと待ってください。僕、あの人ちょっと」
「けど、勉強の秘訣を教えてくれるかもよ?」
それは確かに興味深い。もし伝授してもらえればワンランク上の大学を志願できるかもしれない。
「分かりました」
「ホント? じゃあ、行こう」
千宮さんは嬉しそうに、僕は渋々その席に足を運んだ。絶対に怒られるような気がするのだが。
「ココ、良いですか?」
「……あなた」
声に反応してすぐ右を向いて返事をしてくれたが、やはり不機嫌そうだ。やめておくべきだった。
「別を当たってちょうだい」
「良いじゃない。空いてるんだから」
「私、誰かと食べるの嫌なのよ」
「あっ、Cランチ」
えっ、女の子でソレを食べるの? 千宮さんよりも更に背の低い
「だから嫌なのよっ。笑いたければ笑いなさい」
「え、いっぱい食べるのって良いことだよ。笑わないから座らせて?」
「……好きになさい」
「やった。じゃあ、ほら詰めて詰めて」
「えっ!? ちょっと! 何故私を右へ押すのっ」
そうだよっ、千宮さん。僕は経堂さんの隣が気まずいから端と端に座ろうと思ったのに。これじゃあ、経堂さんが真ん中になっちゃう。
「私も琉生くんも美心ちゃんのこと知りたいから、真ん中の方がしゃべりやすいでしょ?」
いやいや、僕はそこまで知りたくないです。知りたいのは勉強の秘訣だけです。怒られたくないです。
「私、こういう馴れ合い嫌いなのよ」
「えーー、そんなんじゃ友達できないよ?」
「そんなもの必要ないの。勉強だけは裏切らないの」
二年の時までの僕と同じこと言ってる。ということは首席で美人なのに経堂さんもぼっちなの?
「でも、将来ひとりになっちゃうよ?」
「ええ、平気よ。生活費さえ困らなければ生きていけるわ」
「結婚もしないの?」
「ええ、必要ないわ。男なんて邪魔なだけ。離婚などになって慰謝料や養育費といった苦が増えるだけよ。幸せになれるだなんて、そんなのドラマの中だけの話よ」
「恋愛ドラマは見るんだぁ」
「……」
あれ? あの経堂さんが顔を赤くしている。こんな表情を示すことがあるとは。
「と、兎に角、放っといてちょうだい」
「ねえ、友達になろーよー?」
「要らないと言っているでしょ! もう私は行くからっ」
スッと立ち上がった経堂さんに、
「ねえ、まだ残ってるよ? たこさんウィンナー」
「あ」
トレーを持ってからそのことに気づいたのか、もう一度座り直している。
「ねえ、好きなもの最後に取っておいたんでしょ?」
「う、うるさいわねっ。悪いのっ?」
「たこさんウィンナー好きなんだね」
「……」
再び顔を赤くしている。意外と可愛い物好きなのだろうか。食べ終えて再度立ち上がる。
「ちょっと! 出にくいのだけれど」
真ん中の席のため、足を抜くことを躊躇っている。
「あ、僕が立ちます」
右の席を空けると、そこから経堂さんは出て行く。
「またねーー」
「もう会いたくないわっ」
そう言い残して行ってしまった。
「あーあ」
怒らせてしまったことを悩んでいるようだ。
「たこさんウィンナー食べたかったなぁ」
「そっちですかっ」
人から嫌われたくないのだと思ったが、僕の勘違いだろうか。どう見ても千宮さんは強そうだ。
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