第7話 奇妙なお菓子
「私、嫌われちゃった」
「え、違うと思いますよ?」
「どういうこと?」
「
「でもでも、最後は無視してたよ?」
「出て行く時、一瞬こちらを見てましたよ」
僕もそれには気付いた。厳しい目ではあったが、確かに千宮さんの方をちらっと見ていた。
「なら良いけど……」
残念がる様子を見ていると、人から嫌われることを極度に嫌がる風を感じた。まあ、それは誰だって嫌なことだが。
「本、借りるんですか?」
「ううん。
「えーー、私にわざわざ会いに。嬉しいですぅ」
カウンター越しにふたりが話している。僕だけ蚊帳の外なんですけど。
「あ、そういえば、あちらの方のお名前をまだ……」
僕の方を見て武樋さんが言ってきた。確かにまだ名乗っていない。
「僕は
「こちらこそぉ。ここにはよく来られるんですか?」
「はい、結構。でも、男子生徒の図書委員しか会ったことがないですね」
あれほど通っていたのに、不思議だとは思っていた。
「あ、それで当然だと思いますよ。だって、女子の図書委員私ひとりですから」
「えっ、そうなんですか?」
どちらかと言えば図書委員には女子が多いイメージだったのだが、違ったようだ。
「それって逆ハーレムってヤツぅ?」
「い、いやいやそんな。私なんてモテませんよぉ」
いやいや、あなた相当美人ですよ。黒髪ショートで端正な顔立ちをしておられる。
「えーー、モテると思うよ?」
僕もそう思います。
「恥ずかしいですぅ」
顔を手で押さえている。可愛い仕草だ。
「そうだ、メアド交換しよ?」
「はい、喜んで」
「ほら、琉生くんも」
「えっ、僕も!?」
武樋さんも是非と言ってくれたので、スマホを取り出し三人で交換の儀を行った。
「それじゃ、私たちこれで」
「はい。また来てください」
「はーい」
武樋さんに挨拶をしてふたりで図書室を後にした。
それからすぐ帰宅の途に就いた。
道すがら、
「可愛い子でしょ?」
「ま、まあ」
「あんな子が困ってたら助けたくなっちゃうよねぇ」
それが代理を引き受けた理由か。分からなくもない。その時もおそらく、うぅぅ、などと言って悩んでいたのだろう。小動物っぽくて癒される感じに。
「でも、私美心ちゃんともお近づきになりたいのよね」
「あの人は難しいでしょうね」
「だよねぇ。ずっとツンツンしてるもんねぇ」
よくツンデレという言葉を耳にするが、果たして経堂さんがデレることなどあるのだろうか。まあ、僕はああいうタイプは苦手なのでどうでも良いのだが。
「僕は苦手ですね」
「成績負けてるから?」
「うっ」
胸に針が刺さるようだ。
「ごめーん」
「き、気にしてませんよ。いつか勝てるように頑張ります」
「まっ、私は欄外だから関係ないけど」
校内順位には全員の名前が載っているわけではない。一クラス三十人いるため一学年は百五十人になる。そのうち上から百名のみが載る仕様だ。
そうなると、千宮さんは百一位以下ということになる。
「もう少し勉強した方が」
「あーーー、言ったなーーー」
「す、すみませんっ」
「うっそーーー。そのとーりだよ。このままじゃ卒業できなくなるかも」
「それは絶対避けないと」
「あ、でも、留年したらもう一年一緒に暮らせるんじゃない?」
あ、それもアリかも、と一瞬思ってしまった。だが、すぐ我に返る。
「ダメです。千宮さんのお父さんに怒られますよ?」
「はーぃ、頑張りますぅ」
本当に頑張るのだろうか。
そんな中、用事があったことを思い出す。図書室での一件で忘れていた。
「買い出しを忘れてました。帰りにスーパーに寄っても良いですか?」
「あ、行きたい。どこどこ?」
「じゃあ、案内しますね」
途中の道を右へ曲がり、スーパーを目指す。
今日は早く下校しているので、いつもの買い出し時間よりも早い。そのため客層が少し異なっていた。いつもの時間には学生とサラリーマンが多いが、今は主婦が目立つ。
「ほうほう、こじんまりしてるね」
「これでもこの辺で一番大きいんですけどね」
隣町の大型スーパーの半分もない広さだ。だが、必要な食材くらいなら事足りる。
カートもないため手でカゴを提げなければならない。
「えーっと、これとこれと」
「あ、私あっち見てくる」
子どものようにはしゃぎながら奥へと向かっていった。
その間に食材を選ぶ。野菜の選び方は
「あとは、あれとあれか」
続けて大根、レタス、ハム、それに豆腐。
「これでだいたい……んっ」
何か妙だ。入れていないものが増えている気がする。グミキャンディーなんて入れただろうか。
「あれ?」
やはり変だ。チョコやビスケットまで入っている。もしやと思い、辺りを見渡すと棚の陰から千宮さんが僕の様子を窺っている。
「入れましたね?」
「買って?」
「良いですけど」
「やった」
子どものような千宮さんに負け、そのままレジに通した。さほど値が張るものでもないので財布は痛まない。
スーパーから帰宅したが、理衣の姿がない
「理衣はまだですね。図書室や買い出しで結構時間を費やしたんですけど」
「友達と盛り上がってるんじゃない?」
「そうですね」
お菓子だけを持って嬉しそうに二階にあがっていく。僕は買い出しの品物を冷蔵庫と棚に入れる作業をした。
ひと通り済んだので、僕も自室に向かった。
僕の足音を察知したのか、ドアを開けて千宮さんが手招きしている。
「なんですか?」
「良いから来て」
そういえば千宮さんの部屋になってからは初めて入る。理衣の部屋の時には入ったことがあるが、それでも数回程度だ。
少し緊張しながら中に入る。
ピンクで統一された小物類に目を奪われる。可愛い。女の子の部屋だ。
理衣も可愛い物好きだったが、また好みが違っている。
「ねえねえ、横座って」
「えっ」
床に置かれた座布団を手でトントンとしている。誘われるように腰を下ろす。
「ゲームしよ?」
「勉強するって言ったばかりじゃないですか。それに僕ゲームは――」
「コレ」
うしろに隠していた物を僕に見せてくる。これは先程スーパーで買ったグミキャンディー。ゲームとは一体。
「コレ、両端から引っ張り合うゲームなんだって」
「えっ!?」
その商品を千宮さんから受け取り、パッケージの説明を読んでみた。すると、確かに両端の丸い部分が細い部分で繋がっている。言わばダンベルみたいな感じだ。その丸い部分をお互い口に入れ、引っ張り合うという。
「いやいやいやいや、そんなことできませんよっ」
「えーー、なんで? 面白そうなのにぃ」
若者の間で流行っているポッキーゲームの逆版ではあるが、何かの拍子で唇が重なることだってあり得る。相当危険だ。
「やめておきましょう。もしも何か起きたら」
「事故ならしょうがない」
いやいや、しょうがなくないのっ。あなたは慣れてるだろうけど、僕はファーストキスなのっ。
「してくれたら勉強頑張るから、ね?」
「ほ、本当ですか?」
「うんうん」
その軽い頷きが信用できないのだが。というより、もう勝手に袋から出している。もうどうにでもなれ。
「こっひひれたはら(こっち入れたから)、そっひほひれへ(そっちも入れて)」
口に入れたまましゃべるなんてお行儀の悪い。仕方なく、もう片方をくわえる。
「ひゃ(じゃ)、へーほ(せーの)」
引っ張り合っているが、意外としぶとい。なかなか切れてくれない。どうしても千宮さんの唇に目が行ってしまう。中に入れて引っ張っているため唾液のせいか少し照りがある。
「
ノックもせずに入ってきた理衣が僕たちを眺めている。この繋がれた僕たちを。
「ご、ごめーん……」
気まずい雰囲気を呈してドアを閉めた理衣を説得しようと力んだ時、
「あ、やったぁ、切れたぁ」
「言ってる場合ですかっ」
その後、どれほど理衣を説得しようともニヤニヤされるだけだった。
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